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02 鉄仮面令嬢の決意

「なんてことをしてくれたんだ! 今からでも謝って、セドリック様に考えなおしてもらえ!」


 ヒューイック公爵家から正式に婚約破棄状が届くと、父はクラリスの部屋にやってきて怒鳴り散らした。


「……ですがセドリック様の態度を考えると、わたくしがなにか言ったところで撤回される可能性は低いかと」


 可愛げがない女と結婚はできない、という極めて個人的な考えが理由なのであれば、今さらクラリスが頼んだところでセドリックの決断は変わらないだろう。


「くそっ。何のために今までお前を育てたと思ってる……っ!」


 吐き捨てるように言うと、アディントン伯爵はクラリスの部屋を出ていった。





「別に、誰も育ててなんてお願いしてないわよ」


 吐き捨てるように呟いて、クラリスはベッドに横になった。

『鉄仮面令嬢』と揶揄される彼女だが、感情が顔に出にくいだけで、感情がないわけではない。


 可愛げがない、なんて理由で婚約を破棄されればむかつくし、妹ばかり贔屓する父親には昔から腹が立っているし、なにかと悪口を言ってくる妹も当然嫌いだ。


(いらないなら、いっそ、捨ててくれたらいいのに)


 寝転がったまま、手のひらを天井にかざす。

 手のひらが熱くなって、青い炎がクラリスの手から出てきた。


 ――魔法だ。

 神の祝福とされる魔法が使えるのは、生まれつきマナを持って生まれた者だけ。

 クラリスはマナを持って生まれた。

 しかし、彼女が得意とするのは攻撃に特化した火属性魔法。貴族の令嬢に期待される魔法とは、全く違う。


 男に生まれていれば軍人として出世もできただろうし、いっそ平民であれば、冒険者として生きていくこともできたはずだ。

 貴族の令嬢として生まれたばかりに、クリスタは好きでもない相手と生まれた直後に婚約させられ、公爵夫人になるべく教育を受けてきた。


 そして、可愛げがない、という理由で、その未来も閉ざされた。


「いっそ家出でもしちゃおうかしら……」


 呟いた瞬間、クラリスの表情が変わった。

 鉄仮面などではない。正真正銘の、心からの笑みだ。


(そうだわ。家出すればいいんだわ!)


 貴族の令嬢としての責任感は、セドリックの婚約破棄により完全に失われた。

 だったらもう、いっそ好きに生きてやればいい。





 気持ちを切り替えたクリスタがいつもの無表情で夕食を食べていると、侍女が一通の手紙を持って居間へ入ってきた。


「クリスタお嬢様に、リネット男爵令嬢から手紙が届きました」

「……リネット男爵令嬢?」


 馴染みのない名前に首を傾げる。とりあえず受け取ろうとした手紙は、目の前でシャーロットに奪われた。


「お父様! きっとセドリック様との婚約破棄の件ですわ。リネット嬢は、セドリック様と最近親しくしているという噂ですの」

「そうなのか? シャーロットは相変わらず人間関係をよく把握しているな」

「社交は貴族の務めですもの」


 胸を張って、シャーロットはクリスタを睨みつけた。

 家にこもっていることの多い姉と異なり、シャーロットは毎日のように社交場へ繰り出している。


「ねえ、お姉様。この手紙、ここで開けていいかしら?」


 返事をしたのは、クラリスではなく父だった。


「もちろんだ。こいつに渡したら、どうせちゃんと内容を伝えないに決まっている」

「まあ! お父様ったら」


 父に睨まれ、妹と義母に笑われても、クラリスは顔色を変えない。

 彼らの態度にいちいち反応していたらきりがないことは、とっくに学習済みだ。


「では、読みますわね」


 侍女に用意させたペーパーナイフで封筒を開き、クラリスが手紙を確認する。

 そして手紙を読み終えると、声を上げて笑った。


「セドリック様、リネット嬢と婚約することにしたんですって! お姉様に申し訳ないって書いてあるわ」

「……ガードナー男爵家と婚約だと?」

「ええ、お父様。家格は全く釣り合っていませんけれど、リネット嬢はお姉様と違って女性らしくて、可愛くて、近頃は夢中になる殿方も多いと聞いていますの。きっと、セドリック様もその一人なんですわ」


 アディントン伯爵はテーブルを叩くと立ち上がり、優雅に食事を続けるクラリスを睨みつけた。


「お前はアディントン伯爵家の恥だ。たかが男爵家の娘に、婚約者を奪われるとは!」


 怒りに任せ、アディントン伯爵がフォークをクラリスに投げつける。

 クラリスはフォークをかわさず、代わりに火属性魔法で燃やした。


「危ないですわ、お父様」

「お前……! 下がれ! お前の顔など見たくない!」

「では、失礼します」


 食事の残りを慌てて口の中へ詰め込み、クラリスは居間を後にした。





「家出をする、とは決めたけれど……」


 もし今クラリスが姿を消せば、婚約者を奪われて逃げ出した哀れな令嬢だと思われるだろう。


「……それはむかつくわね」


 どうせ家出をするのだ。これからのアディントン伯爵家がどうなろうと知ったことではない。


「決めたわ。とことんやり返してから、この家を出ていってやる」

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