05 セドリックの素行
「では、今晩はセドリック様のところへ行きましょうか」
翌日の深夜。同じように変装をしたクラリスは、メルヴィンと共に再びアディントン伯爵邸を抜け出した。
ちなみに、日中はメルヴィンが用意してくれたカツラをかぶって過ごしている。
髪を切ったことを知られたら、シャーロットに『失恋のショックで髪を切るなんて哀れね!』と絡まれること間違いなしだからだ。
二人が向かう先は昨日と同じく四番通り――ではなく、高級住宅街が並ぶ三番通りである。
とはいえ、貴族の邸宅は一番通りと二番通りにあるため、三番通りにあるのは裕福な商人達の家だ。
(まさかセドリック様が、人妻と遊んでいたなんてね)
メルヴィンの調査によると、セドリックが頻繁に訪れていたのは、裕福な商人の家だという。
商談という名目で商家を訪れるが、訪れる日は決まって旦那が留守の日。
実際に商品を購入することでカモフラージュしているようだが、メルヴィンが上手く調べてくれた。
(……それにしてもメルヴィンって、どうしてこんなに調べものも上手なのかしら?)
アディントン伯爵家で働く前の彼は、どんな仕事をして暮らしていたのだろう。
気になるけれど、これから先、聞く機会はいくらでもあるはずだ。
◆
玄関ではなく、庭の塀を越えてこっそりとギブソン家の屋敷の中へ入る。堂々と訪ねないのは、交渉の余地を残しておくためだ。
庭の小石を拾い、メルヴィンが教えてくれた窓をめがけて投げつける。
窓が開いた瞬間、クラリスとメルヴィンは滑り込むように部屋の中へ入った。
「きゃっ……!?」
声を上げようとしたギブソン夫人の口を押える。夫人は暴れようとしたが、クラリスの顔を見ると、見惚れて暴れるのをやめた。
「お静かに。騒ぐようなら、セドリック・ヒューイックとの関係を貴方の夫にバラしますよ」
夫人は息を呑んだ。夫人の反応を確かめ、ゆっくりと彼女の口から手を放す。今度は、声一つあげなかった。
ギブソン商会。国内でも五本の指に入る商会だ。
しかしそれゆえに商会長は忙しく国内を飛び回っており、王都での商談は夫人に任せることが多いのだという。
そして、ヒューイック公爵家はギブソン商会の太客だ。
「……なにが目的なの。お金?」
先程までクラリスに見惚れていたくせに、夫人は泣きそうな顔でクラリスを睨みつけてきた。
その顔になるのも無理はない。もし離婚されれば、今までのような贅沢三昧はできないのだから。
(セドリック様も考えたものよね)
貴族の令嬢を遊び相手にすれば、必ずバレる。なぜなら、令嬢達はセドリックの『遊び相手』ではなく、結婚相手になることを望んでいるからだ。
競い合うように、誰が本命だと言い合うだろう。
だが、相手が人妻なら話は別だ。しかも裕福な商会の夫人であれば、若い男との恋に溺れても周りに関係をばらすことはない。
そんなことをすれば、自らの立場を失ってしまうから。
「……いえ。僕が欲しいのは貴方です。ギブソン夫人」
「え?」
「貴方に一目惚れして、ずっと見ていました。だから気づいてしまったんです。貴方が、他の人を愛していることに」
微笑みを浮かべ、ギブソン夫人の頬に手を添える。
「あの男は、貴方の他にも複数の女性と関係を持っていました。そんな男はやめて、僕にしてくれませんか?」
「まあ……」
ギブソン夫人の顔が赤くなっていく。
(簡単なものね。まあ、セドリック様程度の顔面に落ちるのなら、わたくしに落ちないはずがないもの)
「目を閉じてください」
夫人が目を閉じると、クラリスはキスをするふりをして、メルヴィンからもらっていた睡眠薬を夫人の口へ入れた。
睡眠薬は驚きの効果を発揮し、夫人はすぐにクラリスの腕の中で意識を失う。
夫人をそっと床に寝かせると、クラリスは振り向いてメルヴィンに合図をした。
頷いて、メルヴィンが素早く部屋を漁り始める。
メルヴィンの調査によって、セドリックがギブソン夫人と関係を持っていることは分かっていた。
しかし、物的証拠がなく、今日はそれを探しにきたのである。
――部屋を探すこと数十分後。
セドリックからの手紙と、二人で撮った写真が部屋の中から見つかった。
◆
「これで証拠はばっちりね」
ギブソン家の屋敷を出ると、クラリスは上機嫌にそう呟いた。
隣を歩くメルヴィンが、ええ、と頷く。
「あとは、この証拠をどう使うかだわ。せっかくだから、派手にばらまいてやりたいものね」
「……それが終わったら、お嬢様は家を出られるのですよね?」
「ええ、そうよ」
やはり気が変わって、一緒にいくことはできない、と言われてしまうのだろうか。
そう言われてもおかしくはない。ある程度の金は用意して家を出るつもりだが、今後は今までのように給料を支払うことも難しいだろうから。
「では、なるべく早くしましょう」
「え?」
「新しい生活の用意は、俺が整えておきますから」
一瞬だけ立ち止まり、メルヴィンが笑う。
その笑顔があまりにも幸せそうで、しばしの間、クラリスは動けなくなってしまったのだった。




