03 護衛騎士メルヴィン
「クラリスお嬢様、失礼します」
夜遅く。屋敷の人間全員が眠りについた後、クラリスの部屋を訪れたのは護衛騎士のメルヴィンだ。
「入って」
こっそりと彼を部屋の中へ入れる。もしシャーロットに見つかれば、護衛騎士とはいえ男を部屋に入れるなんて、とうるさく騒がれるだろう。
彼は数年前、アディントン伯爵家に雇われた護衛だ。
当初は屋敷全体の護衛をしていたが、白髪が不気味だ、とシャーロットが騒ぎ立て、クラリス専属の護衛騎士となった。
(嫌がらせのつもりだったんでしょうけど、わたくしからすればありがたかったわ)
白髪はこの国では不吉の象徴とされる。だが、そんなものは迷信だ。
メルヴィンは有能な騎士であり、しかも、クラリスによくしてくれる。
「これをご覧ください、お嬢様」
彼が差し出したのは、数枚の紙だった。セドリックとリネットに関する噂をまとめた資料である。
「お嬢様と婚約していた時から、二人は逢瀬を重ねていました。それだけでなく、二人の素行は劣悪です」
「……セドリック様は女遊び、リネットは男遊び、ね。お似合いじゃない」
「はい。ですが、どれも噂です。しっかりとした証拠を掴むには、もう少し時間をいただければと」
「時間があれば大丈夫なの?」
クラリスが問うと、メルヴィンは気まずそうに目を逸らした。
「……できれば、協力者が一人いると助かります。俺の髪では、どこへ行っても目立ってしまいますから」
メルヴィンが目を伏せる。当然ながら、睫毛まで綺麗な白色だ。
(こんなに綺麗なのに、不吉だなんて騒ぐ人は愚かだわ)
彼はこの髪色のせいでなかなか仕事も見つからず、苦労していたのだという。
けれど、アディントン伯爵やシャーロットがなにを言っても、髪を染めようとはしなかった。
理由は分からないが、彼にとってこの白髪は大切なものなのだろう。
「分かったわ。一人で十分なのね?」
「はい。なるべく、若い男性が助かりますが……可能でしょうか」
「ぴったりなのが一人、いるわ」
微笑んで答えると、クラリスは机の引き出しからハサミを取り出した。
不思議そうに首を傾げるメルヴィンの前で、クラリスはいきなり長い髪を切り始める。
「お嬢様!?」
「髪を切って少しメイクをすれば男に見えるはずだわ」
クラリスは身長が高い。そのせいでセドリックからはヒールのある靴を履くことを禁じられていた。
そして髪を伸ばしていたのもセドリックの命令だ。髪の長い女が好きだから、という理由で、彼はクラリスに髪を伸ばすことを強要した。
「元々、邪魔で切りたいと思っていたの。似合うかしら?」
「お似合いです」
即答だった。
「ありがとう、メルヴィン。それと、貴方に一つだけ言っておきたいことがあるのだけれど」
「……なんでしょう?」
「わたくし、この件が終わったら家を出るつもりなの」
「かしこまりました。お供します」
少しの間も置かずにメルヴィンが答えたものだから、クラリスは驚いてしまった。
「いいの?」
「はい。俺は、お嬢様についていくと決めていますから」
「……ありがとう」
魔法が使えるとはいえ、クラリスは世間を知らぬ伯爵令嬢である。
メルヴィンがいてくれるなら、これほど頼もしいことはない。
――それに。
「嬉しいわ。貴方が、わたくしを信じてくれて」
「当たり前です」
自然と笑みがこぼれる。昔から、メルヴィンといると表情が自然に動くのだ。
「そうだ。少し後ろを向いてくれる?」
「どうかしましたか?」
「着替えようと思って。実はもう、変装用の服は用意してあるの」
メルヴィンが猛スピードでクラリスに背を向けた。そして、両手で顔を覆う。
「絶対に振り向きませんので、ご安心ください」
「元々、心配はしてないわよ」
メルヴィンは紳士だ。加えて、自分の身体が男性から見て魅力がないことは自覚している。
(でもやっぱり、女性扱いされるのは嬉しいものね)
クラリスの前でわざとらしく別の女性を褒めていたセドリックを思い出す。
彼の言う通り髪を伸ばしても、ヒールをやめても、彼が『可愛い』と言ってくれたことは一度もなかった。
どうでもいいことだ。
けれど腹は立つ。
(だから、報復は派手にやってあげなくちゃね)




