おじさんは異世界で料理する
「すみませーん。少しここをお借りしたいのですがよろしいでしょうか?」
今日訪れたのは、学院の学食。さすがに貴族に出す学食だけあって設備が整っている。
ここには学院内で数少ない召喚獣ではない私の味方がいる。
「あん? ああ、あんたかい。良いよ、好きにしな」
学食のおばちゃんたちである。
学院長は様々な思惑があって私に厩舎と言う寝床を用意してくれたが、ここのおばちゃんたちは純粋に私を心配してくれた。私がこの世界の右も左も分からない頃にこっそりと食事を用意してくれた。
今は何とか自立し、その時の好意を返そうと思うも余裕がないので難しい。故に少々変わった方法で恩を返そうと思う。
「ありがとうございます。今日は出汁を作ろうと思いまして、もしよろしければご意見を頂けないでしょうか?」
「ふーん? 手が空いていたら見るよ。困ったことがあったらすぐに言うんだよ」
なんだかんだ言いつつも本当に面倒見の良い方々だ。自然と頭が下がる。
持ち込むのは昨日採れた山菜や干しキノコ、それとマイケルに見つけてもらった海藻だ。それと後のために小麦粉もある。
まずはそれぞれの素材が単品ではどんな味になるのかを確認しなければならない。混ぜ合わせて出汁を取るのは最後だ。
海藻も良く見れば日本に、地球にあった海藻とは異なる。これらもちゃんと確認しよう。
少量の出汁を取り、味を確認する。味が薄かったり、酷い味だったりしたのは弾くつもりだったが、どれも予想よりも濃い味を出した。
ここからどれを一緒に煮ると良い出汁が取れるか、調べていく必要があるのだがそれには途方もない時間と材料が必要になる。
しかしそれを短縮する方法がある。
「あのすみません。少し意見を頂きたくて、お手隙でしょうか?」
プロにお願いすることである。
勿論料理は出来る。男料理ではあるが、この歳になるまで続けてきたことであり決して腕が悪いとは思わない。しかしその道の専門家に勝るなどとは夢にも思っていない。
それに、これらの素材は日本の、地球の物ではない。この世界の物の調理はこの世界の者に任せた方が絶対に上手くいく。
「ずっと何をやっているのかと思えばスープ作りかい? 肉とかでならやったことがあるけどねぇ」
そう言っておばちゃんは一口ずつ味を確認する。
「それで、何を作りたいんだい? スープ?」
何に使うのかによって要求される味は変わる。それを伝え忘れていた。
勿論準備はしてある。出汁が取れるまでの時間に作っておいたうどんの麺が。
「なんだいそりゃ? パンかい?」
まだ茹でるどころか切ってもいない。これから伸ばすのだが。
こちらが大急ぎで友人に作ってもらった麵棒を取り出して麺にしている間に、おばちゃんは他のおばちゃんを集めて話し始めた。
「セーイチちゃん。他にはないの?」
「他には貝なども頼んだのですが、そちらはまだ伝手がないとのことで送れる目途はないと言われました」
麺を茹でている間にもおばちゃんたちは意見を出し合う。と思いよく聞けば近所の近況を話しているだけだった。しかし何故かそこから貝の仕入れの話に行く。
おばちゃんの会話時の思考はまるで分からない。
茹で上がったうどんの麺をおばちゃんたちの前に持っていくと、誰もが素手で一本ずつ麺を取り口に運ぶ。
「これに絡めるってことは、ソース?」
「スープでもいいんじゃない? パスタみたいなものでしょ?」
「薄いより濃い味の方が良い?」
「シンプルだから変に混ぜない方が良いわね」
たった一本の麺を食べただけで意見が一気に出始め、おばちゃんたちの間で熱い議論に発展した。
そしてついには私の作り方を見ていたおばちゃんたちが出汁班と麺班に分かれてうどんを作り始めてしまった。
こうなっては素人の私が入り込める余地はなく、こちらが手持ち無沙汰になっていたことに気付いたおばちゃんに遅い昼食を渡され、ジャガイモの皮むきなど雑用を言い渡された。
まあこれで、美味しいうどんが作られるというのであれば何の問題もない。
「これでどうだい?」
ついにうどんの試作品が出来上がった。目の前に十個のうどんが並んでいる。
様々な出汁を作り、麺の作り方も色々と工夫したのだろう。試作品が増えるのは当然。
一口ずつ食べただけで満腹になりそうだ。
一つ目はうどんと言うよりスープと言う印象が強く麺がただの具になっていた。これはこれでありだと思うが、望んでいたものではない。
二つ目は麺の主張が強く、先ほどよりもうどんに近い。しかしスープの味がしつこくラーメンにも似ている。うどんとラーメンの中間的な感じだ。求めていたものではない。
三つ目を食べて、ようやく私は気付けた。私が求めるうどんは作られないことに。
おばちゃんたちの腕は確かだ。初めて見て、作る料理を普通に美味しく仕上げてくるのだから。しばらく研究すればこの異世界に似合う立派なうどんを作れるようになるだろう。
しかしそれは、異世界のうどんだ。私が求めていたうどんではない。
料理とはその環境に適して形を変える。私が求める日本のうどんは、日本と言う下地の上に出来上がった。異世界の素材で、異世界の料理人が作るうどんが異世界のうどんになるのは当たり前だった。
勿論、私が長い時間をかけて研究し、情熱をもって当たればいずれは私が求めた味のうどんが出来上がるだろう。しかしうどん一つにそこまで時間と情熱を注げられるかと言えば無理だ。
しかし、この異世界のうどんは十分に美味しい。うどんを作ろうと思った目的の一つは十分に果たせる味だ。
「あ、トモダチ。何しているの?」
おお、丁度良く目的の一つが来た。
「グレイよ。お前でも食べられる料理を作っていたんだ。食べて感想を聞かせてくれないか?」
グレイは私も想像が出来ないほど発展した世界からやってきた。何せ宇宙の外に住んでいたと言うのだから。ただ発展したことで無くなった習慣がある。その一つが食事だ。グレイたちは栄養補給を点滴のような形で行っていたらしく、口を、顎を使った食事をしていない。そのため顎の力が弱く、肉を噛み切れず固いものを食べればすぐに顎が痛くなり疲れる。そのため食事なのにグレイはいつもスープを飲むだけだった。
それを解消するために、うどんを作ってみた。材料が満足に揃ったわけではないので、コシのある麺は作れなかったが、逆にそれがグレイにとって良かった。
グレイは席に座りうどんを食べる。
私にとっては違和感のある異世界風うどんだったが、グレイはうどんを食べるのは初めて。何の先入観無く食べられる。
「うん、これなら食べられるね。ありがとう、トモダチ」
「それは良かった」
グレイが喜んだ様子で食べてくれて安心した。これで目的の一つは達成できた。
本当に良かった。
何せ、もう一つの目的は失敗した。ここ最近消えることのない郷愁の念を少しでも紛らわせることには失敗した。これはうどんだが、私の知るうどんではない。異世界のうどんなのだ。
カルフォルニア巻きを食べても日本寿司を食べたとは思わないように、このうどんをどれだけ食べても日本のうどんを食べた気にはなれない。
結果的に郷愁を煽っただけだったかもしれない。
だがまあ、友人が喜んでくれたのであればそれで良かった。
ちなみに出汁作りのために集めた素材や、うどんを作るために友人に作ってもらった麵棒は全ておばちゃんたちに奪われた。
まあ、ここに来れば異世界のうどんが食べられるので文句は言えないのだが。
おばちゃんは強い。




