2人の退職
麗花は本来なら2月の勤務日があと3回残っていたが、蘭と華が1回ずつシフトを代わることを申し出てくれたので、ありがたく受けることにした。
そして今日が最終の勤務日となり、それは初響の最終勤務日でもある。
春子は、
「麗花さん、急に最終日が決まったから、常連さんにもお知らせできなかったわね」
「はい、残念です。よろしくお伝えください」
「突然いなくなってみんな寂しがるわね、きっと」
「いえいえそんな、でもまた買いに来ますから、来店者どうしとして会うかもしれないですね」
2月の閑散期でお客様は少なく、午前中は静かに過ぎていった。
午後に初響が出勤してきた。
「初響ちゃんおはよう。今日は退職者コンビね」
「はい、お互い最後の日ですね。よろしくお願いします」
注文カウンターに2人は並び、入ってきたお客様のオーダーを麗花が聞いてレジを打ち、後ろで初響が包む。
その次に入ってきたお客様のオーダーは初響が聞き、後ろで麗花が包んだ。
お客様が出て行くと何となく2人は顔を見合わせ、微笑んだ。
時計を見ると13時45分。
あと15分で小春庵での勤務が終わる。
涙が出てきそうになった時、
「まいどー」
大きな声がして、源田が現れた。
その後ろからは、太田園の若旦那も続く。
春子が厨房から出てくる。
「源さん、若旦那さん、お2人とも今日納品ないわよね、昨日来たわよね」
「いやぁ、麗花さんと初響ちゃんが最後だって昨日急に聞いてさ、若旦那と時間合わせて来たんだよ」
「間に合って良かったです」
若旦那も控えめな笑顔で麗花と初響を見た。
源田が紙袋を出す。
「えーとうちの嫁さんのチョイスなんだけど、まず麗花さんには、えっと何だったかな、『マクロボクッキー』だったかな?体に良いクッキー」
「源さん、『マクロビクッキー』じゃないの?」
春子が突っ込む。
「あ、そうだっけ?なんか自然な原料で作られたクッキーで、添加物も入ってないんだってさ。妊婦さんならこれがいいって嫁さんが選んだんだ」
「わぁ、ありがとうございます。もうつわりもほとんどなくなりましたし、おやつにいただきますね」
「それと、初響ちゃんはチョコレートが好きだって聞いたから、これも嫁さんに頼んで、最高級のフランスのチョコレート選んでもらったんだ。はいこれ」
「ありがとうございます。嬉しいです」
春子が、
「源さん、奥さんに選んでもらったとか言いながらしっかりお2人のこと考えてるじゃない」
「まあな、1年間お世話になったもんな」
そして若旦那も紙袋を取り出す。
「僕からは、麗花さんにはルイボスティーです。送別会の時に麗花さんがうちのルイボスティーを召し上がっていたと弟が言ってましたので。カフェインレスですし、オーガニックなので、安心して飲んでください」
「嬉しい!これ美味しかったから欲しいなと思ってたんです」
「5月からは『お茶の国』でも販売しますよ。真凛ちゃんもいますし、ぜひいらしてください」
「ありがとうございます」
「そしてこれは初響ちゃんに。煎茶、玄米茶、ほうじ茶などいろいろ入ったお茶のセットです」
「ありがとうございます。順番にいただきます」
麗花が、
「あ、そうだ、ちょっと待ってくださいね!」
と奥に置いてあるバッグのところに行き、初響も
「あ、私も!」
と2階のスタッフルームに行った。
まず麗花が、
「これ、お1つずつ持って帰ってください。コウノトリカステラって言って、1切れ1切れにコウノトリの焼き印がついてるんです。脳内お花畑って感じのチョイスで恥ずかしいんですけど、お礼のお菓子買いに行ったらこれから目が離せなくなっちゃって」
「いやぁこれは幸せそうなカステラだなぁ」
「いただきます。ありがとうございまます」
源田も若旦那も春子もニコニコして受け取った。
ちょうど戻ってきた初響もカステラを受け取る。そして、
「これ、お1つずつどうぞ」
と箱を見せる。
箱の蓋には「お世話になりました 初響」という文字とイラストが印刷されている。
「これ、真っ白な箱で、自分で字や絵を印刷してご挨拶に使えるようになってるんです。中身は小分けになった小魚アーモンドです。全然おしゃれな贈り物じゃないんですけど、作業で疲れた時に食べたら集中力アップするのでおすすめです」
「そりゃいいね、いただくよ」
「作業の時にいただきます。ありがとうございます」
またみんな笑顔で受け取った。
プレゼント交換をしているうちに、もう麗花の退勤時間となってしまった。
麗花は最後の退勤ボタンを押す。
春子は、
「では、2人のゲンさんが帰る前に、花束を贈呈しましょう。これ、スタッフみんなからよ」
麗花にオレンジ色をメインに作った花束を渡した。リボンは明るいイエローだ。
「わあ、綺麗…。ありがとうございます」
麗花は花束を胸に抱いた。
「初響ちゃんの目の前で渡したから、もう渡すのバレちゃったわね。早いけど初響ちゃんにもお渡しするわ。一緒に記念撮影しましょう」
春子は初響にはふんわりと淡いピンクやベージュ系のパステルカラーの花束を贈る。リボンはオフホワイトだ。
「何となくお2人のイメージの色でオーダーして作ってもらったのよ」
「ありがとうございます。嬉しい…」
初響も同じように花束を抱いた。
見ると若旦那の目に涙がたまっている。
「ちょっと、若旦那さん、はいこれ!」
春子は若旦那におしぼりを渡し、若旦那は急いで涙を拭いて笑った。
涙が出そうだった麗花と初響もつられて声を出して笑う。
「さ、それじゃ全員で記念撮影しましょう」
みんなそれぞれもらったプレゼントを手に持って集まり、春子がスマホで自撮りした。
何とか5人ギリギリ一緒に写った写真を、それぞれに送る。
「じゃ、お2人さんこれからもがんばれよ」
「がんばってください」
「またお客様として買いに来てね」
「お世話になりました。ありがとうございました」
麗花はお辞儀をし、手を振って、ダブルゲンさんと一緒に帰っていった。
シーンとなった店内で、春子と初響は仕事に戻る。
お客様は非常に少ない。
もらった花束を嬉しそうに見ていた初響は春子に、
「真凛さんのお花は何色にされるんですか?」
と聞いた。
「それね、迷ってるのよ。あと1ヶ月あるんだけど」
「マリンだから海の色でブルーですか?」
「でもね、真凛ちゃん泳げないから海好きじゃないんですって」
「そうなんですか…」
「イメージ的には元気なひまわりみたいな感じだけど、季節じゃないし」
「今度の勤務先のお茶屋さんのイメージだと緑で、葉っぱばかりになりますしねぇ…」
「そうねぇ」
「あ、クリスマスに着てた真紅のドレスみたいな感じはどうですか」
「あー、あれはエレガントで良かったけど、最後の退場シーンがねぇ、台無しだったからねぇ…」
「そうなんですか…」
「1日目のドレスはダークグリーンだったから、これまた葉っぱになるし…」
「…あ、浅い海で真凛さんでも怖くないぐらいの、淡い水色はどうですか?」
「それはいいわね。海は海でも浅くて怖くないよって感じね。雰囲気も合ってるかもね」
「はい。波打ち際の浅いところで可愛い水着着てパシャパシャ跳ね回ってそうですよね」
「確かに!目に浮かぶわ!そうするわ、初響ちゃん」
「リボンもオーガンジーの透ける感じだと浅い海っぽいですよね」
「確かに!お花屋さんに言うわね。ありがとう」
初響はにっこりする。
とうとう初響も退勤時間になった。
最後の退勤ボタンを押す。
「春子さんお世話になりました。ありがとうございました」
「こちらこそありがとう。でもお別れではないわね。これからもホームページのことでお世話になるけど、よろしくね」
「こちらこそ、これからもよろしくお願いします」
初響は花束を手に持ち、涙はなしで、笑顔で春子にお辞儀をして小春庵を去っていった。
この物語はフィクションです。作中に登場する人名や地名、校名、お茶やフルーツの銘柄などはすべて架空のものです。一部実在の名称と同じものも混在しますが、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。




