01 生まれた時から可愛げのない女
「お父様。農村の収穫量が落ちて税収が減った時に、増税などしてはなりません。我が家の財政以上に、領民一人ひとりの生活が苦しくなっている時期なのですから」
クラリスの言葉に、父であるアディントン伯爵は顔を顰めた。
「それより、ここはあえて減税をするのはいかがでしょう。一時的に財政は厳しくなるかもしれませんが、我が家には十分な蓄えもありますし――」
「余計なことを言うな」
クラリスを睨みつけ、アディントン伯爵は盛大な溜息を吐いた。
彼の顔には『またか』とでかでかと書いてある。
「……申し訳ございません。出過ぎたこと申しました」
と殊勝に頭を下げつつ、クラリスの表情は一つも動いていない。
無表情、クール、不気味……ついたあだ名は『鉄仮面令嬢』
それが、クラリス・アディントン伯爵令嬢である。
「そんなことを気にする暇があるなら、セドリック様に手紙の一つでも書いたらどうだ。お前みたいな可愛げのない女に、これほどの縁談を用意するのに俺がどれだけ苦労したと思っている?」
はあ、とアディントン伯爵が再び溜息を吐く。
「分かりました。お父様のおっしゃる通りにいたします」
セドリックは、名門ヒューイック公爵家の跡継ぎであり、クラリスの婚約者だ。
名門とはいえ、ヒューイック公爵家の財政状況は近頃悪化している。そこに目をつけ、アディントン伯爵が頼み込む形で成立したのが二人の婚約だ。
(別に、わたくしが望んだ婚約でもないのに)
そう文句を言いたくなるのを堪えつつ、クラリスは父の書斎を後にした。
◆
「お姉様! またお父様に余計なことを言ったのね?」
書斎を出た途端、嬉々として声をかけてきたのはクラリスの異母妹・シャーロットである。
黒髪に赤い瞳できつい顔立ちをしたクラリスとは異なり、金髪碧眼の清楚な少女だ。
もっともそれは、あくまで外見の話なのだが。
「お父様も、本当に失敗したわよねぇ。お姉様じゃなくて、わたくしをセドリック様と婚約させるべきでしたのに!」
ねえ、とシャーロットが笑う。
クラリスとセドリックの婚約が成立したのは、彼女が生まれるより前のことなのだ。今から16年前、クラリスが2歳の時に成立した婚約なのである。
「まあ、過ぎたことをどう言っても仕方ありませんわね。お姉様と違って、わたくしと結婚したいとおっしゃってくださる方は山のようにおりますし」
彼女の言うことは事実だ。シャーロットのもとへは、連日大量に婚約の申し込みがきている。
「お姉様は、セドリック様を逃したら、きっと一生結婚なんてできませんわよ。せいぜい捨てられないように頑張ってくださいね、お姉様!」
言いたいことだけを言って、シャーロットが去っていく。
彼女がクラリスに対して好き勝手な発言を許されているのは、両親も兄も、みんな彼女を可愛がっているからだ。
(わたくしに対する態度を見ても、『可愛い』なんて思うのかしら。思うのでしょうね、わたくしと違って、シャーロットは表情が豊かだもの)
幼い頃から、クラリスは表情の乏しい娘だった。というか、やたらと落ち着いていたのである。
騒いだところで何も変わらない……という精神が、彼女を『鉄仮面令嬢』にしてしまったのだ。
(セドリック様に手紙を書くなんて、面倒くさいわね)
と思いながら、クラリスは自室に戻った。
◆
それから三日後。婚約してから月に一度アディントン伯爵家で開催している茶会の場に、セドリックはいつも通り不機嫌そうな表情で現れた。
「なんだこの、可愛げのない手紙は」
先日出したばかりの手紙を、セドリックは乱暴にテーブルへ叩きつけた。
「役所から届くような茶封筒に、手紙もたった二行だけ。どういうつもりなんだ」
「書いてある通りですわ。セドリック様がお元気かどうか、気になってしまって」
「婚約者に対する手紙じゃないだろう。俺の友達は誰も、婚約者からこんな手紙をもらったことはないぞ」
「……そうでしたか。気に障ったのなら、申し訳ございません」
クラリスが謝ると、セドリックは盛大に舌打ちした。
彼の言う通り、クラリスの手紙は一般的に婚約者へ送るものと比べては素っ気なさすぎるのだろう。
他の令嬢であれば、封筒や便箋の柄を何時間もかけて悩み、自分を思い出してくれますように、と祈りを込めながら香水を振りかけるところだ。
(でもそんなの、時間の無駄じゃない)
本当に安否が気になるのなら、使いを出して確認すればいい。
手紙に何時間もかける暇があるのなら、読書をするなり、魔法の訓練をしていたい。
「もういい。それより、今日はお前に言いたいことがあってきた」
「あら、なんでしょう?」
「お前との婚約を破棄する」
おそらく、セドリックはさすがのクラリスも動揺すると思っていたのだろう。
しかしクラリスは、いつもの無表情で返した。
「その発言は、ヒューイック公爵のご許可を得たものである、という認識でよいでしょうか?」
まず大事なのは、正確に状況を確認すること。
クラリスからにとっては当たり前のことだが、セドリックは顔を赤くして怒鳴った。
「そういうところが! 可愛げがなくて嫌いなんだ」
「なるほど。セドリック様の個人的な好みが、婚約破棄の理由というわけですね」
「ああ、そうだ! お前みたいな女と結婚してたまるか!」
そう叫び、そのままセドリックが中庭を出ていく。
彼の姿が見えなくなると、クラリスは傍で控えていた護衛騎士・メルヴィンを呼び寄せた。
「たった今、セドリック様はアディントン伯爵家とは無縁の人間になったわ。今後は彼がきても、決して門の中へ入れないように」
いつも通りの無表情で告げると、クラリスはカップに残った紅茶を飲み干したのだった。
連載版始めました!
短編版のストーリーをベースに、新しい要素も追加し、クラリスが幸せになるまでを書いていく予定です!
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