脳天への直撃
作者オススメ回!
華の親友夢子が小春庵に来てくれることに決まり、翌週からすぐに勤務が始まった。
夢子はカフェ勤務の経験こそないが、俊敏に動くタイプで、初回からかなりテキパキとこなし、今後に期待できそうだ。
おかげで、真凛は週に1回だけの勤務に減らせることになった。
いっそ退職の日を早めることも可能だったのだが、真凛が、
「それは寂しいからイヤです!3月末までいさせてください!」
とのことで、週に1回と決まった。
煎と真凛は、それ以外の週6日は毎日朝から晩まで一緒にお茶の国の準備をした。
かなり準備が整って少し余裕が出てきてからは、煎が真凛を家まで送っていくついでに上がって夕食をご馳走になることもあった。
逆に、太田園本社の裏手にある煎の家で、若旦那や、大旦那と呼ばれる先代社長夫婦、大学生の弟の葉と共に昼食や夕食をとることもあった。
どちらの家庭も父親が神戸レパーズのファンなので、テレビでオープン戦を一緒に見て過ごすことも度々あった。
3月末のある日、夕方までお茶の国会議をしたあと、真凛を自宅まで送り届ける車の中で、煎は言った。
「真凛、最近元気なくない?お茶の国の準備ハードすぎてしんどいんじゃない?」
「え?そんなことないよ。私お茶の国めっちゃ楽しみやもん」
「そうか。ならいいんだけど」
「…うん。でも、強いて言えば…」
「強いて言えば、何?」
「…」
「…テルがメジャーに行ったこと?」
「…うん」
「やっぱりか!それかなとは思ってた!」
「…だってキャンプの配信見てもオープン戦見てもテルおらんもん」
「そりゃまあ物足りないけどな。オレも残念ではあるけど、神戸レパーズ箱推しだから、真凛ほどのショックではないかな」
「まあ私も子供の頃からレパーズファンやから箱推しの一種やけどさ。でもテルより好きな人は後にも先にも出てこーへんやろな」
「うん、そうか」
「メジャーの試合も一応テレビで見れるし、ニュースでも毎日映されるけど、なんか遠い人になった気がして…」
「そうか」
「うん」
しばらく2人は黙った。
「真凛」
「なに?」
「お茶の国がスタートしてそこそこ軌道に乗ったら、ちょっとお休みして、気分転換に旅行でも行こうか」
「へぇ、社員旅行?うん、ええよ」
「どこに行きたい?」
「うーん。あ!そうや!私、行きたいとこあるねん!」
「どこ?」
「京都の白峯神宮!」
「白峯?真凛の家と関係あるの?」
「ない。でも蹴鞠で有名な神社やねん。白峯神宮の鞠って、私の名前、白峰真凛に似とうやろ?」
「本当だね」
「スポーツの神様やから、レパーズの優勝祈願もできるで」
「おお、それはいいね」
「あと、藍子さんがいちばん好きな百人一首の歌碑がある神社で、めっちゃ素敵なところやねんて」
「ふーん、いいね。じゃ、そこに行こうか、2人で」
「あ、お茶の国だけで?うん、行こっか」
「うん。で、そこで結婚式しようか」
「誰の?」
「真凛と、オレの」
「……」
「真凛に、ずっとそばにいてほしい」
「……うん、わかった。うん、そうしよう!」
「え?本当に?」
「うん、ほんまに。私も煎くんとずっと一緒にいたい」
「真凛…ありがとう」
「さ、そうと決まったら今日はお父さんとお母さんに報告や!あ、煎くんの家に先に行った方がいいか。じゃ、Uターン?あ、小春庵にも報告せなあかんなぁ」
「いや待って、真凛…オレ思考がついていけないよ」
「何言うてんの?煎くんが言うたんやん!さ、煎くんの家にGo!」
「いや、真凛…」
「いやー、でももしテルがメジャーに行かんとまだレパーズにいたら、煎くんの魅力に全く気づくことなく1年過ぎてたやろなぁ。煎くん、テルに感謝やで」
「じゃ、真凛はオレの魅力にいつ気づいたの?」
「今。煎くんは?」
「オレは小春庵のクリスマスコンサートで、真凛が最初に『神の御子は今宵しも』を演奏した時。ズキューン!って来た。脳天直撃された」
「もう、何それ」
「極めつけは、コンサートのあと真凛の家行ったら、速攻でドレスからクマさんの部屋着に着替えて部屋から出て来た時。魂射抜かれた。相手のエースから胸にデッドボール食らった時の千倍ぐらいの衝撃だった」
「もーう。普通ドレスの方に射抜かれるやろ。変なの」
真凛は膨れ、煎は笑う。
太田園の駐車場に着き、煎は車を止めて、真凛の肩をそっと抱き寄せる。
「真凛はオレにズキューンと来たことはないの?」
「ない。その逆」
「逆?」
「煎くんといたら安心できる。いつも穏やかやし、優しいし。私のこと全部分かってくれるし、全部受け止めてくれるし。あと、大きくて力持ちで、横に立ってるだけで安心する」
「ドキドキじゃないんだね」
「精神安定剤。あ、でも煎くんといたら心がポカポカになるから、湯たんぽかな?」
「じゃ、オレが一生真凛の湯たんぽになって、真凛が安心できるようにずっと温めるし、ずっと守るよ」
「ありがとう、煎くん」
2人は駐車場を出て、裏手にある煎の自宅へ向かう。
「ただいま」
「あら煎、お帰り。真凛ちゃんも来てくれたのね。寒かったでしょ、ほっぺが赤くなっちゃってるわ。さ、上がってちょうだい」
「お邪魔します」
2人は大旦那夫婦と若旦那がくつろぐリビングに入る。
「父さん、母さん、兄さん、オレ真凛と結婚することになった」
煎が誇らしげに宣言すると、母は
「あらぁ、とうとう決まったのね。真凛ちゃんがお嫁さん。嬉しいわ。ねぇ、あなた」
「ワシは前からわかってたよ」
父も母も驚かないので煎は肩透かしを食らい、
「いやいや父さん、オレでもさっきまでわからなかったのに、なんで父さんが先にわかってるの!?」
「僕もわかってたよ」
「え!兄さんも!?ちょっと、なんで!?」
「それより真凛ちゃんのお家にはもう行ったの?」
「いえ、まだこれからです」
「まあ、本当は向こうに先に行かなきゃいけなかったんじゃないの?今から急いで行ってらっしゃい」
「煎、しっかりご挨拶するんだぞ」
「わかりました。行ってきます!」
煎の車は再び真凛の家に向かった。
「ただいまー」
「お帰り。なんや真凛えらい嬉しそうな顔しとうなぁ。プロポーズでもされたんか?」
「え!なんでわかるん!?お母さん!」
「そら真凛の幸せそうな顔と、煎さんの緊張しとう顔見たら一発やわ。ちょっと、お父さん、ええニュースやで」
煎は先を越されて慌てたが、真凛の父が出てきたので、
「真凛さんと結婚させてください」
と単刀直入に言って頭を下げた。
「おお、煎くんやったら安心して真凛を任せられるなぁ。真凛をよろしゅうな」
「ありがとうございます。真凛さんを一生幸せにします」
「煎くんが真凛を幸せにしてくれるだけやのうて、真凛も煎くんを幸せにするんやで」
「もちろんやん!な、煎くん」
真凛は両親の前なのにお構いなしで腕に抱きつき、煎は赤面する。
「真凛が煎くんと結婚するんやったら、これから毎年レパーズの試合一緒に見に行けるかもしれんなぁ」
「もう、お父さんそれがいちばん楽しみなんちゃう?」
「それ『も』、大きな楽しみやな」
「煎くんのとこは大旦那さんもレパーズファンやで。お父さん次の時はチケットたくさん取ってな」
母が大きなお鍋をテーブルに運んでくる。
「さぁさぁ、煎さん、今日はおでんやで。特別に美味しゅうできとうからたくさん食べてや。ごはんも何杯でもおかわりしてや」
この物語はフィクションです。作中に登場する人名や地名、校名、お茶やフルーツの銘柄などはすべて架空のものです。一部実在の名称と同じものも混在しますが、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。




