親友との休日
9月16日水曜日。
今日もまだ小春庵の新しい1階の部屋は乾燥中で、入ることができない。
春子は少しお彼岸には早いが、夫の墓参りに行くことにする。
朝から駅前で花を買い、バスに30分ほど乗り、白沢市内の端っこ、少し山の方にある霊園に到着する。
まだ早いことや平日の朝であることもあってか、大きな霊園にはほとんど人がいなかった。
春子はバケツとひしゃく、ぞうきんなどを取り、水を入れて、夫が眠る墓へ向かう。
夫は今から5年前に癌で闘病の末に亡くなった。
その1年後、夫も好きだったワッフルの店を春子が1人で始め、4年になる。
お盆に来たばかりなので、墓は比較的綺麗だったが、少し生えてきていた雑草を抜き、墓石に水をかけて丁寧に拭き、花を供える。
お線香を立てて手を合わせる。
あなたがいなくなってからも、私はいい人達に囲まれて幸せに暮らしていますよ。安心してね。
あなたと一緒によく食べたあのワッフルブランチ、ランチメニューとしてスタートするのよ。
リニューアルうまくいくように見守ってね。
春子は長い間手を合わせてから立ち上がり、墓をあとにした。
その後霊園前からまたバスに乗ったが、行き先は駅に戻るバスではなく、違う方面だ。
10分ほどバスに揺られていると、
「次は『栄牧場前』でございます」
とアナウンスされ、降車ボタンを押す。
春子はバスを降り、久しぶりに栄牧場に入っていく。
「こんにちは」
「おやまあ、春子ちゃんじゃないの」
そこにいたのはサカちゃんのご両親だった。
もう85を過ぎているというのに、お2人とも元気だ。
「サカちゃんは今日は?」
「あっちの土産屋の方にいるよ」
「ありがとうございます」
春子はショップの方に行った。
「サーカちゃん!」
学生時代の頃のように呼びかけると、サカちゃんは、
「わ!!」
とびっくりして飛び上がった。
「春ちゃん!びっくりしたー。どうしたの?」
「店の壁と床が乾かし中で、まだ作業できないのよ。で、お墓参りの帰りに寄ってみたの」
「そうなのね。ゆっくりしてってよ。えーと、今、11時半か。早いけど何か食べる?」
「そうね。軽く食べようかしら」
サカちゃんは別の従業員のところへ行って何か話し、すぐに戻ってきた。
「私も1時間休憩するから、一緒に食べよう」
サカちゃんと春子は「自家製チーズピザ」と「搾りたて牛乳カフェオレ」をお盆に乗せてもらい、カフェコーナーに持っていって座った。
「小春庵、新メンバーになってもうすぐ半年ね。どう?」
「いい子ばかりで本当に人には恵まれてるわ。サカちゃんがいちばんよく会うのは蘭ちゃんよね?」
「そうね。蘭さんがいちばん多いわね。あの子は初めて会った時からもう1年以上働いてるみたいに安定してたわよね」
「そうなのよ。安心感がすごいのよ」
「それと、よく喋る関西弁の真凛さんね。あの子は細くて青白くて最初心配だったけど、喋ったらもう元気すぎる感じで、話も面白いわね」
「そうなの。ギャップがすごいのよね。病気療養明けっていうから体のことは心配はあるんだけど、元気に楽しく過ごしてくれていて良かったわ」
「あとは藍子さんを小さくしたような麗花さんね。あの人も天真爛漫で子供みたいでみんなから可愛がられるタイプよね。でも接客はそんなにキャピキャピした感じじゃなくて穏やかで好感持てるわよね」
「そうなのよ。ちょっとクレイマーぽいお客様が来ても、心をほぐすのがうまいの」
「あとは華さんか。あの子は相変わらず雑なような繊細なような、って感じで面白いわね。でも強くなってきたわよね。小春庵大好きって感じでほほえましいわ」
「本当にね。あと1人、初響ちゃんっているんだけど、会ったことない?」
「初響ちゃん?」
「メガネかけたおとなしい子なんだけど」
「あ、あるある!1度だけ春ちゃんと中で喋ってるの見たことあるわ」
「あの子はめちゃくちゃおとなしいんだけど、動画編集とか得意で、うちのSNS担当してくれてるのよ」
春子はスマホを開いてサカちゃんに小春庵のSNSを見せる。
「あらほんと、おしゃれね。若い人たちの目を惹きそうね」
サカちゃんは自分のスマホを開き、小春庵を検索して、フォローボタンを押した。
「ん?これ、春ちゃんじゃない?」
サカちゃんは春子の後ろ姿が写ったスタッフ募集の投稿を見つけた。
「そうなの。実はこれも私なのよ」
春子は新メニューをペラリとめくる白い手を指す。
「え!?」
サカちゃんは画面の手と春子の実物の手を3往復ぐらい見比べる。
「これね、私がモデルになって、初響ちゃんが美肌モード100にして撮ってくれたのよ」
「美肌モード…」
「で、これは私がカメラマンになって、初響ちゃんがコーヒーを入れる手元を撮ったのよ」
「春ちゃん、いろいろ楽しんでるようで、嬉しいわ。でも私がついていけない世界もあるようね」
「大丈夫よ。SNSをサッとフォローできるなら私より数段上よ」
2人はピザを食べ終えて、牧場を1周散歩する。
「春ちゃん、最後にソフトクリーム食べて帰るでしょ」
「入るかしら」
「入るわよ!牧場に来てソフトクリーム食べずに帰るなんてもったいないわよ」
2人はまたショップに戻り、「搾りたて牛乳ソフト」を2つ買い、店の外に出て立ったまま食べた。
「風が気持ちいいわね」
「うちから30分ぐらいなのにこんなに大自然なのね。こういう素敵なところから素敵なサカちゃんが出来上がるのね」
「何言ってんの」
サカちゃんは笑ってゴホゴホとむせた。
「じゃ、帰るわね。お仕事中だったのにごめんね、ありがとう」
「いえいえ、来てくれてありがとう。じゃ、明日の朝また納品で行くわね」
春子はバス停に向かいかけたが、
「あ、そうだ!おやつ買っていくわ!」
ショップに戻り、ラングドシャ、バター飴などを買い込んで、今度こそ
「じゃあね!」
と手を振ってバス停に向かった。
この物語はフィクションです。作中に登場する人名や地名、校名、お茶やフルーツの銘柄などはすべて架空のものです。一部実在の名称と同じものも混在しますが、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。




