祝賀会?
11月に入った。
ある日麗花が出勤して、2階のスタッフルームに入ると、ロッカーの上に新しくブックスタンドが置かれ、雑誌のChaChaが4冊並んでいた。
小春庵が掲載された今年の3月号、そして9月のランチ会で披露された10月号のほかに、11月号と、今日発売されたばかりの12月号だ。
麗花は藍子のウッドバーニングの記事を見るためにChaChaは毎月購読しているので、中身は既に知ってはいるが、何となく手に取ってみる。
11月号は福井の古民家カフェの看板制作の記事で、同じテイストの木製コースターも制作されている。恐竜のイラストも描かれていて、可愛い。
12月号は兵庫県の西宮市まで遠征し、川沿いの古民家カフェに取材をして看板制作をした様子が掲載されている。この時は朝早くに出て強行で日帰りしたと藍子さんは言っていたな…。
麗花は階下に下りて、
「おはようございます」
と挨拶する。
「春子さん、スタッフルームにChaCha置いたんですね」
「おはよう。そうなのよ。定期購読を始めたら、毎月発売日当日に配達されるようになったの」
「それはいいですね!私毎月書店に買いに行ってるんですけど、定期購読にしようかなぁ」
言いながらそのまま進んでいき、
「蘭ちゃんおはよう」
と声をかけた。
「麗花さんおはようございます」
お客様がいないので、2人はそのまま中の仕事をする。
「麗花さんジムに行き始めたそうですね。華ちゃんが言ってました」
「無料体験チケットを4枚もらったから行ってるだけなんだけどね、めちゃくちゃ楽しいの!」
「え!ちょっと意外です。麗花さんあまりスポーツのイメージなくて」
「でしょ?でも楽しかったー。1回目は自転車みたいなのを漕いだんだけど、前のモニターに景色が映って、好きなのに変えられるの。その時はパリの景色にしたの」
「フィットネスバイクですね。景色って選べるんですね」
「うん。2回目の時はランニングマシンをやったんだけど、それもモニターに景色が映って、ニューヨークの町を歩いたんだ」
「あら、歩いたんですね、走ったんじゃなくて」
「まあ、早歩きかしらね。あと2回無料体験できるんだけど、次はどこにしようかな」
「北海道はないんですか?」
「あー、北海道はなかったかもね」
「残念…」
「蘭ちゃんももしやってみたかったら紹介するわよ」
「いえ、私はとりあえず大丈夫です」
「そう?春子さん、春子さんももしご希望でしたら…」
「いえいえ私も結構よ、ありがとう!」
春子は食い気味で叫んだ。
翌日は早番が蘭、遅番は真凛の日だった。
お昼に真凛が出勤してくると、スタッフルームからパタパタと階段を下りてきて、
「春子さんおはようございます!」
と挨拶する。
「ChaCha置いたんですね!」
「そうなの、お暇な時に見てね」
「もう見たんですけど、今月号、西宮なんですね!私、家は神戸やけど学校は西宮まで通ってたんですよ。しかもあのカフェのある川沿いの高校やったんです」
「えっそうなの!?」
「はい。めっちゃ桜が綺麗で有名な川沿いなんです。藍子さんが作られた看板も、桜の絵が描いてあったでしょ?」
「確かに」
「うわー、懐かしいわー」
「真凛ちゃんおはよう」
「蘭さんおはようございます!ChaCha見ました?」
「見たわよ」
「私あのすぐ近くの高校行ってたんですよ。高3の2学期に父が白沢に転勤することが決まって、それに合わせて私も白沢の保育士の専門学校受験したんですよねー」
「そうだったの!?」
「そうなんです。今日煎くんにも会うからChaCha見てって言おうっと」
「煎さんに今日会うの?」
「はい。神戸レパーズが2年連続リーグ優勝と日本一達成したんで、祝賀会なんです」
「へぇ〜そうなの」
「しかも神坂テルが2年連続MVPの3冠王なんです。打率、打点、本塁打だけじゃなくて、安打数、2塁打数、3塁打数、塁打数、得点数、得点圏打率、出塁率、長打率、OPS、ぜーんぶテルが1位なんです。10冠王ぐらいですかね。もっとかな?」
蘭はチンプンカンプンだったが、
「へぇーすごいわね」
と一応言っておく。
「で、何人ぐらいで祝賀会なの?」
「2人です」
「2人…」
蘭はニヤニヤする。
「別に深い意味はないですよ。お祝いですよ」
「はいはい。でも何だか最近小春庵では素敵な話がよく聞こえてくるわね。嬉しいわ」
「なんか勘違いされてるみたいですけど、私のは違いますからね」
「どこのお店でするの?」
「『White River』です」
「あー、あのおしゃれでムードのあるお店ね」
「まぁ、ムードは知りませんけど美味しいお店ですよね」
春子は厨房でニヤニヤしながら2人の会話を聞いていたが、
「蘭ちゃん」
と声をかけた。
「はい、何でしょう」
「来週の材料の仕入れ考えてるんだけどね、白鷺園の紅葉の色づき具合はどうかしら。あれによって売上かなり変わるのよね。蘭ちゃんの家、あっち方面よね?」
「あ、それなら真凛ちゃんの方がわかるかもしれません。真凛ちゃん、白鷺園に最近行ったとか、行く予定とか、ある?」
「はい、先週煎くんと行ってきました」
蘭は
「ほらね」
と春子を見てニヤニヤする。
「で、紅葉どうだった?」
と春子もニヤニヤしながら聞くと、真凛は、
「結構進んで、五分ぐらいでした。もうすぐ見頃ど真ん中になるんじゃないですか?」
「ありがとう。じゃ、仕入れ増やすわね」
夕方、閉店して後片付けも済ませた頃、太田園の車で煎が真凛を迎えに来た。
真凛が出て行き、春子も駐車場まで行く。
「煎さん、こんばんは。今日は真凛ちゃんをよろしくね」
「はい!」
「ワインとか飲むの?」
「飲まないです。私アルコール苦手で1口も飲めませんし、煎くんは運転ですし」
「確かに、そりゃ車だものね」
「でも車じゃなかったとしても、煎くんもお酒好きじゃないですし」
「あら、煎さん、そうなの?」
「はい。僕は付き合いの時は一応飲みますけど、本音はお茶の方が好きですね」
「さすが老舗のお茶屋さんね。煎さんらしいわ」
「兄2人もそんな感じですよ。弟はまだ18で飲んだことないですけどね」
「葉くん1人だけ酒豪になったりして」
真凛が言い、みんな笑った。
「でも春子さん、煎くんは付き合いで仕方なく飲むとなったら、むしろお酒好きな人より強いんですよ」
「そうなの!?まあ大柄だし予想はつくけど。っていうかあなた達、一緒に飲んだことあるの?」
「一緒に飲みに行ったわけじゃないんですけど、夏に花火大会に行った時、たまたま白沢酒造の社長さんと、煎くんのところの大旦那さんに会ったんです」
「あら、それは偶然ね」
「それで白沢酒造さんが、バルコニーでの花火見物に招待してくださって、真凛ちゃんと僕も飛び入り参加したんです。親父はもともと行く予定だったんですけど」
煎と真凛は交互に説明する。
「そうなのね。あそこなら特等席ね」
「それで煎くんもお付き合いで飲んだんですけど、大旦那さんも白沢酒造の社長さんも社員さんもみんな真っ赤で、すごいハイになってる人もいたのに、煎くんだけ素の顔で落ち着いてたんですよ」
「へえー!すごい!」
「いやいや、あの時はさすがに酒造会社さんのお誘いなんでお酒を断るわけにはいかなくて、ご相伴にあずかりました。でも次々に注がれてしまいまして」
煎は、思い出したように両手を頭に当てる。
「正直お茶の方が良かった?」
「はい。でも思いがけず大御所と飲む機会を得て、貴重な経験ができたので感謝してます」
「偉いわねぇ、その受け取り方が素晴らしいわ。あちらさんも喜んでらしたでしょうねぇ」
「いえいえそんな」
煎は照れる。
「で、真凛ちゃんは飲まされなかったの?」
「私にはなぜか最初からオレンジジュースが出されました。何も言ってないのに。おチビやから未成年と思われたんですかね。でもお酒苦手やからちょうど良かったですけど」
3人は笑った。
真凛はスマホをスクロールし、
「あ、ありました、その時の写真」
と春子に見せる。
太田園の大旦那と白沢酒造の社長が、顔を真っ赤にして上機嫌で笑っている。
手前にいる煎は確かにいつもと全く変わりない穏やかな笑顔だ。
その隣で楽しそうに笑っている真凛は、紺色の浴衣を着て、髪は一部を三つ編みにしてまとめている。
「まーあ、いい写真ねぇ。でも確かに真凛ちゃん、これは17歳ぐらいに見えるわねぇ」
みんなまたひとしきり笑い、春子は、
「あら、喋ってたらレストランの予約に遅れちゃうわね、ごめんなさい。じゃ、気をつけて行ってきてね」
「はーい、ありがとうございます」
「遅くなりすぎないようにね」
「はーい」
「シートベルトするのよ」
「はーい」
「楽しんできてね」
「はーい」
「行ってらっしゃい」
「行ってきまーす」
この物語はフィクションです。作中に登場する人名や地名、校名、お茶やフルーツの銘柄などはすべて架空のものです。一部実在の名称と同じものも混在しますが、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。




