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新生ワッフル店小春庵の日常  作者: 小春庵


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野球観戦

野球観戦の日が来た。

17時に白鷺(しらさぎ)園スタジアムのエントランス広場で5人は待ち合わせの約束をしている。


華はTシャツ姿だが、まわりはユニフォーム姿の人々でいっぱいだ。


「華ちゃん!」

声がして振り返ると、縦縞のユニフォームを着た真凛と煎が並んで走ってきた。


後ろからは黄色いユニフォームを着た真凛の両親が来る。


「初めまして。上園華です」

華がお辞儀をし、両親も

「初めまして。うちの真凛がいつもお世話になってます」

2人ともニコニコと挨拶してくれた。


「皆さんユニフォームなんですね」

華が言うと、煎が、

「真凛ちゃんの白いのはレパーズのホームユニ、ご両親のはファンクラブので、僕のグレーのはビジターユニなんだよ」

と説明してくれる。


真凛がバッグから黄色いファンクラブユニを出し、

「はい、これ華ちゃんの。うち何枚もあってこれは誰も着てない新品のやつ。遠慮なく着てね」

と渡す。


「え!いいんですか?でも私入るかなぁ?」


「大丈夫、羽織ってみ」


華がリュックを真凛に預けて羽織ると、ゆとりのあるデザインで華でも着ることができ、ホッとする。


いかにも観戦という気分になって、ワクワクしてきた。


「さあ、キッチンカーへ行こう!」


スタジアムの外周にはキッチンカーがずらりと並んでいる。


お弁当屋さん、からあげ屋さんなどを見ながら歩いていくと、お目当ての神戸の豚まん屋さんがあった。


「これこれ!めちゃくちゃ美味しいから絶対食べてほしい!夜ごはんの前に、今おやつで!」


真凛が力説し、真凛の父が5つ買ってきてみんなに渡す。


早速かぶりつくと、小ぶりでモチモチした皮の中にジューシーな肉が詰まっていて、煎も華も

「美味しい!!」

と叫んだ。


真凛も、

「久しぶりやわー。やっぱり美味しい!」

とハイテンションだ。


真凛が食べている姿を、両親も安心したような表情で見ている。


「私、小さい頃から豚まんと言えばこれなんよね。だから初めて大阪の大きい豚まん見た時はびっくりしたわ」


「これは確かにサイズといい味といい最高だね。何個でも食べれそうだね」


「でも今日は他にもいっぱい美味しいものあるからね、次へGo!」


その後も魅力的なキッチンカーが続き、それぞれ好きなものを選ぶ。


煎は味噌カツとおにぎり、真凛はお惣菜クレープ、華は汁なし担々麺を買った。


「球場の中でもデザートとか売ってるから、足りなかったら買い足そうね」


華の前を歩く煎の広い背中と真凛の小さな背中には、背番号がついている。


「お2人とも背番号8なんですね」


真凛が振り向き、

「8番は神坂テル。レパーズの4番打者で、去年はホームラン王に打点王、今年はそれに加えて首位打者も取りそうな、すごいバッターやねん。しかもかっこいいねん!」


入口横のコンビニに煎が入っていき、待っている間も、真凛はテルがいかに素晴らしい選手かを力説していた。


確かに周りの人も、「8Kamisaka」の服が圧倒的に多いように見える。


煎がスポーツドリンクを5本買ってきてみんなに渡し、いよいよ入場する。


目の前にドーンとスタジアムの光景が開け、華は圧倒されて一瞬立ち止まった。

「…すごいですね」


煎と華の座席は中段で、前方の真凛親子とは離れていたので、いったんそこで別れ、それぞれの席に向かった。


内野席は外野席より椅子は大きいが、何と言っても煎も華も非常に大きいので、並んで座るとギュウギュウだった。


「これ、真凛さんと2人だったら煎さんもっとゆったり座れましたよね。私、真凛さんの2倍ぐらい体重あるもの」


煎は笑って、

「いやこっちこそデカいから狭くさせてごめんね。まあギュウギュウだけど楽しもう」


新幹線の席のような小さいテーブルを出してさっき買ったごはんとドリンクを置いていると、前方から真凛が折れそうな細い足で階段を駆け上がってきた。


「華ちゃん、これ応援バット!これを叩いて応援するの。使ってね!」


そしてすぐに、

「もうすぐ君が代と始球式やから戻るね!」

と風のように去っていった。


真凛の言葉通り、全員起立して君が代を斉唱し、その後白沢のご当地アイドルが始球式をした。

いよいよ試合が始まる。


「オレンジ色の服の人は敵チームのファンですか?」

華が聞くと、煎は


「そう。東京ラビッツね。この試合はラビッツ側の主催なんだけど、実際にはレパーズ側のファンが7割ぐらいいるから、まるでレパーズがホームチームみたいに見えるよね」


「人気なんですね」


「神戸のスタジアムだったらレパーズファンが95%ぐらいでもっとすごいよ」


試合は先にレパーズの攻撃だ。1番打者が早々にヒットを打ち、みんな曲に合わせて応援バットを叩く。


2番打者は、バットを短く持ってボールをコロコロと転がした。

その間に1塁走者は2塁に進んだが、打った本人はアウトになった。


「これは送りバントと言って、得点圏にランナーを進めるための作戦なんだよ」


「へー!自分はわざとアウトになって進ませるんですね」

華は知らないことだらけだ。


次の3番打者は、いきなり肘のあたりにボールが当たった。


華は、思わず

「あ!」

と叫んだが、案外大丈夫そうで、打者は1塁に進む。


「あれはデッドボールと言って、1塁に進めるんだ。ガードをかすめただけだったから良かった」

華はハラハラしながら見る。


「さあ、次はテルだよ」


煎は「神坂テル」と書かれたタオルをバッグから出して広げる。


「華ちゃんそっち持ってくれる?」

2人で1枚のタオルを広げて応援する。


周りにも同じタオルを掲げる人がたくさんいた。


テルはピッチャーが投げた初球をいきなり打ち、ものすごい音がした。

球はグングン伸びて、あっという間にバックスクリーンに飛び込む。


「キャー!!」


周りの人が一斉に立ち上がったので、煎と華も急いでテーブルを引っ込めて立ち上がり、隣や後ろの人ともハイタッチした。


「いやースリーラン!もう今日の目的の半分以上は達成したかもな」

煎は大満足だ。


次の打者もヒットを打ったが、その次の打者の時に2塁と1塁が両方アウトで、3アウトチェンジとなった。


「今のはゲッツー、1人で2つアウト取っちゃうパターンね」


「あーそういうのもあるんですね」


「まあでも先制点取ったし大丈夫」


次は1回の裏だ。


さっきホームランを打ったテルはサードの守備位置に向かい、キャッチボールをしている。


客席は

「テール!テール!」

と手拍子と共に声を揃えてコールし、テルは帽子を取って客席にお辞儀をした。


「あれはさっき点を取った打者の名前をコールして称えてるんだよ」

華も大きな拍手を送る。


ラビッツの攻撃が始まったので、その間に煎と華はさっき買ったごはんを食べ始めた。


売り子がビールを売って歩いている。


「煎さんはお酒は飲まないんですか」


「うーん、飲めなくはないけど、やっぱりお茶のほうが好きだなぁ」


「さすが老舗のお茶屋さん」


食べている間にレパーズ側のピッチャーは、あっという間に3人を三振させて回が終了する。


「え?もう終わったんですか?」


「あれは先発の佐伯投手ね。抜群の安定力なんだ。しかも神戸出身」


「めちゃくちゃ背高いですね」


「僕より2cmぐらい高いかな」


「煎さんは何cmなんですか」


「187。ちなみにテルと同じだよ」

煎は嬉しそうだ。


試合はその後両軍ともヒットは出たが得点には繋がらず、3対0のまま進んでいく。


煎が隣でルールをわかりやすく説明してくれて、歌やバットを叩くタイミングもだんだん覚えてきた。


5回が終了し、トラクターのような車でグラウンドの整備が始まった。


「ちょっとぶらっと一周してみる?」


「はい」


煎と華は階段を降りて中に入る。


カラフルなアイスクリーム屋さんがあったので、華が興味津々で見ていると、そこに真凛も現れた。


「華ちゃん!」


「真凛さん!テル選手がホームラン打って良かったですね」 


「ほんま最高!来てよかったよー」


煎が、

「お祝いに2人にアイスクリームおごるよ」


「えっ煎くんいいの?じゃあ私レインボー」


「OK。華ちゃんは?」


「え!いいんですか?じゃあ…チョコで」


「了解!待っててね」


煎が列に並びに行くと、真凛は

「あ!」

と言って煎の隣に行く。


真凛はメニューを指さし、

「ねえねえ煎くん、あれ欲しいな」


見上げるとそれは、

「8Kamisaka」

と書かれたコーヒーカップだった。


華も近くに行って見てみる。


煎が華に、

「あれは選手の背番号と名前が書かれたコーヒーカップで、無地のカップよりちょっと割高なんだ。でも持って帰って家でも使えるんだよ」

と、先に説明する。


そして真凛に、

「アイスとコーヒー両方買ってあげるよ」

と言い、真凛は

「わーい!」

とピョンピョン跳ねた。


「華ちゃんは?どれか欲しいカップある?」

煎が聞くと、

「いえいえ、私は推しとかないですし、飲み物もまだあるので大丈夫です」


「じゃ、待っててね」


「あ、煎くん」


「ん?」


「中身、カフェオレがええなー」 


「OK!じゃ、持って行くからあっちで待っててね」


「ありがとう」


煎は自分の分は抹茶アイスを選び、片手にアイス3つ、もう片方の手にコーヒーカップを持って戻ってきた。


「やったー!煎くんありがとう!明日から毎朝これで牛乳飲むわ」


「うん、良かったね、真凛ちゃん」

煎は微笑む。


「じゃあこれを持って記念撮影しよう」


「華ちゃんこっち、真ん中に入りや〜」


煎と真凛は華を真ん中に入れ、自撮りする。


早速真凛が春子に送信すると、すぐに既読がついて、サムズアップのスタンプが送られてきた。


「さあ、後半もがんばろう!」


3人はそれぞれの席に戻った。


6回が終わり7回が始まる時、音楽が鳴り、チアガールが踊った。


「野球は7回がラッキー7って言ってチャンスなんだ。きっとこの回また点が入るよ」


まず先頭の打者がフォアボールで出塁したあと、テルの打順となる。


煎と華がタオルを掲げていると、すさまじい破裂音がして、ライトスタンドの最上段にボールが吸い込まれていった。


周り中みんな飛び上がって喜び、ハイタッチし合う。


「もう少しで場外の特大だよ!しかも1日2本もホームラン見れるなんて、最高すぎて信じられないよ!」

煎は感無量だ。


そのあともレパーズのピッチャーはしっかり抑え、5対0で試合は終了した。


「このあと今日いちばん活躍した選手が1人選ばれて、ヒーローインタビューされるんだ。きっとテルだよ」


オレンジ色の服のラビッツファンはゾロゾロと帰って行き、レパーズファンはキャーキャー言いながらタオルを広げ、ヒーローを待つ。


そして神坂テルが出てきた。割れんばかりの拍手が起きる。


「今日は白沢のファンの皆さんに勝利を届けることができて良かったです。明日以降も全力でがんばりますので、引き続き応援よろしくお願いします」


すごいホームランバッターなのに、喋ると優しげで落ち着いた声である。

真凛が夢中になるのもわかる気がした。


周りはまだまだお祭り騒ぎだったが、煎と華は出口に向かった。


出たところでちょうど真凛親子とも会い、5人は一緒に駅まで歩いた。


真凛が聞く。

「華ちゃんどうやった?」


「初めてのことばかりでびっくりの連続でしたけど、楽しかったです」


「最高の試合やったもんね」


「私いつも大学とバイトだけの生活で、まあ親友と遊ぶことはあるけど他は何もなくて、でもそれで楽しくて満足してたんです。でも他にもこんな楽しいことあるんだ、って」


「華ちゃんはまだ10代やし、これからいろんな楽しいことと出会うと思うよ。推しを応援するのもいいし、ファッションを極めるのもいいしね。お料理にハマるのもいいかも」


煎も、

「楽しいことと出会ってどんどん世界を広げていったらいいと思うよ」

2人とも温かい笑顔を華に向けた。


「…って言うても私らもまだ22で全然若いけどな」

真凛が言ってみんな笑う。


駅に着き、煎と華は真凛親子と反対のホームに別れる。


「今日はありがとうございました」


「ありがとう。またお店でね」


煎と華は同じホームだが乗る電車が違う。


「じゃあ私これに乗りますね。今日はありがとうございました」


「こちらこそありがとう。またね」


華は、こんな楽しい日は久しぶりだったなぁと思いながら電車に座った。


耳の中ではまだレパーズの応援歌が流れている。


華はふわふわと気持ち良い不思議な感覚で家に帰った。


この物語はフィクションです。作中に登場する人名や地名、校名、お茶やフルーツの銘柄などはすべて架空のものです。一部実在の名称と同じものも混在しますが、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。

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