送別会
2月。
小春庵の送別会の日になった。
新しいテーブルに、華が去年と同じテーブルクロスを敷く。
去年は1年分の羊毛フェルトのフルーツを並べたが、今年は「卒業おめでとう」という文字や桜の花などを描いた小さな黒板を飾った。
5ヶ月間黒板アートを習った成果を最大限に発揮しようと、何日もかけて描いた作品だ。
麗花、蘭、真凛、初響が次々に到着し、
「今日はありがとうございます」
と春子に声をかける。
「わぁ!すごい黒板アート!」
厨房では春子が春風ワッフルランチを用意していた。
麗花と蘭は手分けしてコーヒーを淹れ、ランチのトレーは、真凛と華と初響が運んだ。
「それでは始めます。皆さんいつも小春庵のためにがんばってくれて、ありがとうございます。今日はお別れもあって寂しいんですけど、美味しいものを食べていっぱいお喋りして、明るくお別れし、そして4月からまたがんばろう、そんな会にしましょう」
春子はみんなを見回して、
「では、コーヒーで乾杯をしましょう。かんぱーい」
みんなそれぞれにカップを少し持ち上げ、笑顔を見合わせた。
「今日のランチを説明します。基本はいつもと同じだけど、違うところは、スープがパンプキンになっています」
「本当だ!」
「そして、栄牧場さんからプレミアムソーセージをプレゼントしていただいたので、特別に添えてあります。皆さん召し上がってね」
「いただきます」
「わ、スープ美味しい!」
「実はね、4月からスープの内容を時々変えようかなと思ってるの。パンプキン、キャロット、オニオンに、お豆のポタージュとかね」
「それめちゃくちゃ良いですね!」
みんなはしばらくお喋りしながらランチを楽しんだ。そして春子が、
「では、ここで初響ちゃんからご挨拶があります」
みんなシーンとなって耳を傾ける。
「4月からWEB制作会社に就職します。3月の1ヶ月は会社でアルバイトして仕事を覚えるように言われてるので、2月末で小春庵を退職させていただきます。1年間ありがとうございました」
初響はお辞儀をし、みんなで拍手する。
「がんばってね」
「じゃあそのあとはSNSの更新は誰がするんですか?」
「そのことなんだけど、ここで蘭ちゃんからご挨拶があります」
「え!?」
みんなは蘭に注目する。
「実は4月からここ小春庵で正社員として働くことになりました」
「えー!」
「週に5回、オープンからクローズまで入ります。忙しい春子さんを助けて精一杯がんばります。SNSの更新も、私が担当します。初響ちゃんほどはできないですけど、がんばりますので、何かアドバイスあったらよろしくお願いします」
蘭はお辞儀をし、みんな拍手をする。
「ぴったりですね、蘭さんが正社員なんて」
「小春庵初の正社員なのよ」
春子も嬉しそうだ。
「さて次に、麗花さんからご挨拶があります」
「え!?」
麗花はみんなの顔を見たあと、
「実は、2月末で退職することになりました」
「なんでですか!?」
「お腹に赤ちゃんができまして、ちょうど5ヶ月の安定期に入ったので、ギリギリ発表できるようになりました」
「ええー!?」
「去年の秋、何か調子が良くなくて、スポーツジムをたった3回で辞めたんです。で、その後どんどん体調が悪くなって、12月はほとんど寝込んでて」
「あれインフルエンザじゃなかったんですか?」
「ひどい風邪ひいたのは本当なんだけど、妊娠がわかった直後でお薬も飲めないし、長引いてたのよ。つわりもひどくて、げっそりよ」
「うわー、そうだったんですね」
「インフルエンザは嘘だったの。ごめんなさいね」
「麗花さん、三日坊主って笑ってすみませんでした」
「全然そんな!」
「最近元気になってきたのは、つわりが治まったからなんですか?」
「そうなの」
「あ、だから階段も駆け上がらずにゆっくりになったんですね」
「そうなの、手すり持ってゆっくりに変えたの」
「でもあの階段危なくないですか?」
「実は春子さんに相談して、この前から私だけ1階に荷物を置かせてもらってるのよ」
「そうだったんですね」
「あ、もしかしてさっき、ご自分のだけカフェインレスコーヒー淹れられてました?あれ?って思ってたんですけど」
「そうなの。蘭ちゃんよく見てたわね」
麗花は笑う。
「結婚して26年も経って、41で初めて赤ちゃんができるなんて奇跡でびっくりなんですけど、年も年なので、できるだけ家でゆっくり過ごそうと思います」
「退職までのあと数回、しんどかったら代わりますので言ってくださいね!」
「ありがとう」
みんな拍手をする。
はぁ、とみんな息をついた。
「入ってくる情報が多すぎるわね。1回コーヒーのおかわりしてひと息つきましょう」
春子と蘭がコーヒーを淹れに行った。
「あ、そうだ、麗花さんの2杯目は、太田園さんにもらったルイボスティーがあるから、それにする?」
「え!いいんですか?ありがとうございます!」
春子と蘭がおかわりを運んできた。
そこへ、
「こんにちは」
と声がして、煎が入ってきた。
「あら?煎さん?どうされたんですか?」
華が聞くと、春子が
「ではここで、飛び入りゲストが到着しましたので、真凛ちゃんからご挨拶があります」
「うそー!とうとう!?」
蘭の目がハートになっている。
真凛は煎の隣に立つ。
「実は、4月から太田園に正社員として就職することに決まりました」
「え?思ってたのと違うんだけど!」
真凛は笑い、
「5月に太田園が抹茶ソフトのショップを新しくオープンすることになって、煎くんが店長になるんです。私はそこで働くことになります。病気療養明けでここで働かせてもらって、元気いっぱいになって、もう大丈夫やろうってことで両親も安心してくれたので、正社員で完全復帰することを決意しました」
そこで煎が、
「優秀なスタッフの真凛ちゃんをさらっていって非常に申し訳ないですが、2人で新しい店を小春庵みたいな素晴らしい店にしていきたいと思っていますので、どうかお許しください。そして、太田園とこれからも末永くお付き合いをどうぞよろしくお願いします」
煎と真凛は並んで深くお辞儀をし、みんなまた拍手をした。
「いやーびっくりした」
「てっきり婚約したのかと思ったわ」
真凛は、
「残念ながら煎くんと私は恋人ではないんです。ご期待に添えずに申し訳ないです」
みんな笑った。
「煎くんの椅子がないから、取ってくるね」
真凛が小さい丸椅子を取ってきて端に置き、今まで自分が座っていた椅子を
「はいこれ」
と煎に譲り、そのまま煎のコーヒーを淹れに行った。
「でも春子さんはいつからご存知だったんですか?」
「11月下旬ね。真凛ちゃんと私が閉店後の片付けをしてたら、煎さんと若旦那さんと、大旦那さんまで来られて、頭下げられたのよ。娘さんをくださいって言われる全国のお父さんお母さんの気持ちがわかった気がしたわ」
「で、了承したんですか?」
「太田園の皆さんが素晴らしい方たちなのはよくわかってるものね。真凛ちゃんをよろしくお願いしますって言ったわ。ちょっと泣けたけど」
「そりゃ泣けますね」
「大旦那さんが花火大会で会って以来真凛ちゃんのことをいたく気に入られたらしいのね」
「さすが真凛ちゃん」
「煎さんとも息ピッタリだしねぇ」
真凛がコーヒーを持って戻ってきて、小さくなって座っている煎に渡す。
「はい煎くん、じゃ、コーヒーいただきましょ」
「あの、ここで私から皆さんにプレゼントがあります」
華が紙袋を出す。
「羊毛フェルトを作ってきました。春子さんには、ワッフル3種類です」
「わあ、ほうじ茶のと抹茶のもあるわね。ありがとう」
「初響ちゃんにはパソコン、麗花さんには猫、蘭さんには北海道の形、真凛さんにはピアノです」
「わぁ、すごい。ありがとう!」
みんなそれぞれ自分がもらった羊毛フェルトをいろんな角度で眺める。
「煎さんには何もなくてすみません」
「いやいやそんな、当然だよ!」
「いつか作ります」
次に初響が、
「私も皆さんにプレゼントです。大したものじゃないんですけど、卒業旅行に行った時のお土産です」
虹色のカラフルな限定ラムネと美味しそうなチョコレートをラッピングし、
「お世話になりました 初響」とシールが貼ってある。
春子は、
「ラムネとチョコ!作業の思い出のおやつね。ありがとう」
と、ひときわ喜ぶ。
「すごいですね、パソコンで作ったシール」
「いや初響ちゃんなら目をつぶっててもできるでしょ。ホームページ作る会社で働くんだもの」
「あ、そのことも発表なんだけど」
春子が言う。
「初響ちゃんが就職する会社に、小春庵のホームページ制作を依頼しようと思っています」
「それはきっと細かいところまで行き届いたホームページになりますよね。何と言っても初響ちゃんだし」
「煎くん、うちの店のも作ってもらったら?」
「本当だね。兄に相談してみよう」
「よろしくお願いします」
初響は小さい声で嬉しそうに言う。
「次に私から皆さんにプレゼントです。私がボランティアで行ってる保護猫カフェのハンカチです。猫の絵が可愛いの。皆さん1枚ずつどうぞ」
麗花が春子から順番に渡していく。
「煎さんもどうぞ」
「え!僕もですか?麗花さんのがなくなりますよ」
「いいのよ、私はしょっちゅう行ってるから、また同じの買うわ。これは煎さんが持って帰ってね」
「ありがとうございます!」
次に蘭が、
「私からは、北海道の実家から送ってもらったお菓子のセットです。現地でしか買えないものなんです。皆さん召し上がってくださいね」
美味しそうなお菓子の詰め合わせに手書きで
「1年間ありがとうございました 来年度もよろしくお願いします」
とカードが入っている。
「煎さんもお1つどうぞ」
「え!これも蘭さんご本人のでしょ!?」
「いいの、私のは家にまだあるの。煎さんどうぞ」
「ありがとうございます!」
「私が最後ですね」
真凛は煎に合図をし、煎は部屋の外に置いていた段ボール箱を運んでくる。
「これは煎くんと私からです。新しいお店の商品なんですけど、抹茶とほうじ茶のバウムクーヘンです。皆さん一箱ずつどうぞ」
「こんなに大きい箱を一箱ずつ!?」
「賞味期限は1ヶ月あるし、個装になっとうから便利ですよ。美味しいからあっという間になくなりますよ」
「何だかもうすっかり新しいお店のスタッフさんみたいね」
真凛は慌てて、
「いやでも3月末まではまだここのスタッフです!あと1ヶ月いさせてください!」
と叫び、みんな笑った。
春子が
「新しいお店の名前は何ていうの?」
と聞くと、煎が
「『お茶の国』です」
と言う。
真凛は
「最初は私は煎くんと玄さんの名前を取って『玄煎』がいいって提案したんです。『厳選』した良いお茶スイーツを売ってるっていう意味も兼ねて」
「でもそれだと次男や四男が拗ねそうなので、僕が反対したんです。まあ本音では良い名前だとは思いましたけどね」
「で、『お茶の国』になったんですけど、数え切れへんほど案を出して、疲れたよなぁ煎くん、あの時は」
「うん。でもいい名前に決まって良かった」
春子は
「きっといいお店になるわ」
と2人を見て微笑んだ。
この1年の思い出や、4月からの新しい日々について、みんないくらでも話すことがあり、なかなか帰らなかったが、16時頃にまず初響が席を立ち、春子がおみやげのワッフルを手渡した。
次に真凛が煎の車で一緒に帰っていき、17時を過ぎると麗花の夫の佐藤氏と蘭の夫も車で迎えに来た。
春子はみんなにワッフルを渡し、華と一緒にそれぞれの車に手を振って見送った。
春子はそのまま店に残るので、華は1人で駅に向かって歩く。
まさか自分以外の全員からあんな大発表があるなんて。
何も変わらないのは自分だけか。
いやでも私も変わったよね、と華は思う。
去年は何かにつけていちいちショックを受けて落ち込んだり拗ねたりしていた。
今年は華なりにみんなと協力し、小春庵の一員として力になれたと思う。
4月からもきっとがんばれるし、また成長できる。そんな気がする。
「あ!」
華は立ち止まる。
黒板アートのボードを忘れてきてしまった。
でも次の出勤の時に持ち帰ればいいか。今日は春子さんに預かっておいてもらおう。
華はまた歩き出す。
さぁ、また新しい1年に向けてがんばろう!
この物語はフィクションです。作中に登場する人名や地名、校名、お茶やフルーツの銘柄などはすべて架空のものです。一部実在の名称と同じものも混在しますが、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。




