意外なお誘い
7月も半ばになり、暑くなってきた。
ある日、華が午後から小春庵に出勤し、早番の真凛がそろそろ帰ろうかという頃、
「こんにちはー」
ドアが開いて、太田園の煎が入ってきた。
「お疲れさま。今日は若旦那さんやなくて煎くんなんやね」
真凛が声をかける。
「お疲れさま。さっきまで製造してたんだけど、一段落ついたから今日は僕が来たんだ」
真凛がお茶を受け取ってサインすると、春子が奥から出てきて、
「煎さんありがとう。これ次の発注よろしくね」
「ありがとうございます!」
煎は深くお辞儀をする。
「ところで真凛ちゃん、来週白鷺園スタジアムでプロ野球の試合あるの知ってる?」
「もちろん。神戸レパーズの試合やろ?父がチケット3枚取ったから、家族で行くねん」
「えっそうなの!?」
「うん。なんで?」
「いや僕もチケット2枚もらったから、真凛ちゃん誘おうかと思ったんだけど、もう持ってたのかぁ」
「え!そうやったん!?うそー!めっちゃごめーん」
真凛は手を合わせて謝る。
「いやいや謝らなくても!」
煎が慌てる。
真凛は、
「白沢でプロ野球の試合あるのって、数年に1回しかないらしいから、父が張り切って発売日に会社早退して取ったんよ。いやーごめんな」
「いやいや、でもお父さんすごい熱意だね」
「お兄さん達や弟さんは行かはれへんの?」
「兄は野球に興味なくて、弟は野球は好きだけど大学の課題で忙しいらしい」
「大旦那さんは?」
「親父は急に予定が入ったらしいんだよ。まあ、だから親父からチケットもらったんだけどさ」
「そうかー」
煎はちょっと考えて、
「華ちゃんはどう?野球観戦行ったことある?」
華はびっくりして、
「いえ、ないです。テレビですらあまり見たことなくて」
と顔の前で手を振ったが、煎は
「1回行ってみる?」
と言う。
奥から春子もまた出てきて
「おもしろそうじゃない。華ちゃん行ってきたら?向こうで真凛ちゃんとご両親とも会えて楽しいかもよ」
と勧める。
真凛も、
「本当ですね!煎くんの席はどこ?私らは3塁側の内野やけど」
と聞くと、煎が、
「僕のも3塁内野席!席が近いかどうかはわからないけど、エリアが同じだと行き来は少なくともできるよね」
「それは楽しそうね。華ちゃん行っておいでよ」
春子が後押しする。
「え…。いつですか?」
「来週の水曜日」
「…一応あいてますけど…」
真凛もノリノリで、
「華ちゃん行こうよ!有名なキッチンカーもたくさん来るよ。早めに行ってみんなで美味しいもの見て回ろうよ」
「えっキッチンカー!?」
「うん、神戸の有名な豚まん屋さんも来るよ。滅多に遠征しないらしいから貴重やで」
「…じゃあ行こうかな」
「うんうん!」
「あ、でも煎さん、私より、元野球部仲間とかと行かなくてもいいんですか?」
「野球部の奴らとはしょっちゅう大学野球見に行ったりしてるから、気にしなくていいよ。今回は真凛ちゃんとキッチンカー巡りするついでに観戦するみたいな感じで、どう?」
「あ、じゃあ、よろしくお願いします」
「よし!じゃ、僕チケット持ってくるよ。華ちゃんは明日もここ来る?」
「はい」
「わぁ、決まりやー!楽しみ!」
真凛は手を叩き、春子も嬉しそうにみんなの顔を見る。
「みんな楽しんで行ってらっしゃい」
「春子さんはお家でテレビ見ててくださいね!私ら映るかもしれへんし」
「うん、しっかり見ておくわ」
「じゃあ、また来ます!ありがとうございましたー」
煎は帰っていった。
思いがけなく一緒に野球観戦することになり、真凛はウキウキして、春子も楽しそうだが、華はまだ信じられないという感じだ。
「私でいいんでしょうか」
「いいに決まってるやん!煎くんも喜んでたやん!」
「真凛さんに横に座ってほしかったのでは?」
「私がレパーズファンやから先に声かけてくれただけで、深い意味は全くないから大丈夫やで」
春子も、
「煎さん喜んでると思うわよ。気にせず行ってらっしゃい」
そこでお客様が入ってきたので、真凛はサッと標準語に切り替えて、
「いらっしゃいませ。ご注文はこちらでお伺いいたします」
と指を綺麗に揃えて指し示した。
「すごいバイリンガルよね…」
春子は後ろを向いてくすくす笑った。
この物語はフィクションです。作中に登場する人名や地名、校名、お茶やフルーツの銘柄などはすべて架空のものです。一部実在の名称と同じものも混在しますが、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。




