宇宙人は異世界でトモダチを守る
ポーラ・ラス・ノルン。
それがボクを召喚した貴族令嬢の名前。
ボクに名前はない。正確には名前を付けるという古い文化は遥か昔になくなった。今は完全な管理の下で被ることのない生体番号が付く。
それでは味気がないとトモダチ、本堂誠一はボクにグレイという名前をくれた。
グレイとはトモダチの星のポピュラーな宇宙人を指すらしい。
この世界に召喚された際にはやや混乱したが、召喚主のポーラ・ラス・ノルンを見つけると不思議と安心した。
おそらく召喚され繋がりが出来ると同時に軽度の洗脳、召喚者に対して一定の好感を抱くようになっていたのだろう。今は洗脳による効果は全て消えているが。
それでもボクは今も召喚獣として召喚主であるポーラの命令に従っている。
理由としては召喚主に逆らっても意味がない。むしろボクが困る。召喚主との繋がりが断たれればボクは、科学ではなく魔法という不可思議な現象を主軸にして発展した文明の中で生きていかなければならない。元の世界に戻る算段もないのに。
それにこの世界の食べ物は基本的にボクにとって固いものばかり。それに必要な栄養が取れるかも怪しい。残念ながらボクは環境の変化に強い個体ではない。
それともう一つ。トモダチのためでもある。
トモダチはこの世界で出会った現在唯一の同じ科学文明の人。技術差に大きな違いはあれど根幹は同じ。話が通じるたった一人のトモダチ。
ポーラの召喚獣として行動することでトモダチのためになる。正確にはとある情報が手に入る。
「ああ、ポーラ。本当にどうしよう?」
「え~、もう好きにしたら?」
召喚主であるポーラはトモダチを召喚したリリーナ・ロール・ルイスと親しい友人らしく、事ある毎にリリーナはポーラの元に訪れて愚痴とも相談とも取れることをひたすらに垂れ流していた。
「食堂で、新しいメニューが出たでしょう? あれにおじさんが関わっていたらしく、定期的に一定の金額を払っているって。もう安定的な金銭収入を得たことで計画は失敗だよ」
「ええっと、金銭的に困ったあのおじさんに生涯困らないだけの金銭を与えることで、リリーナが勢いでやっちゃったことをチャラにする計画だっけ?」
「いや、チャラとかではなく……。ただ召喚しておきながら一方的に絶縁して無視するのはさすがにどうかと思っただけで……」
その内容は毎度の如く、あの時の後悔。召喚した際の仕打ち、その後の対応の不備を嘆き、その一件に対する詫びをしようとあれやこれやと策を弄しているが、全ては失敗に終わっている。
それも当然。トモダチに対する認識が間違っているからだ。
トモダチを無力なただのおじさんだと勘違いしているが、トモダチは誰とでも会話ができるおじさんだ。
会話が出来ることでトモダチは知人を増やし、知人の力を借りて色んなことに手を出して、その結果知人を増やしている。
この学院の召喚獣の中にトモダチを知らない召喚獣はいないだろう。それだけトモダチの顔は広くなっている。
ただボクはそれを召喚主のポーラにも、トモダチを召喚したリリーナにも教えるつもりはない。僕にとって最も重要なのはトモダチであり、次点で生命維持装置のポーラだろうか。リリーナについてはどうでもよい。
そのトモダチがリリーナに対しどのような感情を抱いているのか知らない。恨んで何らかの仕返しがしたいのか、それとも慈愛の心ですでに許しており仲直りをしたいのか。はたまた何の関心もないのか。
それによって対応は変わる。ただトモダチに聞くのは怖い。名前を聞くのも嫌悪するほど憎んでいたり、復讐したいほど殺意に満ち溢れていたりしたら? 僕はそんなトモダチを見たくない。
だからここでしていることはリリーナの監視の面が強い。いずれ罪悪感が薄れ、トモダチの存在を邪魔に思い処分しようとした際に妨害し、トモダチを助けられるように。
いつまでも罪悪感を抱いているとは限らないのだから。
「うーん? でもそんなに大きな金額じゃないんでしょう? 大きな金額ならあの厩舎から出て行っていると思うし」
「なに? まだあそこにいるのか? そうなのかグレイ?」
そうだ、と答えそうになるも何とか言葉を出さずに耐える。僕はポーラの召喚獣で、リリーナの言葉は分からないはずなのだから。
「グレイちゃん? あのおじさんはまだ厩舎に住んでるの?」
「今も変わらず厩舎に住んでいる」
リリーナの言葉をポーラが言うことでボクは答えられる。
ボクが二人の会話を聞き取れるのは単純にこの世界の言語を覚えたから。一月で覚えられたのはトモダチのおかげだが。
トモダチの無差別翻訳は日によって多少の上下はあれど大体の範囲は決まっている。それを利用すればその範囲に出たり入ったりすることで翻訳と未翻訳を自由に聞き取り、言語を覚えることができる。
「そう。まだあの厩舎に……」
ポーラからの返答を聞き、気に病んだ様子。
あの厩舎、とポーラは言うがそれは最初の藁が敷き詰められていた頃の話だろう。厩舎のトモダチの部屋はすでに改造され、椅子やベッドなどがあり少し目を瞑れば十分快適と言える空間に変わっている。
「もう素直に謝っちゃえば?」
「それは出来ません! 父の教えに、貴族の在り方に反します! 貴族は領民を裁きます。時として兵を率いて戦います。だから貴族は間違えてはならない。たとえ間違えても正しいと言い張らねばなりません。もし私たちも間違える側だと思われれば、司法の信用がなくなり私刑が横行します。兵だって間違える人の指示に命を懸けません。貴族は、簡単に謝り、過ちを認めてはならない。発言全てに責任を負わねばならないのです」
「うちは領地持ちじゃないからそこまでの心構えはないけど、リリーナは真面目過ぎると思うよ?」
立場による責任と発言の重さ。それを知りつつも、公爵家の才女と言う期待に応えようとする気持ちがトモダチ、ただのおじさんという結果を受け入れられずに否定して不用意な発言をしてしまった。
それを今、リリーナは後悔しているのだろうが。
そんな都合はトモダチには関係ない。トモダチは捨てられたことでしなくても良い苦労をした。それについて立場だ何だと言って謝罪をするつもりがないならそれでもいい。僕がトモダチを守るだけ。
「それに早くしないと、かなり気まずいことになるよ?」
「それは、そうなんだけど」
結局その日もこれと言った解決策は出ずに終わった。




