新生小春庵スタート
4月になった。
北陸地方の石尾県白沢市に、オープンして丸4年になる小さな古民家ワッフル店「小春庵」がある。
朝からオーナーの小芝春子は忙しそうに準備をしている。
先月、長く働いてくれた2人が相次いで退職したので、今月からは新メンバーで新しい年度のスタートを切ることになったのだ。
3月に慌ただしく面接をして新しく雇ったメンバー3人のうち、まず24歳の主婦森井蘭が平日の前半勤務担当、そして専門学校生の網野初響は金曜の後半と決まっている。
もう1人、白沢大学1年生の伊藤すみれは、まだ時間割が分からないので曜日が定まらない。
唯一去年から引き続いて勤務するのが、白沢大学2年生の上園華だ。
華もまだ今年の曜日は固定できないが、4月前半は多めに入れるとのことなので、華に頼りながら何とかがんばることにする。
春子は3月に退職した主婦の藍子がメインとなって作ってくれた引継書を、新人さんたちに渡せるようにコピーして用意しつつ、今日の店の準備を始めた。
小春庵にはワッフルが3種類ある。
シンプルな「小春オリジナル」、そして白沢産のお茶が入った「白沢抹茶」と「白沢ほうじ茶」だ。
そして、店内飲食限定で「小春スペシャル」というメニューがある。
これは、ワッフルに、フルーツ3種類、アイスクリーム1スクープに、ミントの葉と金箔がトッピングされる。
フルーツ3種類は月替わりで、4月は石尾県産のピンクのイチゴ「淡紅」、愛媛県産の甘夏「サンサン」と、フィリピン産バナナとなっている。
アイスクリームは白沢市内の栄牧場のもの、そしてミントは春子が小春庵の庭で育てているものだ。
金箔は、ここ白沢市が日本国内のシェアの約98%を誇る、代名詞のような名産物だ。
トッピングに使うとキラキラと綺麗で映えるのと同時に、いかにも白沢という雰囲気が出て、春子は気に入っている。
カランと音が鳴り、新しくパートとして働く主婦の蘭が入ってきた。
「おはようございます」
「蘭ちゃん、おはよう」
「本日からどうぞよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね」
蘭は化粧気のない素朴な可愛らしい主婦だ。
まだ大学生と言っても通用するかもしれないような爽やかさがある。
蘭は新しいカフェエプロンを着けて、すぐにスタッフルームから出てきた。
「蘭ちゃんは大学生の頃はアルバイトしていたの?」
「はい、クレープ屋さんでアルバイトしていました」
「あら、それならワッフル屋と共通点ありそうね」
「だといいんですけど」
「コーヒーメーカーや食洗機のスイッチ入れたり、看板を出したり、掃除したりという準備は、今日はもう私がやったの。次からは一緒にしましょうね。ではワッフル販売について説明していくわね」
春子は注文を受けた場合の流れを、引継書を一緒に見ながらひとつひとつ説明していった。
「最初は私が販売を担当するので、私のやり方を見ていてね。途中から蘭ちゃんにも実際にやってもらうわね」
「はい」
「私は時々厨房に入ってワッフル焼いたりもするけど、さっきたくさん焼いたからしばらくの間はOK」
「承知しました」
蘭がしばらくの間引継書を真剣な表情で見ていると、そこへ女性のお客様が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
2人の声が揃った。
女性はメニューを見る。
「どれにしようかしら。どれがおすすめ?」
春子は自分がすぐに答えようかと思ったが、お客様が蘭の顔にロックオンしているので、一瞬止まった。
すると蘭が、
「こちらの小春オリジナルが最も人気でございます」
とにこやかに答える。
蘭が春子の顔を見ると、春子はホッとした表情で、
「そのまま続けて」
というふうにうなずいた。
お客様は、
「なるほどね。こちらの2つはどんな感じ?」
「白沢名産のお茶を使用したものでして、こちらが濃厚で深みのある白沢抹茶、こちらが香ばしい白沢ほうじ茶でございます」
蘭は綺麗な手つきで指し示す。
「そりゃまた魅力的ねぇ。じゃあもう全部いただくわ。3種類、1個ずつください」
「3種類1個ずつですね、かしこまりました。ありがとうございます」
蘭はお辞儀をする。
春子がスッと代わってレジを打ち、蘭は横で見ていた。
春子はお会計を終え、2人で厨房に向かう。
「さっき焼いたワッフル、そこから1個ずつ取って一緒に包みましょう」
作業台に2人で並ぶ。
「まず手にアルコールスプレーね。そしてこんなふうにワックスペーパーを広げます。オリジナルは白、抹茶は緑、ほうじ茶は茶色のペーパーね。ツルツルしてる方が内側ね」
春子は蘭の前に白、自分の前には緑と茶色のペーパーを2枚並べる。
「このあたりにワッフルを置きます」
春子はトングで3つのワッフルをそれぞれのペーパーの上に置く。
「そしてこんな感じでキュッキュッとねじって、そうそう、OK」
春子が2つ、蘭は1つ包む。
「で、袋に入れます」
紙袋に3つ入れる。
「じゃ、渡してくれる?」
「はい」
蘭は紙袋をお客様のところに持っていき、
「たいへんお待たせいたしました。ワッフル3種類、合計3個でございます」
「ありがとう」
お客様はドアに向かい、2人は声を揃えて
「ありがとうございました」
とお辞儀をした。
「蘭ちゃん、すごい!初回とは思えないくらいだわ!」
「さっき引継書を読んで、ワッフルの説明を覚えた直後だったんです。すごくわかりやすいですよね。あれ、藍子さんって方が書かれたものですよね?」
「そうなのよ。藍子さん、辞める前に詳しい引継書を作ってくれたの。蘭ちゃんは藍子さんのところのお嫁さんとお友達なのよね?」
「はい。藍子さんの長男さんのお嫁さんが私の友人で、紅葉ちゃんって言うんですけど、いつも旦那の母はすごいのよーって言ってます。大好きなんですって」
「いいわねぇ」
「うちのマンションにもよく来られるみたいですけど、なぜか私まだ一度もお会いしてなくて。紹介までしてもらったのに。早くお会いしてみたいです。でもその前に先にこの引継書でお世話になっちゃってます」
蘭は引継書を手に取って笑う。
その後も春子は蘭の横に付き添って一緒に接客し、初めてのことが出てきたら教えたりしながら進めたが、昼過ぎにはもう蘭はワッフルの持ち帰り・店内飲食、ドリンク各種の作り方、レジ、食洗機などの中の仕事まで全てできるようになった。
「こんなに覚えが早い人は初めてだわ」
そこへ遅番の華が出勤してきた。
「おはようございます」
「おはようございます。初めまして、蘭です。よろしくお願いします」
「わぁ、藍子さんの紹介で来られた方ですよね。華です。大学2年です。よろしくお願いします」
「華ちゃんね、どうぞよろしくお願いします」
春子は、
「華ちゃん、蘭ちゃんは初日の半日でもう小春スペシャルを作る以外は何でもできるようになったのよ」
「えええー!!!」
「すごいでしょ」
「すごすぎです。私なんか1ヶ月ぐらいかかったかも。いや、3ヶ月?もっとかな?」
蘭は急いで
「いえいえすごくないんです!引継書のおかげなんです!あとは以前のクレープ屋さんとレジもクレジットの機械も食洗機もコーヒーメーカーも、全部似たような感じなので扱いやすくて」
「わぁ、こんなすごい人が来てくださって嬉しいです」
華は手を叩いて喜ぶ。
春子は、去年だったら華はこんな優秀な人を見ると拗ねるか落ち込むかしただろうなと思い、成長した華を見て頬が緩んだ。
「じゃ、蘭ちゃん、今日はここまでにしましょう。明日は水曜で定休日なので、明後日またよろしくね」
「はい、ありがとうございました。お先に失礼します。明後日またよろしくお願いします!」
蘭は帰って行った。
「新生小春庵もこの調子じゃ安泰そうね」
春子は微笑む。
この物語はフィクションです。作中に登場する人名や地名、校名、お茶やフルーツの銘柄などはすべて架空のものです。一部実在の名称と同じものも混在しますが、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。




