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4月の第1金曜日。
今日の小春庵のスタッフは、早番が蘭、遅番は今日が初勤務の網野初響だ。
情報系専門学校の2年生、就職活動もするということで、週1回だけの勤務だが、それとは別に店のSNSアカウントを作って宣伝する業務も依頼するかもしれないので、春子は期待していた。
前半は蘭が相変わらず新人とは思えないほどそつなくこなしてくれて、何も問題なくスムーズに過ぎ、午後になった。
13時15分、ドアが開く。
「失礼します」
「あら、初響ちゃん、今日が初勤務ね。よろしくお願いしますね」
「よろしくお願いします」
「こちらは蘭さんよ。同じく今月から新しく入ってくださった主婦さんなの」
「よろしくお願いします」
2人は挨拶を交わす。
「それじゃこちらのスタッフルームにどうぞ。荷物置いてエプロン着けてね」
初響は身支度を済ませ、春子は引継書を見せながらひとつひとつ説明していく。ひと通り説明し、数組の接客を見学した頃、早番の蘭が退勤していった。
「お先に失礼します」
「お疲れさまでした。また来週よろしくね」
蘭が出て行ったドアの向こうに老夫婦が来たのが見えたので、春子は
「さあ、次は初響ちゃんがご注文お伺いしてみましょうね」
と初響の肩をポンと叩いた。
ドアが開く。
「いらっしゃいませ」
初響はとても小さな声だ。
「ワッフルを5個欲しいんだけどね」
「はい」
「どれがいちばん人気なの?」
初響はチラリと春子を見ながらメニューを指し示し、
「小春オリジナルが最も人気です」
「え?」
おじいさんが聞き返す。
「こちらの小春オリジナルがいちばん人気でございます」
初響は言い方を変えたが、
「え?」
声が小さくて聞こえないようだ。
春子が大きい声でゆっくりと、
「こちらの、小春オリジナルというのが、いちばん人気なんですよ」
と言うと、
「あーこれね。シンプルなやつね」
としばらく見たが、
「でもお茶のも美味しそうだから、こっちにしましょうか」
とおばあさんが言う。
「じゃあ、シンプルなの1個と、抹茶2個と、ほうじ茶2個ちょうだい」
初響は
「かしこまりました」
と小さい声で答えた。
レジは春子が担当し、さっき焼いておいたワッフルを、初響と並んでワックスペーパーで包む。
春子が説明しながら4個包む間に初響は1個包んだ。時間はかかったが、綺麗には包めていた。
春子がそれを紙袋に入れ、初響に渡す。
初響は
「お待たせいたしました」
と手渡し、
「ありがとうございました」
とお辞儀をした。
その後も春子が横について一緒に接客を繰り返した。
言葉遣いも丁寧で動作も特に問題はなかったが、とにかくおとなしくて声が小さい。
愛想が悪いわけではないが、引っ込み思案で、必要以上のことは何も話さないという感じだった。
次に外国人のお客様が来て、初響は
「For here, or to go?」
とちゃんと発音はするが、多分声が小さくてあまり聞こえていないように見える。
ただ、注文カウンターにある「For here」と「 To go」の札を手で指し示しながら聞いているので、お客様も
「To go.」と指し示しながら答え、一応やり取りは成り立っている。
ワッフルの注文も、メニューを指差しながら指を1本立てて「One」などと言っているので、聞こえていなくても通じているようだ。
まあ緊張がほぐれてきたらもう少し大きい声も出るかもしれないので、春子はとりあえずは何も言わないことにした。
そこへ、
「こんにちは。太田です」
太田園の若旦那が納品に来た。
春子が
「あら若旦那さん、こちら新しいバイトの初響ちゃんよ。初響ちゃん、こちらは白沢茶を納品してくださる老舗のお茶屋さんの太田園さん。私たちは若旦那さんって呼んでるのよ」
「よろしくお願いします」
若旦那と初響は控えめに静かに挨拶しあった。
そのまま若旦那はお茶を春子に渡し、次の注文を受けてお辞儀をし、スーッと帰って行った。
「上品で静かな対面ねぇ」
夕方になり、もうお客様もあまり来ないので、閉店前だが店内を少しずつ片付け始める。
「ところで初響ちゃん、まだ初勤務なのにこんなこと聞いて重荷かもしれないけど、5月ぐらいになったらSNSのアカウント作って発信し始めたいんだけど、お願いしてもいいかしら?もちろんその分のお給料は別途お渡しするわ」
初響は今日初めての自然な笑顔になり、
「はい、ぜひやらせてください」
と言う。
「4月中にワッフルやドリンクや店内の様子なんかを少しずつ撮りだめして準備しておけば、5月にスタートするのは問題ないと思います。というか4月末、ゴールデンウィークが始まる頃に開設するのはどうでしょうか?」
「それはいいわね!白沢には観光客がたくさん来るものね」
「端末はどれを使うのでしょうか」
「それはね、このスマホが私の私物とは別の、小春庵のスマホなの。備品のオーダーなんかもここからしてるのよ。これで少しずつ写真を撮って準備したらいいかしら」
「はい。それと短い動画も撮ったほうがいいと思います。今どきはショート動画が宣伝に使いやすいと思いますので」
「そうなのね。じゃあ今度からお客様が途切れた時や閉店後なんかに、少しずつ撮っていきましょう」
「はい」
初響は相変わらず声は小さいが、明らかに接客中より嬉しそうだ。
「この羊毛フェルトの果物も映えそうですね」
「それはここのアルバイトの華ちゃんが作ってくれたのよ。小春スペシャルのフルーツが毎月変わる度に新しいのを置いてくれるのよ。初響ちゃんがSNSに投稿してくれたら華ちゃんも喜ぶわ」
「そうなんですね。今度これも写真に撮ります」
その後お客様が2人来たが、初響は小さい声ながらもちょっぴり楽しさの混じったような雰囲気で接客しているように見えた。
17時になって閉店し、春子は看板を中に入れる。
「じゃあ今日はここまでね。また来週金曜日によろしくね」
「ありがとうございました。お先に失礼します」
初響は小さい声で挨拶し、帰っていった。
春子は小春庵の動画撮影のことを思い、
「掃除しなきゃね!」
と、いつもより念入りに掃除片付けをしてから帰宅した。
この物語はフィクションです。作中に登場する人名や地名、校名、お茶やフルーツの銘柄などはすべて架空のものです。一部実在の名称と同じものも混在しますが、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。




