04 リネット嬢の恋人
「振り向いて大丈夫よ」
声をかけると、メルヴィンがゆっくりと振り返った。
着替えを終えたクラリスの姿を見て、目を見開く。
「どうかしら? やっぱりメイクをしないと、男には見えない?」
「……お嬢様。今のお嬢様の姿では、目立ち過ぎます」
「え?」
「お嬢様ほど格好いい男は、王都中を探したってそうはいません」
そう言うと、メルヴィンが鏡を手で示した。鏡の前に移動し、自らの姿を確かめてみる。
「……ねえ、メルヴィン」
「はい」
「本当ね」
鏡に映るクラリスは、正真正銘、ただのイケメンの男だった。
長年、クラリスが言われ続けてきた『可愛げのない、女らしくない令嬢』ではない。
(この姿なら、自由に暮らせるかもしれない)
気づくとクラリスは、無意識のうちに笑っていた。
◆
「まずは、リネット嬢の件です。最近、彼女がやたらと羽振りがいいので調べたところ、複数の男性から贈り物をもらっていることが判明しました」
メルヴィンと共にこっそりと屋敷を抜け出し、向かう先は王都の四番通りだ。
王都は一番通り、二番通り、三番通り……と通りごとに区分けされていて、それぞれ似たような店がかたまっている。
四番通りにあるのは、高級娼館や逢引き用の高級ホテル、そして個室のある飲食店である。
「複数の……ね」
「はい。彼女は流行りの宝石を使ったアクセサリー、王都で評判の職人に作らせたドレスなど、ガードナー男爵家の令嬢としてはあり得ないほど、派手な物を身につけています」
「セドリック様からの贈り物ではなくて?」
「一部はそうですが、元から彼女の金遣いは派手でした。男性を引き付けるために、美容の類にもかなりお金をかけていたとか」
メルヴィンの説明を聞きながら、王都の道を歩く。
馬車ではなく自分の脚で街を歩くのは、生まれて初めてかもしれない。
「貢いでもらうために、複数の恋人がいた、と」
「はい。相手を貴族ではなく裕福な平民に絞り、『貴族として結婚は親に決められてしまう』と語ることで、交際関係を隠すように言っていたそうです」
クラリスは全く関心がないが、貴族の令嬢達は持ち物や見た目の美しさで競い合って生きるものだ。
見栄をはるため、そして良い結婚相手を見つけるために、リネットは身の丈以上に見栄を張ることにしたのだろう。
夜風を感じながら歩く。目的の建物の前に立ち止まると、どうしますか? とメルヴィンが聞いてきた。
「メルヴィン。貴方は、わたくしの護衛として、いつも通りにいてくれたらいいわ」
「かしこまりました。お嬢様になにかありましたら、対処いたします」
もしなにかあれば、対処、という言葉通りのことをしてくれるだろう。
クラリスは建物のドアを開け、中に入った。
ここは高級バーで、裕福な男女の出会いの場になっているのだという。
「いらっしゃいませ」
受付で金を渡し、中へ入る。クラリスが現れた途端、女性達の視線がクラリスに集中した。
「あの男です」
耳元で囁いてから、メルヴィンがカウンター席に座る一人の男を指差した。
小太りの冴えない男だ。
わざと足音を立てながら男に近づき、男の肩を叩く。
振り向いた男を見て、クラリスは薄い笑みを浮かべた。
「初めまして。僕のリネットが、ずいぶんお世話になったようだね?」
「……ひっ」
とっさに怯えた男も、すぐにクラリスを睨み返す。
しかし、メルヴィンが刀を向けた瞬間、男は黙り込んだ。
「野蛮なことをしてはいけないよ。……だが、君の返答次第では、僕は彼を止めようとは思わない」
バーにいる全員が、クラリス達に集中し始めた。
中には、口笛を吹いてはやしたてる者もいる。
(他人の修羅場なんて、いい見世物なんでしょうね)
「今すぐリネットと別れること。それから、リネットと付き合っていた証拠を出すこと。この二つができるなら、もう君の前には現れない」
クラリスが言い終えると、メルヴィンが剣を持っていない左手から、氷の結晶を生み出した。
氷魔法は、メルヴィンの得意魔法である。
「ひぇっ……」
「坊ちゃんの言うことが聞けないなら、殺すぞ」
聞いたことがないほど低い声に、鋭い眼差し。
そしてなにより、水属性を極めた人間しか使うことのできない氷魔法の発動。
男は、呆気なく陥落した。
◆
同じことを10回ほど繰り返した頃にはもう、夜明けが近くなっていた。そろそろ屋敷に戻らなくては、怪しまれてしまう。
「この髪も顔も、こういう時は役に立ちますね」
ある気ながら、メルヴィンが呟く。
確かに『不吉』と称される彼の白髪と怖そうに見える顔のおかげで、交渉を簡単に終わらせることができた。
「ありがとう、メルヴィン。でも、貴方の髪も顔も、わたくしは一度も恐ろしいと思ったことがないわ」
「お嬢様は、昔からそう言ってくださいますね」
「ええ。だって綺麗じゃない。それに、どこにいるかがすぐに分かって安心するわ」
家族からも嫌われているクラリスにとって、メルヴィンの白髪は安心感の象徴でもあった。
この白髪が見えると、いつも安心できるのだ。
「あと、黒髪のわたくしと並ぶと、バランスが良いと思うの」
「お嬢様は、面白いことをおっしゃいますね」
口元に手を当て、メルヴィンがくすりと笑った。
彼の笑顔を見ると、心の中が温かくなる。
(メルヴィンがいてくれて、本当によかったわ)




