ネイティブルーキー登場
4月の第1木曜日。
「小春庵」の今日のスタッフは、早番が2回目の勤務となる蘭、遅番が初勤務の大学生伊藤すみれだ。
春子は今日も早めに店に着き、厨房に入った。
2人とも新人か…。少し不安だが、蘭が初日から予想外にしっかりと戦力になってくれたので、まあ何とかなるでしょう、と手をポンと打ち鳴らし、ワッフルを焼く準備に取りかかった。
蘭が、
「おはようございます」
と出勤してきた。
「今日は一から開店準備をさせていただきたくて、早めに来ました」
「わあ、助かるわ。じゃあエプロンつけたら一緒にやっていきましょう」
春子はまず蘭と手分けして掃除をし、食洗機とコーヒーメーカー、レジやクレジットカードの端末など、順番にスイッチを入れていく。
蘭は引継書にペンで書き込んだりしながら、スムーズにこなしていった。
「よし、これでだいたいOKね。じゃ、私しばらく厨房にいるわね」
蘭は今日も新人とは思えないほどしっかりと接客をした。
「やっぱりクレープ屋さんでバイトしてたのと共通点多そうね。すごくてきぱきとこなしてくれて助かるわ」
「ありがとうございます」
午前中のお客様は日本人と外国人半分ずつくらい、特に並ぶこともなく、少なくて暇になりすぎこともなく、ちょうどいい感じでスムーズに過ぎていった。
そして午後になる。
遅番のすみれは今日13時半から初勤務の予定だが、13時25分になっても現れない。
春子が心配そうに時計をチラチラ見ていると、13時30分ちょうどにドアが開いた。
「こんにちは、今日からよろしくお願いしまーす」
「あらすみれちゃん。今日は13時30分から勤務よね」
「はい」
「今が既に30分だから、次回からもう少し早く到着してもらえるとありがたいわ」
「なぜですか?30分からですよね」
「そうよ。でも今からスタッフルームにカバンを置いて、出勤の打刻をして、髪を結んだりエプロンをつけたりするでしょ。10分か、せめて5分前までには着いてもらえると助かるのだけど。5分ただ働きしなさいという意味ではないのよ。時給は1分単位でつけるけど、13時30分には準備が整ってほしいっていうことね」
「では、遅番は13時25分出勤ってことですね、わかりましたー!次からそうしまーす!」
すみれは別に気を悪くした感じはなく、どちらかというと楽しそうにスタッフルームに駆けていく。
春子と蘭は顔を見合わせて苦笑した。
すみれが出てきて蘭とも挨拶を交わし、いよいよ勤務のスタートだ。
蘭には接客をある程度任せられそうなので、引継書を見せながらすみれにだいたいの流れを説明していく。
あっという間に30分が経ち、蘭が退勤する時間になった。
「お先に失礼します」
「おつかれさまでしたー!」
すみれは元気いっぱいに見送る。
「じゃあ、次のお客様来られたら、すみれちゃんがご注文聞くのやってみようか」
「わーい!」
そこへ西洋人の男性客が2人入ってきた。すみれは張り切る。
「Hi there! How are you doing today? (いらっしゃいませ、お元気ですか?」
「 Hi. Pretty good.(こんにちは。はい、おかげさまで)」
「Awesome! What can I get started for you?(それは良かったです!ご注文は?)」
「Can I get two original waffles to go, please?(オリジナルワッフルを2個、持ち帰りで)」
「Got it! Two original waffles to go, right? You're gonna love it! It'll be just a sec! (かしこまりました。オリジナルワッフル2個ですね。きっと気に入りますよ。すぐ用意しますね!)」
すみれはニコニコ上機嫌で春子を見たが、春子はあっけにとられて固まってしまった。
3月まで勤務していた主婦の藍子なら、綺麗でゆっくりした発音の英語でだいたい聞き取れたし、他のスタッフは英語というよりはカタカナっぽかったので、厨房にいてもほとんど聞き返すことなくスムーズに対応できた。
しかし今すみれが何を言ったのかは、さっぱり分からなかった。
「オリジナルのワッフル2個、お持ち帰りだそうです。きっと気に入りますよって言いました」
すみれは嬉しそうに春子に言う。
春子は、
「わかった、ちょっと待ってね」
と言って、レジでお会計を済ませ、厨房からさっき焼いたばかりのワッフル2個を取る。
「すみれちゃん、一緒に包みましょう」
と声をかけて、並んで1個ずつワックスペーパーに包んだ。
それを紙袋に入れる。
すみれは紙袋をお客様に手渡し、
「All set! Enjoy your waffles!(お待たせしました!楽しんで食べてください!)」
と見送る。
「へへへ、私の記念すべき最初のお客様、喜んでくれたかしら」
「…そうね」
春子はあまり動じないタイプだが、さすがにタジタジという感じだ。
その後も春子がすみれに付き添うような形で一緒に接客したり、お客様が途切れた時はすみれは洗い物をしたり、合間を縫って春子はワッフルを焼いたりし、やがて閉店時間になった。
「あとの精算や片付けは私がやるから大丈夫よ。今日はもう上がってちょうだい」
「春子さんありがとうございましたー。めちゃくちゃ楽しかったです」
「ちょっとまだシフトが確定していないから、次に入ってもらう日は今は分からないけど、また連絡するわね」
「はーい!次は13時25分に来まーす!」
すみれは楽しそうに帰って行った。
「はぁ。可愛いし、いい子だけど、何だか久しぶりに疲れたわ…」
この物語はフィクションです。作中に登場する人名や地名、校名、お茶やフルーツの銘柄などはすべて架空のものです。一部実在の名称と同じものも混在しますが、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。




