最終回
翌日は真凛の小春庵での最終勤務日だった。
今まで蘭は早番ばかりだったが、正社員になるにあたって遅番の業務にも慣れる必要があり、今日は真凛が早番で蘭が遅番を担当することになった。
春子は、無邪気な真凛が寂しさのあまり大泣きするのではないかと心配しながら当日の朝を迎えた。
しかし真凛が意外なほどニコニコと楽しそうに勤務をしているのを見て、
「きっとお茶の国が楽しみなのね」
と思い、ホッとして真凛に温かい笑顔を向ける。
午後に蘭が出勤してきた。
入れ違いでもうすぐ真凛は退勤となる。
「もしかしてもうすぐ現れるかな…」
春子が予想していると、
「まいどー」
大きな声と共に源田が現れ、今日はその後ろからサカちゃんが続いた。
「あら、今日はこのお2人の組み合わせなのね」
「マリンが今日で最後だって言うからさ、栄さんを誘ったんだ。だって、太田園はマリンをさらって迎え入れる側の立場だもんな」
「いやいや源さん、さらわれてませんて」
真凛は笑う。
サカちゃんは、
「真凛ちゃんが小春庵からいなくなるのは春ちゃんにとっては寂しいと思うけど、私はこれからも真凛ちゃんとは会えるわね」
「あら、そうなの?」
春子が意外そうに聞くと、真凛が
「ソフトミックスを、栄牧場さんから仕入れることに決めたんです。それに太田園の抹茶やほうじ茶の粉末を混ぜて、ソフトクリームを作るんです。めーっちゃ美味しいですよ」
「そりゃうまそうだな。オープンしたらオレも行くよ」
「ありがとうございます!」
「で、これ嫁さんに選んでもらったんだけどさ、マリンがどんな子か説明したら、これが絶対いいって言うんだ」
源田が差し出したのは、何とピアノの鍵盤の形をしたチョコレートだった。
「うわぁ、源さん、ありがとうございます!でももったいないなぁ。しばらく飾っときますね」
「あとこれはついでにおまけ。こっちは駄菓子みたいなもんだけどさ」
源田がまた出したのは、野球ボールをデザインしたチョコレートだった。
「わぁ、懐かしいなぁ!保育園のお楽しみ会で使ったことあります。ありがとうございます。これは早速今日のおやつにいただきますね」
次にサカちゃんが、
「私からはこれね。うちの牧場のマスコット、牛の『サカちゃん』のぬいぐるみよ」
「可愛すぎです!今日から『サカちゃん』といっしょに寝ますね!」
真凛ははしゃいで『サカちゃん』を抱いたままクルリとターンした。
時間になったので、真凛はサカちゃんを持ったまま退勤ボタンを押し、急いでまた戻ってくる。
「真凛ちゃん、これスタッフみんなからよ」
春子は淡い水色の花束を渡した。
「ありがとうございます。綺麗な色…」
「それね、最初マリンって名前にちなんで海のブルーの花にしようかと思ったけど、真凛ちゃん泳げなくて海好きじゃないって言ってたでしょ?だから、初響ちゃんの提案で、真凛ちゃんでも怖くない浅い海の色ってことで淡い水色になったのよ」
「えー初響ちゃん優しい!」
真凛が花束を嬉しそうに眺めているところに、
「こんにちは」
と、煎が現れた。
「おいおい、誘拐犯が来たぞ」
源田が言い、みんな笑った。
「皆さんにご報告があります」
「え?何?」
急にシーンとなる。
煎は真凛の横に立つ。
「僕たち、婚約しました」
煎は晴れやかに宣言し、2人はお辞儀をする。
「……」
みんな無言で立ち尽くしている。
「…え?送別会の時と話が違うんだけど…」
「交際ゼロ日で、昨日突然婚約しました!」
真凛は『サカちゃん』と花束を片手に持ち替え、もう片方の手を煎の腕に回す。
「……」
「…えええー!?」
「いや、送別会の時はほんまに付き合ってなかったんです。っていうか、昨日の夕方までほんまに全然付き合ってなかったんです。でも今は煎くんが世界でいちばんやと思ってます。元神戸レパーズの神坂テルのおかげなんです」
「……」
「…なんかもうぜんっぜん意味不明だけど、嬉しいわ、おめでとう」
春子はポロポロと泣き出した。
「煎くん、マリンを幸せにしてやってくれよ。ちょっとでもマリンを泣かせたら小春庵とその周りから袋叩きにされるぞ」
「はい!全身全霊で、真凛を一生幸せにします!」
真凛は、
「ありがとう。私もやで」
と煎の肩に寄り添い、煎は真凛の肩を抱き寄せた。
サカちゃんは、
「お茶界の若きプリンスと、ワッフル店の人気アイドルか。こんなお似合いのカップルはいないわね」
とため息をつく。
春子は、
「今朝からずっとニコニコしてたのは、これだったのね…」
とつぶやく。
蘭は真凛の姿を見て、
「その水色の花束、サムシングブルーって感じで、新婦さんが持つブーケに見えてきたわ」
「本当ですね!わぁ、嬉しいな。あ、みんなで写真撮りませんか?」
「そうしよう!」
真凛と煎を中心に、春子、蘭、サカちゃん、源田が囲み、6人でギュウギュウになってスマホで自撮りし、早速送信し合った。
「あ、忘れてた!私からも皆さんにお礼のものがあるんです。待っててくださいね」
真凛はスタッフルームから荷物を取ってくる。
「これ、神戸でしか買われへん、めっちゃ美味しいパイなんです。神戸のおばあちゃんに頼んで送ってもらったんです」
それは可愛いハート型のパイで、ひとつひとつの包みに
「ありがとうございました 真凛」
と、手書きのメモが貼ってある。
「まあ、幸せそうなハート型ね」
「それは偶然ですけどね」
みんな笑う。
「取り寄せた時はこんなことになるとは1ミリも思ってませんでした。でもまあ、そうなる運命やったってことですね」
真凛は煎にキラキラした笑顔を向ける。
「それでは春子さん、皆さん、お世話になりました。ありがとうございました。そして、太田園に行ってからも、これからもずっとよろしくお願いします」
2人は並んで再びお辞儀し、寄り添って歩いて行き、みんなは拍手で見送る。
春子は、ドアから出て行く世界一幸せそうな2人を見ながら、
「ここにいるのが蘭ちゃんで良かったわ。もし華ちゃんや夢子ちゃんだったら刺激が強すぎたわ」
「確かに。見せられないようなシーンがたくさんありましたね。華ちゃんと夢子ちゃんにはあとで私からマイルドに伝えますね」
「でもどれだけやんわりと伝えたとしても、2人とも叫ぶだろうね。卒倒するかもしれないから、せめて座ってる時に伝えてあげてね」
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4月になった。蘭は小春庵正社員としてフルに働き、お昼の時間帯は華と夢子が交代で勤務した。
華が送別会の時に忘れていった黒板アートのボードは、卒業式を迎えるお客様のためにそのまま飾ってあったのだが、4月になるとそれは
「ご入園ご入学おめでとうございます」
という文字と可愛らしい子供の絵に描き替えられた。
4月29日、ゴールデンウィークの初日に「お茶の国」はオープンした。
ワッフルコーンに入った抹茶ソフトやほうじ茶ソフトには、お茶の粉末がトッピングされ、葉っぱの形のクッキーが1個乗っている。
見た目も可愛く味もとても美味しくて、連休中は長い行列ができた。
真凛が中心になって接客し、煎は接客の他にも中でラテを作ったりソフトクリーム液の補充をしたりする。
太田家の四男、大学生の葉が急遽アルバイトでヘルプをすることになったが、葉は煎に似て気配りができる好青年で大いに貢献し、煎も真凛もとても喜んだ。
6月末、お茶の国と太田園の本社工場は3日間臨時休業をして、京都の白峯神宮にて煎と真凛の神前結婚式が執り行われた。
煎の側は両親と、長男の玄、次男の碧、四男の葉が参列し、真凛は一人っ子なので両親だけの予定だったが、寂しいので特別に春子も参列することになった。
幸せそうな煎と美しい真凛を見て目に涙をいっぱいためた玄に、春子はまた
「ちょっと、若旦那さん、はいこれ!」
と持参のお手拭きを渡して笑った。
一同は観光をする暇もなく1泊2日で白沢に帰ったが、翌日には駅前のレストラン「White River」で友人達を招いてお披露目パーティーを開いた。
源田やサカちゃん、蘭や華、夢子、佐藤氏も出席し、煎と、新妻となった「太田真凛」に、祝福の拍手を惜しみなく送った。
7月、麗花には可愛い男の子が生まれた。
そして続いて8月には、藍子の長男の妻、紅葉にも女の子が生まれ、藍子は「おばあちゃん」となった。
夏の間はお宮参りは厳しいので、9月の大安の日曜日に佐藤家と村雨家は揃って氏神である白澤神社へお宮参りをし、その後一緒に小春庵へ行った。
麗花の息子と紅葉の娘は顔立ちがよく似ていて、まるで双子のようだ。
ちょうど勤務していた華と夢子は、メロメロになってとろけそうだ。
春子は幸せそうにみんなの姿を眺める。
6年前に夫が亡くなり、その1年後に小春庵を始めた時は、不安もたくさんあった。
しかし今はこんなに温かい人たちに囲まれている。
春子は窓から空を見上げ、目を閉じた。
これからもずっと、小春庵とその周りのみんなが幸せに過ごせますように…。
(完)
この物語はフィクションです。作中に登場する人名や地名、校名、お茶やフルーツの銘柄などはすべて架空のものです。一部実在の名称と同じものも混在しますが、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。




