風変わりなお客様
次の日曜日は、9月最終の日曜日だった。
シルバーウィークに比べるとずいぶん静かな休日ではあるが、平日よりは忙しい。
今日は真凛がオープンからクローズまでフルに入り、麗花が中番だった。
15時、麗花の退勤時間になり、
「お先に失礼しまーす」
と退勤ボタンを押した。
「麗花さんなんか嬉しそうですね」
「今日は旦那が迎えに来て、トレーニングウェア買いに連れてってくれるの」
「トレーニングウェア?」
「駅前のジムに体験入会するだけなんだけどね」
「麗花さんがジム!鍛えるんですか?」
「鍛えないけど、ちょっとぐらい筋肉あったかもいいかもしれないし。棒切れだから」
「やーん!麗花さんがムキムキになってしもたらどうしよう!棒切れ仲間いなくなるぅ!」
「大丈夫よ、体験だけよ。あ、旦那が来たわ」
佐藤が車から降りて歩いてくる。
店に入り、
「麗花ごめん、買い物行けなくなっちゃったよ」
「え!?」
「猫の緊急保護の要請が来たんだ。今から一緒に現場へ行こう」
麗花が真凛の方を振り向くと、
「ムキムキは延期ですね」
と真凛はちょっとおもしろそうだ。
「仕方ないわね、お買い物は来週ね。じゃ、真凛ちゃん、お先です!」
「お疲れさまでしたー!」
10月に入った。
2週目に3連休があり、シルバーウィークほどではないが秋の観光シーズンでもあるので、小春庵は多くの来店者で賑わった。
連休3日目の月曜日の13時過ぎ、お客様が少し少なくなり始めた頃に、
「こんにちは、お久しぶり」
と声がして、見ると常連客の大山親子だった。
大山親子が来店したのは藍子の退職日以来なので、半年ぶりである。
「上園さん、久しぶり」
息子の伸一が声をかける。
華は、
「いらっしゃいませ、お久しぶりです」
と恥ずかしそうに言ったあと、
「蘭さん、こちらはよく来てくださるお客様の大山様です」
と紹介する。
蘭は、
「そうなんですね。いつもありがとうございます」
と丁寧にお辞儀をする。
大山は、
「最近は全然来れなくなっちゃってね、もう常連とは言えなくなってきたんだけど。しかも差し入れもなく手ぶらでごめんね」
蘭は、
「いえいえそんな、差し入れなんてとんでもないです!」
と手を横に振った。
伸一は、
「父は前まではかなり常連だったんですけど、ここって美人の店員さんが多いでしょ?だから母がヤキモチ妬いて、あまり来れなくなったんです」
「オイっ!」
父が頭をはたこうとしたが、伸一はサッとよけて、平気な顔で会話を続ける。
「僕はこちらの上園さんと同じ大学で、大山伸一と言います。背がすごく低いので中学生ぐらいに見えますが、大学生です。名前は大きい山に、伸びるという字なんですけど、小さい大山、伸びない伸一ってことで、以後お見知りおきください」
蘭はくすくす笑い、伸一は満足そうだ。
大山氏は半分あきれた様子で、
「新しいメニューの春風ワッフルランチはまだ2つありますか?限定ですよね?」
手元のメモを見ると、今日の分15食中14食が売れている。
「少々お待ちください。確認してまいります」
蘭が厨房の春子を振り返ると、大きく丸印をしているので、
「お待たせいたしました。春風ワッフルランチ2点ご用意が可能でございます」
とにこやかに言った。
「ありがとう。じゃあそれ2つと、ホットコーヒー2つお願いします」
蘭がお会計を担当する。
「奥に新しいお席もできたのですが、そちらかカウンター席か、どちらになさいますか?」
蘭が聞くと、伸一は
「へぇ、新しい席、どんなのか見てみたいなぁ」
と言い、蘭は
「華ちゃん、ご案内してあげて」
と言う。
華は
「え!?私が!?」
と驚きつつも、
「こちらです」
と、伸一を案内する。
と言ってもすぐ近くでドアも開けっ放しなので、すぐに行ってすぐに帰ってきたのだが、蘭はちょっとニヤニヤしながらコーヒーを入れていた。
「お待たせいたしました」
蘭が春風ワッフルランチのトレーを運んでくる。
「奥の席も雰囲気いいですけど、今日はカウンター席で庭を見ながらいただきます」
と言って、伸一が受け取り、カウンター席に向かった。
「華ちゃんのお友達だったのね」
「別にお友達ではないです。1度落とし物を拾ってもらっただけで、連絡先も知らないんです」
「あら、そうなのね」
「向こうは大学で私を見たって言うんですけど、私は未だに見たことなくて」
「そうなの?いつ頃?」
「もう1年ぐらい前でしょうかね」
「そんなに前?本当は同じ大学じゃなかったりして。単に華ちゃんのファンだったりして」
蘭はくすくす笑いながら洗い物をする。
「ありえないですよ、蘭さん!」
華は言いつつも、大学内で偶然会うことが1年間1度もないなんて確かに変だなと少し思う。
華は何でもいいから話題を変えたくて、
「あ、そう言えば、麗花さんってもうジム通い始めたんでしょうかね?」
と聞くと、蘭は、
「麗花さんがジム?イメージじゃないんだけど」
と意外そうに手を止める。
厨房から春子が、
「おとといやっとトレーニングウェア買ったって言ってたわよ。たぶん今週末に体験入会するんじゃないかしら」
と言う。
「華ちゃんに続き麗花さんも始めるんですね」
「良かったら蘭さんもどうですか?」
「私はとりあえず今はいいわ」
蘭は笑って首を振った。
春子は、
「もしジムで華ちゃんや蘭ちゃんや麗花さんが会って一緒にトレーニングしたりしたら楽しいだろうね」
と言い、蘭も華も笑ったが、華は、麗花や蘭のトレーニングウェア姿と、自分のムチムチの姿を思い浮かべて、さすがにトレーニング真っ最中には出くわさないことを祈った。
この物語はフィクションです。作中に登場する人名や地名、校名、お茶やフルーツの銘柄などはすべて架空のものです。一部実在の名称と同じものも混在しますが、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。




