ランチ会
リニューアルオープン前日。
朝から大勢で準備をして、全て片付いた時にはお昼時だった。
「さあて、じゃあお次はみんなでランチタイムよ」
春子が言い、みんなゾロゾロと新しい客席に向かう。
春子、煎、佐藤夫妻、蘭、真凛、華の7人でのランチ会だ。
新しい客席は、椅子が6脚なので1つ足りない。
真凛が厨房から小さい丸椅子を1つ持ってきた。
「この中でいちばんおチビが丸椅子担当しましょか。えっと、麗花さんと私が同じ身長やから、ジャンケンですね」
麗花は
「え!負けたほうが丸椅子?」
「はい!最初はグー、ジャンケンポン!あっ、負けた」
麗花は
「わーい!」
と言って夫の横の椅子に座った。
真凛は
「じゃあ私、ここで」
と入口に近い方のお誕生日席に丸椅子を置く。
「あれ?でも大阪ジャンケンは負けた方が勝ちってテレビで言ってたよ。それなら麗花が負けじゃないの?」
と佐藤が言ったが、真凛は
「私神戸人で、大阪人じゃないんで、普通のジャンケンなんですよ。しょぼーん」
と言って、丸椅子に座った。
厨房から蘭や華がランチのトレーを次々に運んでくる。
春子が飲み物のリクエストをみんなに聞き、麗花と真凛がコーヒーマシンの前にカップを並べて準備する。
手分けして運び、全員が席について、ランチ会のスタートだ。
まず春子が挨拶する。
「煎さん、佐藤さん、そしてスタッフの皆さん、今日はありがとうございます。おかげさまで明日のリニューアルオープンに向けての準備が整いました。今日は明日から始まる新メニューを皆さんに召し上がっていただこうと思って準備しました」
みんなワクワクして目の前のトレーを見る。
「ワッフル、スクランブルエッグ、カリカリベーコン、カシューナッツ入りのサラダ、ヨーグルトにはグラノーラとドライクランベリーをトッピングしてます。あとコーンスープと、飲み物はコーヒーかカフェオレ。ここまでがランチの内容ですが、ベーコンの横にあるプレミアムソーセージは、今朝栄牧場さんからいただいたので、今日だけ特別に添えてます」
「めっちゃ豪華ですね!」
「これは亡き主人と私が好きなものばかりを集めたもので、よく2人で土日のブランチに食べていたんです。3月にスタッフのランチ会で作って、華ちゃんから商品化することを提案されて、そこからトントン拍子に話が進み、ここまできました。羊毛フェルトの飾りと言い、ランチと言い、本当に感謝してるわ。華ちゃんありがとう」
みんなパチパチと拍手した。
「このランチの名前ですが、主人と私の思い出のものなので、2人の名前『風人』と『春子』から取って『春風ワッフルランチ』に決めました」
「素敵…」
「ぴったりの名前ですね」
「さ、じゃあみんな召し上がって」
みんなは手を合わせて
「いただきます」
と言い、食べ始めた。
「うわぁ、おいしい!」
「スクランブルエッグもふわふわ」
「ベーコンは本当にカリカリですね。プレミアムソーセージも美味しいです!」
そこで煎が
「あ!そうだ!」
と、後ろの紙袋を取り、
「太田園からもこれ、お祝いです。抹茶ようかんとほうじ茶ようかんの2個セットが10セット入っているので、皆さんでどうぞ」
と春子に渡す。
「まあ、ありがとう。あとで皆さんに持って帰っていただくわね」
「今日は僕はお手伝いだけして帰ろうかと思ってたんですけど、ランチ会にまで一緒に入れていただけて、感激してます。社会人になったばかりで、まだまだ未熟ですが、本当にいつも温かく接してくださって嬉しいです。これからもどうぞよろしくお願いします」
煎は深々とお辞儀をする。
「こちらこそ煎さんにはすごく感謝してるのよ。先代の大旦那さんにも今の若旦那さんにもずっとお世話になってるけど、煎さんが来てから太田園さんと小春庵の距離がグッと縮まった感じで、私も嬉しいわ。これからもよろしくね」
みんな拍手をした。
次に佐藤が、
「僕も今日はスタッフじゃないのにランチ会に入れていただいて、ありがとうございます。前まではただの常連客、小春庵ファンだったのが、麗花がスタッフになってからはスタッフの家族として、こんな集まりにも参加するようになって。去年は想像もしていませんでした。これからも引き続き客として僕もお世話になりますが、麗花をどうぞよろしくお願いします」
佐藤がお辞儀をし、麗花も一緒に
「よろしくお願いします」
と頭を下げた。
またみんな拍手をする。
春子が、
「さあ、ここから私がいろいろ発表していきます。既に知ってる人とまだの人が混在すると思うけど、一応全部説明するので、食べながら聞いてくださいね」
春子はメニューを見せ、
「これが初響ちゃんが一昨日作ってくれた新メニューです。今皆さんが召し上がってる春風ワッフルランチも載ってます。あと、もともとあるメニューで『小春オリジナル』と『小春スペシャル』が混同されてしまうことが時々あったので、この機会に『小春スペシャルを『春風スペシャル』に変更します」
「なるほど、『小春オリジナル』と『春風スペシャル』なら間違えにくいですね」
華は自分の過去のミスのエピソードが出ないかとビクビクして下を向いていたが、春子は華の名前はひと言も出さずに、
「次に…」
と言い始めたので、ホッとした。
「ランチについてです。11時半から13時半までの2時間に限りオーダーを受けます。最初のうちは1日に限定10食ですが、状況を見て数は変えていくかもしれません」
「じゃあ最初の1時間で10食売れちゃったらもうその日はなしですか?」
「原則的にはね。でも材料の余りを見て、多少の変動はOKです。数人で来て1人だけなしというのもかわいそうだから、材料が足りれば出すし。無理なら事情を説明して他のものに変えてもらうけどね」
「臨機応変ですね」
「そして、新しくできたここの座席ですが、5人か6人の場合のみ貸し切り予約を受け付けます。ただし1時間以内で、メニューは春風スペシャルまたは春風ワッフルランチのみ。貸し切り以外の時は、相席もしてもらうことになります」
「なるほど」
「で、ランチの時間は忙しくなるし、シフトの組み方を変えます」
ここで春子はシフト表を広げて見せた。
「今までは遅番は13時半からだったけど、今度からは12時からで、長くなります。で、個々に聞いたんだけど、遅番でも12時からは無理な人もいるので、その場合は12時から13時半という『中番』の枠も新たに作ってます」
表によると、金曜日の初響が12時出勤できないパターンで、中番に真凛の名前が入っている。
「シルバーウィーク中は特別シフトでみんなたくさん入ってもらうけど、その後は増える人もいれば減る人もいたりして、こんなシフト表になりますので、よろしくね。あとシルバーウィーク中だけランチは20食、そして23日は水曜日だけど営業します。えーと、それぐらいかな?また何か思い出したら言いますね」
春子はやっと座って、食べ始める。
「あの、いいですか?」
華が手を挙げる。
「はい、華ちゃん、何?」
「先ほど春子さんが、シフトが減る人がいるっておっしゃってましたが、その減る人っていうのが私です」
「えっ、そうなの?」
みんなはちょっとざわざわする。
「はい。去年アルバイトを始めてからずっと週に3〜4回入って、すごく楽しく過ごしてきたんですけど、少し自分の習い事の時間を取ろうかと思って、今回の組み直しを機会に2回に減らしていただきました」
「それはいいわね。何を習うの?」
「1つはもう始めてるんですけど、習い事と言うよりはスポーツジムですね。私太ってるし運動不足だし、ちょっと絞ろうと思って。さっき、ここの階段をサッと上り下りできるようになるっていう新しい目標もできたので、がんばります」
「それはいい感じの目標ね」
「もう1つは、前から気になってた『黒板アート』を習いに行きます」
「黒板アート!?」
「黒板にチョークで絵を描くんです。前から興味はあったんですけど、小春庵のSNSができて以来よくSNSを見るようになって、たまたま白沢市内に黒板アート教室があるのを見つけて、申し込みました」
「確かにSNSで黒板アートの投稿流れてくるの見たことあるわ」
「7月に煎さんと真凛さんと野球の観戦に行った時にすごく楽しくて、大学とバイト以外で自分の楽しみを見つけるのもいいなって思って。なので申し訳ないですけどシフトは減らして、自分の時間を増やさせていただきます」
「がんばって」
「楽しんでね」
みんな拍手をする。
「はい、私、いいですか?」
真凛が手を挙げる。
「はい真凛ちゃん、どうぞ」
「華ちゃんはシフトが減る人ですけど、私は逆に増える人になります。ちょっと前に華ちゃんから習い事のことを相談されたんですけど、私は久しぶりに社会復帰したあとも体調は良いし、むしろ増やしたいなと思っててちょうどいいから、2人で春子さんに話しに行って決まりました。週4回で、土日もガンガンに入るので、よろしくお願いします」
みんながまた拍手する。
「ほんとだ、土日は両方真凛ちゃんと麗花さん組なのね」
「真凛ちゃん土日コンビよろしくね」
麗花は真凛に手を振る。
「えっと、あと喋ってないの私だけですね」
蘭が言う。
「私は全く変化はないんですけど、皆さんと働けて仲良くできて本当に嬉しく思ってます。これからもよろしくお願いします」
みんなが拍手する。
春子が
「それではデザートタイムです。蘭ちゃん、華ちゃん、手伝ってくれる?」
「承知しました!」
「あ、そうそう、これ、先週発売されたカフェ雑誌の『ChaCha』の9月号なの。小春庵は載ってないけど、藍子さんのウッドバーニングの記事が載ってるのよ。良かったら待ってる間見てね」
春子は雑誌をテーブルに置き、蘭と華と一緒に厨房に向かった。
麗花が、
「私たち2人はもう発売日に買って読んだの。だから煎さんと真凛ちゃん見てね」
と雑誌を2人の方に向けた。
煎と真凛は並んで、
「どれどれ」
とページをめくる。
「わ、あった!すごーい!」
6月に藍子が東京の古民家カフェに取材に行った時の写真が載っている。窓の遠くにスカイツリーが見えるテーブルで、カフェのオーナー夫妻と打ち合わせをしている藍子は柔らかい笑顔だ。
煎は、
「うちの兄がよく藍子さんのことを美人だ美人だと言ってましたけど、僕はお会いしたことなくて。本当に美人ですね」
「ほんで麗花さんに似てるよなー」
「わぁ、嬉しい」
麗花は嬉しそうだが、佐藤は
「図々しいよ麗花」
と頭をポンと1つ叩いた。
隣のページには、藍子が保護メガネをかけて作業をしている姿や、実際に出来上がった看板が載っている。
「藍子さんってイメージ的にはツルンと綺麗な白木の板に細い字で書きそうなのに、実際はこういう荒々しい木に大胆に書く作風らしいんだよね」
「意外だけどかっこいいよね」
4人が雑誌を見ているうちに、厨房から3人が戻ってきた。アイスクリームとコーヒー、カフェオレをみんなに配る。
春子が、
「この紙袋は皆さんお1つずつお持ち帰りください。中身は、太田園さんのようかんと麦茶、源田商店さんからの幸せを呼ぶポルボロン、栄牧場さんのラングドシャとバター飴も入ってます」
「わー、豪華すぎるお土産ですね!」
「じゃ、デザート食べたら、皆さんお好きなタイミングで解散ね。今日はありがとうございました」
みんな盛大に拍手をした。
「紙袋1つ余りますよ」
「それは初響ちゃんのよ。今日は学校の授業で来れなかったけど、おととい出勤してくれて、かなりがんばってくれたの。あ、またSNS更新されてるからみんな見てね」
デザートを食べ終わり、みんなで後片付けを済ませると、麗花は夫の車で、真凛は煎の車に乗せてもらって帰って行った。
蘭と華が2人で歩いて駅に向かい、春子は最後に1人小春庵に残る。
新しいメニューをしばらく眺め、「春風」の文字を指でなぞる。
「さあ、連休は春風どころか嵐ね。今日は私も早く帰ろう」
この物語はフィクションです。作中に登場する人名や地名、校名、お茶やフルーツの銘柄などはすべて架空のものです。一部実在の名称と同じものも混在しますが、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。




