シルバーウィーク
翌日からシルバーウィークの5連休が始まった。
前日から小春庵には既に多くのお客様が来られていたので、リハーサルにはなっていたのだが、連休が始まるとさらにお客様の列は長くなった。
スタッフは普段のシフトとは全く別で、常に販売要員が2〜3人はいる状態だ。
1人は接客はせず、中でずっとワッフルを包んだりコーヒーを作る係をしたり、列が長くなると時々紙コップに冷たい麦茶を入れてトレーに乗せ、待っている人に配ったりもした。
「お待たせして申し訳ございません。冷たい麦茶はいかがですか?」
「ありがとう」
「あとしばらくお待ちください」
ずっとオーダーを聞く係をしているとだんだん声が枯れてくるので、オーダー係と中の係は時々交代し、順番に回った。
春子は休憩もなく、ひたすら厨房でワッフルを焼き続ける。
新メニューの春風ワッフルランチは、限定20食が連日だいたい13時過ぎに売り切れた。
連休初日には過去最高売上を記録し、3日目にはさらに記録を更新した。
閉店後に春子が売上を計算し終えると、片付けをしているスタッフは集まってきて、数字を聞くとワー!と手を叩くというのが毎日の恒例行事となった。
最終日。
今日も朝から1度も途切れることなくお客様の列が続いたが、15時を過ぎると急激に減り始め、15時半にはいったん完全に途切れた。
「蘭ちゃん、今のうちにもう上がってね。毎日ずっとお疲れさまでした。これ、持って帰ってね」
春子がみずからワッフルを包んで紙袋に入れ、蘭に手渡す。
「ありがとうございます!では、お先に失礼します」
「お疲れさまでしたー」
「麗花さん、華ちゃん、あとよろしくお願いします」
蘭が帰ったと思うとまたドアが開き、お客様が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
麗花と華が声を揃えて言うと、
「お久しぶり」
笑顔でカウンターに来たのは、3月までアルバイトをしていたヒカルだった。
「ヒカルさん!」
「ハナ、元気そうね」
「はい!ありがとうございます。おかげさまでジムにはあれからずっと週に1回通ってます」
「ハナならそれぐらいのペースが良さそうね」
「ヒカルさん、こちら麗花さんです。お客様の佐藤さんの奥様です。5月からパートで入られたんです」
「こんにちは、ヒカルです。噂には聞いてたんですけど、藍子さんにそっくりですね」
「ありがとうございます。ヒカルさんはジムで働いてらっしゃるんですか?」
「ジムというか、富川県のブレイズアスレチックアリーナっていう結構大規模の陸上競技施設なんですけど、そこで下っ端の見習いやってます」
「下っ端なんて。いかにも活躍されてそうな感じだわ」
「系列の一般向けのジムが白沢駅前にあるので、ハナをそこに紹介したんですよ。麗花さんはスポーツにご興味は?」
「そうねえ。ぜい肉はない代わりに筋肉も全くない、棒切れみたいな体型だから、ちょっと運動するのもいいのかしら」
「もし良かったら紹介チケットお渡ししますよ。オンラインでも送れますけど、紙でも持ってます」
ヒカルは無料体験チケットをバッグから出して麗花に渡す。
「ありがとうございます。主人に相談してみますね」
「はい、ぜひ」
ヒカルは持ち帰り用のワッフルを購入し、華がレジを打って、奥で包む。
「奥の部屋が客席になったんですよ。待ってる間、ご覧になりますか?」
麗花が案内する。
「わあ、スタッフルームだったのにこんな部屋に!?すごいですね」
「2階に和室のスタッフルームができたんですよ」
「それはくつろげそうでいいですね」
2人が戻ると、華が包み終えて紙袋に入れていた。
厨房から春子が出てくる。
「ヒカルちゃんお久しぶり。これ、太田園さんの麦茶とようかん、一緒に紙袋に入れるわね。持って帰って召し上がってちょうだい」
「ありがとうございます!また来ますね」
ヒカルが出て行きかけたところに、常連客の前川氏が現れた。
「こんにちは」
「あら前川様、いらっしゃいませ。お久しぶりです」
ヒカルが今はお客様の状態なのに声をかける。
「おや、卒業したヒカルさんだよね。これはこれは。お元気ですか?」
「はい、下積み修行中ですが、がんばってます」
「まさか客どうしの状態でここで会うとはね」
前川は笑い、春子に
「リニューアルオープンおめでとうございます。そのうちランチをいただきに来ようと思いますが、今日は持ち帰りだけで」
「ありがとうございます。ランチもいつかぜひ召し上がってくださいね」
春子がみずからレジを打ち、華と麗花が包む。
「これ、浜松のお土産のパイです。皆さんで召し上がってくださいね。連休疲れたでしょう。今日終わったらゆっくり休んでください」
「いつもありがとうございます」
前川が帰り、春子は
「ヒカルちゃん、早速これ開けるからパイ1つ持って帰って」
と渡す。
「わー、前川さんのパイ久しぶりだな。嬉しい!」
ヒカルは受け取ったパイを紙袋に入れ、
「じゃあ、また来ますね」
とみんなに手を振って帰っていった。
閉店時間になると、春子が麗花と華の分のワッフルもみずから包み、パイなどと共に紙袋に入れた。
「本当に連日ありがとう。これ持って帰ってね」
「ありがとうございます」
2人は後片付けをし、春子はレジの精算をする。
「わー!」
3人で恒例の拍手をした。
「連休中の合計、こんなになったわ。過去のお正月やゴールデンウィークやお盆も、こんなになったことないわ。本当に良かったわ」
「座席が広がったことも、新メニューができたことも、初響ちゃんのSNSがあったのも、いろいろありますよね」
「でもいちばんは春子さんのワッフルの美味しさがここ数年の間にどんどん広まったからですよ」
「嬉しいことを言ってくれるわね。ありがとう」
「本当のことですよ」
「ね」
「2人ともありがとう。じゃ、明日からは新シフトになるから、よろしくね」
「はい!お先に失礼しまーす」
麗花は帰宅して、夫の佐藤氏におみやげのワッフルやパイ、ヒカルからもらったチケットを見せる。
「3月までバイトしてたヒカルちゃんって子が来たの」
「ああ、ヒカルちゃん、知ってるよ。筋肉のかたまりみたいな子だろ?」
「うん。私もジムの無料体験チケットもらっちゃったんだ。行ってみようかな」
「麗花がジム!?」
「あんまり自信はないけど、体験だけやってみようかなって」
「まあ、無理しないように、適度にね」
「わーい」
この物語はフィクションです。作中に登場する人名や地名、校名、お茶やフルーツの銘柄などはすべて架空のものです。一部実在の名称と同じものも混在しますが、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。




