休業前日
9月13日日曜日。小春庵リニューアル工事が始まる前日だ。
この日の営業終了後、4日間の臨時休業をはさみ、9月18日金曜日にリニューアルオープンとなる予定だ。
13日の遅番は麗花だ。17時に閉店すると、春子と2人で大がかりな片付けが始まる。
スタッフルームのロッカーの中身は、あらかじめ各自が紙袋に移し、6つの袋にはそれぞれ名前が記入されている。
17時半に煎がリサイクルショップに持って行く家具を受け取りに来るので、それまでに麗花は空になったロッカーの中やテーブル、椅子をアルコールとペーパータオルで丁寧に拭いた。
春子は明日から4日間臨時休業なので、冷蔵庫の中身を小分けの容器に入れたり、卵や牛乳の中途半端な余りはもうワッフルにしてしまおうと、厨房でせっせと焼いたりしていた。
17時半ぴったりに煎が来る。
「こんにちはー」
「煎さん、今日はありがとうございます」
麗花が出てきてスタッフルームに案内する
「あ、これですね」
「はい、テーブルに椅子4脚に、ロッカー6台です。間に敷けるような毛布や布がこれなんですけど」
「なるほど。ロッカーはかなり小さめなんですね。椅子も交互に重ねられますね。これなら1回で行けそうです」
「そうですか、良かった!」
春子が厨房から出てくる。
「煎さんごめんなさいね、お仕事の方は大丈夫だったの?」
「はい、通常の業務は17時までしっかりやってきましたので、全く影響ないです」
「手際良くて素晴らしい!」
「いえいえ、全然。では運び始めましょう。うちの車にも既に毛布が敷いてあるんですよ。まずはテーブルからいきますね」
「こっち持ちましょうか」
「いえ、1人でかつぎますので大丈夫です」
煎は大きな体で軽々とテーブルを運んでいく。
すぐに戻ってきて、次はロッカーだ。
「2つでも持てそうだけど、念のため1つずついきますね」
煎は1つ運んではすぐに戻り、また運ぶ。
春子と麗花も1つ持ってみようかと思ったが、重くて無理だった。
「最後に椅子いきます」
煎が椅子を2脚持ち、春子と麗花が1脚ずつ持ってあとに続く。
煎は椅子を車に乗せて振り返り、
「わ!女性にこんな重い物持たせてすみません!僕がもう1回行ったのに!」
と慌て、
「いえいえそんな、もともと私がやるべきことなのに」
春子と麗花は笑った。
煎はグラグラ動かないようにそれぞれをバンドで固定し、
「よし!」
と手を打つ。
「今、18時ですね。車で10分ぐらいのところで、査定時間30分ぐらいとして、19時から19時半ぐらいには戻ってこれると思います」
「オッケー。まだまだここにいると思うわ」
「査定額を提示された時点で電話しましょうか?」
「いえいえもう煎さんに任せるわ」
「わ、責任重大ですね」
「あまりにもびっくりな提示をされて困った場合は電話してちょうだい」
「承知しました!行ってきます」
煎は出発し、春子と麗花は手を振って見送ってから店内に戻る。
麗花はガランとなった元スタッフルームに掃除機をかけ、拭き掃除をする。
春子はワッフルを焼き終え、厨房の片付けをする。
「あら、18時半ね。麗花さんそろそろ上がってね。あとは私がやるわ」
「大丈夫ですか?あとは何があるんですか?」
「もうほとんど終わったから大丈夫よ。ここでちょっと休憩しながら煎さんが戻るのを待つわ」
「わかりました。主人がもうすぐ車で迎えに来るので、来たら帰りますね」
麗花は先に退勤ボタンを押して、荷物をまとめた。
「これ、さっき焼いたワッフル、持って帰ってね」
「わぁ、ありがとうございます!」
「あと、こっちはちょっと余ったフルーツよ」
春子は小春スペシャルの9月のフルーツ、シャインマスカットひと房を袋に入れた。
「えー!これもですか!」
「4日間臨時休業だものね。ご主人と召し上がってちょうだい」
「嬉しいです。シャインマスカット大好きなんです」
麗花は手を叩いて喜んだ。こういう時麗花は、小春庵で雇われているスタッフの中でいちばん年上のはずなのに、むしろいちばん年下のように見える。
車の音がして、
「あ、煎さんかな?主人かな?」
麗花は外を覗き、
「主人でした!」
と言う。
「こんばんは」
佐藤氏が顔を覗かせた。
「佐藤さんこんばんは。お久しぶりです」
「いやぁ、麗花がここに来てからは買ってきてくれるようになったから、僕が来るのが減りましてね。お久しぶりです」
「今日は奥様をこんな時間まで働かせてごめんなさいね」
「いえいえ全然。あ、麗花が言ってましたけど、17日にスタッフ皆さんで作業するそうですね。僕もその日朝からお手伝いに来ようと思ってます」
「え!そんな、ご主人まで?申し訳ないわ」
「いえいえ、男手も必要でしょう。太田園さんが来られるっていうのは聞いたんですけど、物を運ぶのにもう1人ぐらい男がいた方がいいでしょう」
「いいんですか?じゃあお言葉に甘えようかしらね」
「はい、もちろん!では、麗花と2人で朝9時に来ますね」
「よろしくお願いします」
春子はお辞儀をする。
麗花は、
「ねえねえ、コレもらったの」
とワッフルとシャインマスカットを嬉しそうに夫に見せる。
「わぁ、すごいなぁ。明日の朝食にしようか」
「うん!じゃ、春子さん、お先に失礼します。今から2人で駅前のレストラン行くんです」
「あら、いいじゃない。何ていうお店?」
「『White River』っていうお店なんです」
「そうなのね。じゃあお2人で楽しんでいらっしゃい」
「はい!お先に失礼します!」
麗花は春子に手を振ってお辞儀をし、夫の腕を取って弾むように出て行った。
19時前に佐藤の車が出て行くと、入れ違いで太田園と書かれた車が戻ってきた。
「煎さん、早いわね。もう戻ってきたの?」
「はい。査定を待つ人もいなくて、全部とても状態が良くて、スムーズに済みました」
煎は封筒を渡す。
「いただくわね」
春子は中身を見てびっくりする。万札が複数入っていた。
「え!こんなに!?」
「はい。捨てなくて良かったですよね」
「まあ、本当に煎さんには感謝だわ。半分、お渡しするわ」
「いえいえダメですよそんな、全部春子さんのですよ」
「いえいえ車も出していただいて、力仕事もしていただいたんだから」
「いえいえ本当にそんな、受け取ったら親父にも兄にも叱られますよ」
「内緒でお小遣いとしてお受け取りなさいな」
「ダメですダメです、いちばんダメです!僕がやりたくてやっただけなんです!」
「本当に?うーん。あ、じゃあちょっと待ってね」
春子は中に戻り、ワッフルを持って戻ってきた。
「これ、さっき焼いたの。よろしかったら召し上がってね」
「わぁ、美味しそうですね。これはありがたくいただきます。嬉しいな」
「あと、少しなんだけど、シャインマスカットと、バナナも召し上がる?」
「うわ、嬉しいです!両方大好きです!わー、バナナ、野球やってた時よくベンチで食べました。美味しいしエネルギー補給にいいんですよね」
「良かった。明日から休業だから、受け取ってくれて助かるわ」
「いえいえこちらこそありがとうございます。では、次は17日の朝9時にお伺いしますね」
「力仕事ばかりお願いしてごめんなさいね。よろしくお願いします」
春子は丁寧に頭を下げた。
「では失礼します!」
「本当に爽やかな好青年ねぇ」
煎を見送って店に戻る。
ガランとしたスタッフルームを見ると、ちょっぴり寂しいが、数日後には新しい客席になり、シルバーウィークはきっと賑やかな声が響き渡るだろう。
春子は冷蔵庫の最後の中身を紙袋に移して持ち、帰途についた。
この物語はフィクションです。作中に登場する人名や地名、校名、お茶やフルーツの銘柄などはすべて架空のものです。一部実在の名称と同じものも混在しますが、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。




