06(ヒーロー視点)最愛のお嬢様
幼い頃に捨てられたメルヴィンには、両親に関する記憶が一切ない。
孤児院では白髪を理由に不気味だと避けられ、いじめられ、10歳の誕生日に孤児院を逃げ出した。
10歳の誕生日を待ったのは、冒険者ギルドに登録できるのが10歳からだからだ。
冒険者ギルドなら、不吉な白髪だろうが、なんだろうが、依頼を受けて金を稼ぐことができる。メルヴィンにとっては最適な職場だ。
始めは雑用をこなし、実戦の中で魔法や剣術を身につけてからは、魔物の討伐任務も受けるようになった。
徐々に稼げる額は増えたが、相変わらず白髪を理由に不気味だと避けられ、メルヴィンは常に孤独だった。
――四年前のあの日。クラリスに出会うまでは。
◆
「伯爵令嬢の護衛任務、ですか?」
ギルドの受付で提示された任務は、普段とは全く違うものだった。
護衛任務が募集されることはあるが、伯爵ともなれば、通常は自分の家で護衛を雇うものである。
「たまたま、前任の護衛騎士が辞めて、人手が足りてないんだとよ。依頼内容は単純な送迎で、屋敷から王立図書館までだ。が、A級以上の冒険者しか認めないとのことだ」
以来の詳細が書いた紙を受け取る。冒険者の中で、A級以上の割合はわずか1割だ。
「……俺でいいんですか?」
伯爵家の令嬢なんて、メルヴィンの白髪を怖がるに違いない。
「お前しかいないんだ。この辺で、明日手が空いていそうな奴は。受けるだろ? 断れば伯爵様からの寄付金が減るんだよ」
受付の男はそう言ってメルヴィンを睨みつけた。
断ることはできるが、そうすれば、仕事を受けにくくなるかもしれない。
「……分かりました」
きっと伯爵令嬢は、メルヴィンを見た瞬間悲鳴を上げ、依頼をキャンセルするに違いない。
◆
「貴女が今日、わたくしを王立図書館へ連れていってくれるの?」
屋敷の前に行くと、メイドと共に、黒髪の少女が立っていた。
確か、年齢は14歳。名前はクラリスと言うはずだ。
「……はい」
「おっ、お嬢様ぁっ! ふっ、不吉です!! 依頼はキャンセルすべきですよ!」
騒いだのはクラリスではなく、彼女の傍に控えるメイドだった。
ちら、と視線を向けると、ひぃっ! と悲鳴を上げて顔を逸らされる。いつものことだ。
「マリア、失礼なことを言うのはやめなさい。貴方はもう下がっていいわ」
クラリスは厳しい口調で言うと、メイドを屋敷の中へ戻してしまった。
「先程はわたくしのメイドが失礼しましたわ」
「……依頼は、キャンセルしなくてよいのですか」
「あら、どうして?」
訳が分からない、と言うようにクラリスが首を傾げる。長い髪がさらりと揺れた。
「……この白髪が、不吉だから」
自分で口にするのは、今でも少し胸が痛む。
不吉の象徴と呼ばれようと、メルヴィンにとっては生まれ持った特徴――見知らぬ両親と自分を繋ぐものだから。
「貴方の髪色、とっても素敵じゃない」
「……は?」
「太陽の光を浴びると、きらきらと輝いて綺麗だわ。それに、暗いところでもよく見えそう。貴方に守られる人は、きっと安心ね」
お世辞ではなく、彼女は心の底からそう言っているように見えた。
驚いてメルヴィンが喋れなくなっていると、クラリスが寂しそうに笑う。
「ごめんなさいね。わたくしの発言もデリカシーがなかったかしら。はっきり物を言い過ぎて可愛げがないと、昔からよく言われるの」
彼女は身寄りのない自分と違って、恵まれ、愛されて育った伯爵令嬢のはずだ。
なのになぜか、彼女が自分と似ているような気がしてしまった。
「……貴方は、見る目がない人に囲まれているのですか」
「え?」
「俺が今まで見た女性の中で、最も可愛いのは貴方です」
メルヴィンの白髪を恐れたり、気持ち悪いと言わない相手は初めてだ。
たいていの女性は、彼を見るなりすぐに逃げ出す。
「かっ、かかっ、可愛いなんて……っ!」
クラリスの顔が赤くなる。先程までの少女らしからぬ落ち着きはなくなり、年相応の少女に見えた。
(この方は普段、自分を偽る必要があるのだろうか)
わざとらしく咳払いをすると、クラリスは赤くなった顔でメルヴィンを見つめた。
「とっ、とにかく今日は、図書館までの護衛、よろしくお願いしますわ」
◆
その日からメルヴィンはクラリスのことが忘れられず、冒険者を辞めてアディントン伯爵家で働くことにした。
不吉な白髪ということで難色を示されたが、冒険者ギルドでの実績を評価され、なんとか雇ってもらえたのだ。
(……クラリスお嬢様の傍にいられたら、俺は、それだけでよかった)
世界でたった一人、メルヴィンの髪を褒めてくれたクラリス。
彼女を守りたい、彼女の傍にいたい。それだけだった。
それだけだったはずなのに、彼女が婚約破棄された瞬間、叫びたくなるほど嬉しかった。
そして理解したのだ。
自分は、クラリスを恋愛的な意味でも愛してしまったのだと。
明日、クラリスはセドリック達への復讐を行い、アディントン伯爵家を出ていく。
そっと息を吐いて、窓の外の景色を眺める。
メルヴィンに用意されたのは、狭い屋根裏部屋だった。護衛騎士の待遇とはとても思えない。
だが、こんな部屋で暮らすのも、もう終わりだ。
「……クラリスお嬢様。俺が絶対、貴方を幸せにします」
家を捨てて逃げるのなら、身分差なんてもう関係ない。
全身全霊をかけて、必ず自分がクラリスを幸せにしてみせる。
短編にはいなかった激重騎士のメルヴィン、応援してくれたら嬉しいです!




