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新生ワッフル店小春庵の日常  作者: 小春庵


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28/49

お正月

1月1日。

小春庵に新年が訪れた。


今年も小春庵はお正月休みはなしで、元旦から営業する。

ただし、三が日は15時までの短縮営業だ。


麗花は12月に体調を崩して寝込み、もともと本人いわく「棒切れ」のように痩せているのにさらにげっそり痩せてしまったので、三が日はお休みすることになった。


そのかわり、蘭、真凛、華の3人は3日間とも出勤できるとのことだ。


蘭は、

「主人も私も実家が北海道なので、一度帰るだけでもすごく旅費がかかっちゃうんですよ。だからお正月に帰省するのは2年に一度って決めてて、今年はずっと白沢にいるんです」


真凛は、

「私は両親と住んでるんで、帰省とかはないし、ずっと出勤できますよ。ただ、神戸のおばあちゃん家には、4日から1泊で行くんですけどね」

とのこと。


そして華は、

「私は去年と同じく4日から6日まで、群馬の実家に2泊してきます」

とのことだ。


そこで春子は三が日のシフトを、

1日…真凛&華

2日…蘭&真凛

3日…蘭&華

と組むことにした。


1日の午前中は、着物姿の女性や、神社の授与品袋を下げた人が多く訪れ、お昼過ぎにいったん客脚が途切れた。


華は春子に、

「今年は藍子さん恒例の15個の持ち帰り予約はないんですか?」

と聞くと、


「今年は入ってないわね。でも来てくれるかもしれないわよ」

とのことで、楽しみに待っていると、昼過ぎにドアが開き、藍子と夫が2人で入ってきた。


「明けましておめでとうございます」


「わぁ!藍子さん!明けましておめでとうございます!」


春子も真凛も、藍子の夫も、それぞれ挨拶を交わす。


華が、

「藍子さん今年はお着物じゃないんですね。去年のあの素敵な藍鼠(あいねず)色の白沢友禅、今年も見れるかと楽しみにしてたんですけど」


「今年は次男が受験の直前だから、主人の実家の集まりには行かないの」


「あ、だから今日はお2人だけだしお洋服なんですね」


「でもほら、見て」

藍子はファーのついた綺麗なグレーのコートを前を開けて見せる。


「中は藍色のワンピースなのよ。コートがグレーだから、合わせると藍鼠ね」


「わー!ほんとだ!」


藍子と夫は注文カウンターに進み、真凛が前に立った。


「村雨(むらさめ)藍子さんですよね、初めまして、白峰真凛と申します。藍子さんのことは皆さんからお伺いしていて、雑誌のChaChaも毎月拝見しています」


「まあ、そうなんですね!ありがとうございます」


「12月号に載っていた西宮のカフェ、私が通っていた高校のすぐ近くなんですよ。懐かしかったです」


「そうなの!?先に聞いておけば良かったわ。あと、お名前、白峰真凛さんっておっしゃるの?」


「はい」


「すごいわ!素敵なお名前!私、8月に京都のカフェに取材に行って、その時は子供が合宿でいなかったから私も1泊したのよ。で、観光もして、私のいちばん好きな百人一首の歌碑がある白峯神宮を参詣したの」


「白峯神宮っていう神社あるんですか!」


「崇徳院(すとくいん)が祀られている神社ね。蹴鞠(けまり)の宗家の邸宅跡に建てられているから『蹴鞠の碑』もあって、球技などのスポーツの神様としても知られているの」


「蹴鞠…あっ!白峯神宮と鞠って、私の名前の白峰真凛と響きが似てますね」


「そうなのよ、びっくりしちゃった」


「スポーツの神様って、もしかして野球もですか?」


「そうね。蹴鞠だからサッカー選手がいちばん多いかもしれないけど、プロ野球選手も来られるし、日本代表のボールなんかも奉納されて展示されていたわよ。真凛さんは野球がお好きなの?」


「はい!神戸レパーズの神坂テル選手の大ファンです。私の名前がそんな神様の神社と似てるなんて、嬉しいです」


横から藍子の夫が、

「神坂テルって、MVPで、ほぼ全ての項目で1位の選手だよね?確か70年ぶりとかで記録塗り替えしたっていう」


「はい!NPB史上初の記録とかもあります!あ、すみません、舞い上がってしまって。で、白峯神宮にある、藍子さんのいちばんお好きな百人一首ってどんな歌なんですか?」


「『瀬をはやみ岩にせかるる滝川の

われても末にあはむ(わん)とぞ思ふ(う)』っていうの。私子供の頃からこの歌大好きなのよ」


「そうなんですね。あとで白峯神宮のお写真見せてもらっていいですか?」


「もちろん!あとでお見せするわね」


夫が、

「『村雨(むらさめ)の露もまだ干(ひ)ぬまきの葉に…』がいちばん好きなのではないんだね」

と藍子に言うと、


「それは2番目よ。っていうかあなた、その歌覚えてたのね。いつも坊主めくり専門なのに」


「下の句は知らないけど」


「もう!『霧たちのぼる秋の夕暮れ』よ。自分の名字『村雨』なんだから、覚えてよね」


「結婚して25年かけて半分覚えたから、あと25年だね」


「80歳になっちゃうわよ」


藍子と夫は新しいメニューの春風ワッフルランチを注文し、カウンター席に座った。


春子がみずからトレーを運んでくる。

「藍子さん、看板作りがんばってるのね」


「なんだかもうバタバタの毎日です。取材に行って、看板作って、ネコちゃんのお世話をして。手も火傷やひっかき傷がいっぱいできました」


藍子は傷だらけの手を広げて見せる。


「でも充実していて楽しいです」


真凛と華も集まってくる。


藍子はスマホを取り出し、白峯神宮の「蹴鞠の碑」の写真を出して、真凛に見せる。


「わぁ!白峯神宮の鞠!私やん!」

真凛は手を叩いてピョンピョン跳ねて喜ぶ。


藍子はくすくす笑った。

「あ、そうか。西宮の方だったわね。関西弁なのね」


「神戸人なんです。お隣の西宮市の高校に通ってたんです。で、高校卒業後に白沢に来ました」


「あら、そうなのね」

藍子はニコニコして真凛の嬉しそうな姿を見た。


「いいなぁ、藍子さん、私の名前も何かエピソードないですか?」


「そうね、上園華さんよね。『上園』は今ちょっと思いつかないけど、『華』の『華やかなり』という言葉は、見た目が鮮やかで美しいという意味の他にも、中身も賑やかで勢いがあって栄えているっていう意味もあるのよ。枕草子(まくらのそうし)や源氏物語でもしょっちゅう『華やかなる◯◯』っていう言葉が出てくるわ」


「わぁ、嬉しい」

華は両頬に手を当てる。


「徒然草(つれづれぐさ)に『大路のさま、松立てわたして、はなやかにうれしげなるこそまたあは(わ)れなれ』っていうのがあるんだけど、お正月に大通りに門松が並んで、人々が嬉しそうにワクワクしている様子が実にいいね、って感じの意味ね」


「わ!それじゃ私これから毎年マンションの玄関に門松飾らなきゃ!飾ったことないんですけど」

みんな笑った。


「みんないいわね。藍子さん、私は?」

春子が言うと、藍子は笑い、


「そうですね。このメニューの『春風スペシャル』の『春風』が入った『春風駘蕩(しゅんぷうたいとう)』という四字熟語はご存知ですか?」

春子は首を振る。


「5世紀頃の中国の漢詩からできた言葉なんですけど、もともとは春風が穏やかに吹いて、景色がのどかでうららかな様子を表してたんです。それがのちに、人の性格が温厚で、物事に動じずゆったりとしている様子も表すようになったんです。例えば、『春子さんの春風駘蕩(しゅんぷうたいとう)とした穏やかな人柄にはいつも癒される』みたいに使います。春子さんそのものですね」


「素敵すぎ!」


「春子さんにぴったり!」


真凛と華も手を叩いて喜ぶ。


「さすが藍子さんだわ。即興でみんなの名前をこんな風に解説してくれて」


「いえいえ、こちらこそ久しぶりにここでお話しできて良かったです」


「あ、ごめんなさいね、お2人、ランチが冷めるわね。召し上がってね。あとでデザートのアイスクリームもサービスするわ」


「ありがとうございます!」


藍子と夫が春風ワッフルランチを食べ終わり、アイスクリームも食べて満腹になって帰ったあと、華の親友夢子が来た。


「こんにちは」


「夢子!」


真凛が、

「いらっしゃいませ。華ちゃんのお友達?」

と聞くと、華が


「はい!親友の夢子です。このあと私が退勤してから一緒に初詣に行くんです」


「そうなんや。お2人めっちゃ似てていかにも仲良し!って感じやね」


「ありがとうございます」


そこでまたドアが開き、入ってきたのは私服の煎だった。


「明けましておめでとうございます」

春子も出てきて、全員お辞儀をして新年の挨拶を交わす。


「春子さん、クリスマスの時はありがとうございました」


「いえいえこちらこそ、スタッフかそれ以上の働きをしてくれて、ありがとう。本当に助かったわ。で、煎さん、今日は納品じゃないわよね?お客様として?」


「はい、真凛ちゃんの仕事が終わったら一緒に初詣に行きます」


「あら、いいわねぇ」


「煎くんと私、白澤神社に行くんやけど、華ちゃんとお友達も白澤神社?」


真凛が2人に聞く。


「はい」


「じゃあ4人で一緒に行く?」


「いえいえそんな!」


「とんでもないです!」


華と夢子は慌てて大きく手も首も横に振った。


「人数多いほうが楽しいやん。なぁ、煎くん?」


「そうだね、一緒に行こうよ。僕車で来たから、お2人も良かったら乗って行ってよ」


2人はまだプルプルと首を振っていたが、春子が

「お2人、お言葉に甘えたら?4人で行くと楽しいわよ」

と勧め、真凛も煎も

「うんうん!」

とうなずくので、

「じゃあ…そうしようか…」

と顔を見合わせる。


「わーい!じゃあ15時までしっかり働いて、その後はみんなで神社へGo!」


真凛はこぶしを挙げてはしゃぎ、煎もニコニコしている。


春子も嬉しそうにみんなを見回した。


煎と夢子は隣り合ってカウンター席に座る。


煎の注文した春風スペシャルは真凛が、夢子の春風スペシャルは華が盛り付けた。


春子がサービスでデザートのアイスクリームも大盛りにしてくれて、2人は美味しそうに食べた。


15時の閉店の時間になり、春子は

「お2人もう退勤して初詣行ってらっしゃい。あとは私が片付けるから」

と言い、2人は

「いいんですか!?」

と少し遠慮しつつも、初詣の楽しみには勝てず、


「ではお先に失礼します!」

と退勤ボタンを押した。


春子は駐車場に停まっている煎の車まで見送る。


真凛は助手席に、華と夢子は後部座席に乗り込んだ。


「みんなシートベルトしっかり締めるのよ」


「はーい」


「よーくお詣りしてくるのよ」


「はーい」


「楽しんで来てね」


「はーい」


「行ってらっしゃい」


「行ってきまーす」


この物語はフィクションです。作中に登場する人名や地名、校名、お茶やフルーツの銘柄などはすべて架空のものです。一部実在の名称と同じものも混在しますが、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。

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