第45話 乙女たちの羞恥心
大変お待たせいたしました。
久しぶりのミユ視点のお話になります。
8月中旬、優斗達が西側領界方面への視察に出発した翌日――――
私は、マリクさんから命じられた『戦術魔法具の納品任務』のためカダイン伯爵領の南に隣接しているサーペント伯爵領へと出発しました。
優斗達が馬車の御者を除き8名で視察に向かったのに対して、こちらは総勢200名という大人数です。親衛騎士団長ハロルドさん率いる親衛騎士100名と、騎士団より騎士100名という内訳です。その他に、親衛騎士でもあり私の護衛でもあるアレンさんとエミール君、そして山賊の親分みたいな強面ですが、とても頼りになる『死神の巣』のガッシュさんと、リアナとカレンのメイドコンビも同行しています。
なぜこれだけの騎士が私と一緒にサーペント伯爵領に向かうのか?
残念ながら、私の護衛のためというわけではありません。
彼らの護衛対象は、納品予定の『戦術魔法具』攻撃用500個と治療用300個。
そして……マリクさんから私に課せられた宿題『空の戦術魔法具』1,000個です。
「ミユ! 移動中も怠らず『空の戦術魔法具』への魔力込めを頼みますよ!」
……という、マリクさんからの“ありがたい宿題”をいただいたので、馬車の中でゆっくりと景色を楽しむこともできず、ひたすら戦術魔法具の詰まった木箱に囲まれながら、常に腕を動かしている私なのでした。
(はぁ……少しくらいは旅の雰囲気を楽しみたいよぉ……)
そんな愚痴が出てしまいますが、毎日夜遅くまで『空の戦術魔法具』を量産しているマリクさんや、その材料を集めているシュリさん、エリスさんの苦労を無駄にするわけにはいきません。『苦あれば楽あり』、『やらなければならないことは、必ず先に終わらせる』が私のモットーなので、宿題は“行き”の行程で全部終わらせて、“帰り”は馬車の中でのんびりと旅を満喫したいと考えています。
◇◇◇◇◇◇
さて、カダイン伯爵領の中央街から、サーペント伯爵領までは南に進むこと3日の距離です。途中、ハロルドさんの実家であるギンガー男爵家が治める町と農村を1つずつ通過し、さらに南下するとサーペント伯爵領と接している『ソール村』があります。その村は、メイドのリアナの故郷とのことです。
今回の任務では、リアナはカレンと一緒に“私の世話役”として同行しているので、彼女にとっては久しぶりの里帰りになりますね。
「ミユ様のおかげでソール村は非常に賑わっているそうです。両親がとても感謝しておりました」
私がこの世界に来てから再現した料理はまだいくつもありませんが、フライドポテトなど塩を使うものが多いため、『岩塩』の採掘ができるソール村がかつてないほど好景気に沸いていることをリアナは笑顔で報告してくれました。
リアナの故郷話や、これから向かうサーペント伯爵領、そして火の神殿について色々と会話を弾ませながら馬車は順調に進んでいきましたが、この部隊の中に私を含めて女性が3人しかいないという事から、すぐ大きな問題に直面しました。
―――それは、化粧直し(トイレ)です。
そう……初めに恥ずかしい思いをしたのはリアナでした。
「ミユ様、“化粧直し”に行ってまいります」
初日の昼食時、部隊全体が行軍を止めて昼食休憩でくつろいでいる最中……リアナは私とカレンに向かってそう言うと、馬車に向かって歩いていきました。私達が乗っている幌付きの馬車には排泄用のゴミ箱型魔法具が積んであります。「えっ? トイレと一緒に移動!」と驚かれるかもしれませんが、この魔法具はものすごく高性能です。魔力を流せば瞬時に光の魔法で排泄物も臭いも無くなってしまうのです。
しかし、この魔法具にも欠点がありました……。
そう……『音』です。
この魔法具は音を消すことが出来ないのです!
私達がそのことに気が付いたのは、リアナが馬車の傍で警備している騎士に軽く挨拶してから馬車に乗り込み、しばらく経った時でした。
(シャァァァァ―――――――――)
(チョロチョロ………)
「!!!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!!!」
その音に、カレンと二人で顔を見合わせてしまいました。
リアナのものと思われる“水の音”が馬車から少し離れた所にいる私達にも鮮明に聞こえてきたのです。しかもその後、騎士が「終わったか……」とボソッとつぶやいた瞬間、当事者でもないのに恥ずかしさのあまり顔から火が出そうになりました。
その後、何も知らずに馬車から出てきたリアナにその事を話すと、「も、もうお嫁にいけません……」と泣いてしまう事態に………。
(これは早急に何とかしないと……)
(ミ、ミユ様……リアナの二の舞は勘弁です。)
(グスッ……旅の間、何度もこんな恥ずかしい思いをするのは……)
こうして、予想外の事態に3人で緊急対策会議を開くことになったのでした。
◇◇◇◇◇◇◇
「カレン、“化粧直し”の時だけ、御者や護衛に馬車から離れてもらうのは?」
「どの馬車にも『戦術魔法具』が積んであるので、警備上ダメですね……」
「私もそう思います」
「ミユ様、私達が用を足している時に別の音を立てるというのは?」
「カレン……それは「今、出しています!」って教えているようなものでは?」
「そ、そのとおりですね……」
う~ん……元の世界ではトイレは基本、男女別々の『完全個室』だったし、音が気になる場合は『水が流れる音』を出す機械がついていたりしたけれど……。この魔法具の出す音はとても小さいから……。
(そうだ! 音を遮断する結界のような魔法を私達の周辺に張れば!! ……ってどうすれば?)
魔法で解決できる可能性にたどり着いたものの、具体的なことは全くわからないので、とりあえず二人に相談してみると、結界には『風の魔力』を使用するものが多いとの知識を聞くことができました。しかし、当然のことながらメイドの二人にはそれ以上の情報がなかったので、護衛の中で比較的魔法が得意そうなエミール君を呼んで協力してもらうことに決定しました。
しかし、その直後!
(あっ! ……こ、これは……や、やだ!)
私の意志に反して尿意が襲ってきてしまいました。
「リ、リアナ……、カレンどうしましょう? “化粧直し”に行きたくなってしまいました……」
「「えぇ!!」」
私の発言に二人は顔を見合わせて慌てていましたが、しばらくすると落ち着きを取り戻し、何事も無かったかのように『例の魔法具』を馬車内の真ん中に設置し、御者の方向から見えないように幕を張りました。後方の幕は常に閉まっている状態なので問題ありません。
「「さぁ、どうぞ!」」
準備が整ったと、私に化粧直し(トイレ)を勧めてくる二人ですが、リアナが受けた辱めを思い出すと、素直に魔法具に跨る気持ちにはなれません。
「い、いえ……でも……その………」
「ミユ様、諦めてください!」
「そうです! 私だって恥ずかしい思いをしたのですから!」
二人は力説しながら私の腕をとり、魔法具のほうへと背中を押して誘導します。
最初は抵抗した私ですが、抵抗すると余計な力が下腹部に加わり、危うく漏れそうになってしまったので、観念してスカートの裾をまくり、大人しく魔法具に跨りました。
「……ぴちょんっ……チョロチョロ……ジョロ! シャァァァァ――――――」
(は、恥ずかしい~~~~~~~ぃ!!)
両手で顔を押さえるしかありません。そっと出せば音が抑えられるかと思いましたが結局は不可能で、かえって不自然な感じになってしまいました。
しかも―――――――――
「プッ!」
(!!!!!!! いゃぁぁぁぁぁぁ!!)
出てしまいました! 出てしまいました!
空気が、空気が、空気が―――――――――――!!!!
(し、死にたい! 死んでしまいたい!!)
あまりの恥ずかしさに全身の毛穴から汗が吹き出してきます。
顔を覆っていた両手が、無意識のうちに頭をかかえて髪をモシャモシャとかき乱しています。
(こ、この恥ずかしさを誰かに代わってもらいたい――――――!!)
……ん?
………誰かに代わってもらう?
…………そんなこと………あれ?
―――――デキちゃうかも!!
「……こほんっ!」
聖女らしからぬ悪魔のような打開策が思い浮かんだ私は、気持ちを落ち着けるために一つ咳払いをすると、平静を装いながら……かつ、周りの騎士にわざと聞こえるように声を出したのでした。
「あら? カレン大丈夫? お腹の具合でも悪いの?」
「えっ?」
「……ミユ様? な、何を………あっ! ああっ!!!」
リアナは私の意図に気が付かなかったようですが、カレンは少し考えて、自分に汚名が転嫁されたことに気が付いたようです。
「そ、そんな! 今、用をた……」
(その先は言わせない! カレン、悪いけど少し眠ってもらうわよ!!)
私はカレンの口を塞ぐべく、瞬時に“当て身”のための風の魔法を作り出し、彼女に向けて射出しました!
―――――――――が、あまりに急いだために狙いが外れ………
「あっ!」
馬車の幌に命中!
予想外に威力があったのでしょうか?
幌が大きな音を立てながら右前方に吹き飛びました!!
そして、幌が無くなった後に残されたのは…………
「……あ、あれ? あれ?」
排泄の魔法具に跨っている聖女のあられもない姿なのでした。
驚愕! 硬直!
そして開いた口が塞がらない状態の騎士の方々……
妻や恋人であっても通常は見ることが無いであろう“その光景”に絶句しています。
「い、いやぁぁぁぁぁ――――!! 見ないでぇ―――――――っ!!!」
私の叫び声が、空しく広野に木霊するのでした………
◇◇◇◇◇◇◇
「なんで? なんで私がこんな目に? おかしくない?」
旅の初日の宿泊予定地、ギンガー男爵家が治めるベルの町に無事到着すると、私は一目散に宿のベッドに飛び込み、さっそくメイドの二人に愚痴をもらしました。
「私に汚名を転嫁しようとした“天罰”じゃないですか?」
「聖女が天罰を受けるなんて……ふふっ……」
カレンとリアナの呟きに「むぅ~っ」と口を尖らせながら、ベッドの上でジタバタと手足を動かしてストレス発散に励む私……。
この世界に転移してからというもの、私は何故か“三枚目キャラ”になっているような気がします。元の世界では『優等生』キャラだったはずなのに……
≪お姉ちゃんスゴイ!≫
優斗にそう言ってもらえることを生きがいに、どんな苦手な分野にも体当たりしていくのが私のスタイルなので、最近優斗と離れていることが多く、直接優斗の前で『頼れるお姉ちゃんPR』が出来ないことが原因のように思えます。
きっと、少し歯車が噛み合っていないのでしょう……。
(一日でも早くこの任務を終えて、優斗パワーを補充しなくては!!)
ベッドに寝転がりながら、天井に向かって気合いを入れます。
「むんっ!」
気を取り直して身体を起こすと、忙しそうに部屋を整えていたリアナとカレンの二人が笑顔を向けてくれました。きっと、私がさきほどの恥ずかしい一件から立ち直ったと思ったのでしょう。
私も二人に“大丈夫”と微笑みを返しました。
◇◇◇◇◇◇
コンコンッ!!
メイドコンビにより整えられた室内で、お茶を飲みながらゆっくりと寛ぎ始めた時、部屋のドアがノックされました。
「ミユ様、失礼いたします!」
「失礼いたします……」
そう言って室内に入って来たのは、私の護衛でもあり親衛騎士長でもあるハロルドさんと、彼に良く似た年配の男性でした。
「初めてお目にかかります。私はこの地を治めております男爵位のハーラー・ギンガーと申します」
(ハロルドさんのお父さん!?)
私の前で丁寧に頭を下げているギンガー男爵に、私も近づいて礼をとります。
「こちらこそ、いつもハロルドさんにはお世話になっています……」
そう言って互いに挨拶を交わした後、ギンガー男爵がゆっくりと顔を上げました。
(!!!!!!!)
一瞬ですが、私に注がれた冷たい視線に背筋が「ゾッ」としてしまいました。
……気のせいだったのでしょうか?
今、男爵は穏やかな表情で私に微笑んでいます。
(気のせいだよね……)
この時、私が感じた“嫌な感覚”を正確に読み取っていたのは一人だけ……
部屋の外で待機していた強面のあの人だけだったのです。
『死神の巣』のガッシュさんは、ミユの護衛をしてくれています。
一応、魔王であるユウトの『姉君』様なので……。
いつも応援ありがとうございます。
頻繁に更新できずに申し訳ありません。




