第30話 聖女?の交渉(前編)
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暗殺者襲撃の一報に、
急いでカダイン伯爵領へと帰還するミユ達です。
カダイン伯爵領からもたらされた『暗殺者による襲撃』の一報からすぐに、私は先行したマリクさん、レイシアさんを追いかけるように、アストリア侯爵家の騎士団総長シュリさん、水の神殿の神殿騎士エリスさんと共にカダイン伯爵邸へと急行しました。
私は馬に乗れないので、シュリさんの馬に相乗りさせてもらうことになったのですが、そんな細やかな幸せを感じる間もなく、馬の速さと揺れに振り落とされないようにすることで無我夢中でした。
途中の町や村で馬を交換し、休憩もわずかで移動しましたが、ついに三人とも力尽き、陽が落ちたところの村で宿泊することにしました。
そして翌朝……朝食のために宿のロビーに移動した私は、シュリさんとエリスさんと挨拶を交わした直後、とても重要なことを思い出したのです。
「あぁっ!!」
「ミユさん、どうしました?」
シュリさんもエリスさんも、私が突然大声を上げたので驚いています。
「す、すみません…。私、今とても重要なことを思い出しました」
「あら? いったい何でしょうか?」
エリスさんがブルーサファイアのような瞳を輝かせて身を乗り出してきます。シュリさんもキョトンとした表情で私の次の言葉をジッと待っています。
「…えっと…私…『癒しの力』があるのでした…」
「!!!!!」
「!!!!!」
「ご、ごめんなさい!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
そんなわけで、本来であれば馬を乗り継いで飛ばしても2日かかる行程をシュリさんとエリスさん、そして“馬”に『癒しの力』を使用し、時折私の疲労回復のために休憩を入れながら移動した結果、昨日よりも大幅に時間を短縮することができ、先行したマリクさん、レイシアさんよりに遅れること3時間ほどで二人に合流することができました。
私達が合流したところは、ユウト達が襲撃された現場から200mくらいの所にある町の集会所でした。すでに騎士団によって建物周辺が取り囲まれているので、おそらくあの中に暗殺者達がいるのでしょうが、それほど緊迫した様子には見えません。
集会所から離れた位置に移動してもらい、少し息を切らせながらシュリさんの馬から降りると、私達の姿を見つけた護衛騎士のハロルドさん、アレンさん、ビリーにエミールくんの4人がすぐに駆けつけてきました。
「ミ、ミユ様! も、申し訳ありません。私達が護衛の任に就いていながら、ユウト様を敵の手に…」
開口一番で謝罪するハロルドさん、他の3人も私の前に片膝をついて頭を下げています。優斗があの集会場の中で暗殺者達の人質になっているということなのでしょうか? 急に不安と恐怖が身体中を駆け巡り、背筋がゾッとしました。
「優斗は! 優斗は無事ですか?」
私がそうハロルドさんに詰め寄ると、現在の状況を良く知っているであろう騎士団総長のゼガートさんが、マリクさん、レイシアさんと一緒に現れました。良く見るとレイシアさんの後ろに小さくなったマリーカさんとライナちゃんが付き従っています。
(…レイシアさんから説教でもされたのかしら……)
「ミユ、ユウトのことは心配ない…。ユウトはかなり“丁重”に扱われているはずだ。護衛もシーリスが建物内に拘束されているが、その他はこの通り全員無事だ」
どうやら優斗はシーリスと一緒に暗殺者達に建物内に監禁されているようです。それにしても『丁重に扱われている』とは、どういうことなのでしょう?
「あの、優斗が丁重に扱われているというのは?」
「それは、私から説明しましょう」
マリクさんが腕組みをしながら大きく溜息をつきました。
「ユウトは襲撃された際に暗殺者達の前で『銀色の魔力』を発現させたそうです」
「!!!! そ、それって!!」
「そうです…ユウトは闇属性たちの希望の星、『魔属性』所持者だったということです。全く……ユウトが魔属性を持っていることがわかっていれば、事前に対策が取れていたものを……」
悔しさを滲ませながら、マリクさんが呟きます。私も魔法を勉強した時に闇属性の人々の歴史やエメラダ神教中央派による現在の迫害状況は聞いていたので、優斗が魔属性所持者という事実に戸惑ってしまいます。
「ど、どうして今までユウトの魔力属性がわからなかったのですか?」
「そなたのせいだろう」
「ミユのせいだな…」
「ミユ様のせいですね」
「えぇっ?」
マリクさん、ゼガートさん、レイシアさんから予想外の一斉攻撃を受けて怯んでしまいました。
「な、なんで私のせいなのですか?」
「ミユ! 以前馬車の中で私が開発した『魔力属性を判定する魔法具』を爆発させたことを忘れたとは言わせませんよ!!」
「………あっ! そ、そんなことも…ありました…ね。…て、テヘッ♪」
「『テヘッ♪』では無い! 今、私も角白金貨2枚をミユに請求するのを思い出しました。しっかり返してもらいますよ!」
(に、2,000万円!! む、無理ですって~)
と、とりあえず、一刻も早く話題を変えたほうが良さそうです。
「そ、それはそうと、今は一体どういう状況なのですか? それから、どうすれば優斗を助けられますか?」
私が苦し紛れに慌てて質問したことに答えてくれたのは、やはり大人でいつも冷静なゼガートさんでした。
「ユウトは、暗殺者組織『死神の巣』は元より、闇属性所持者たちにとって、自分たちを導く『魔王』となるべき人物ということで、とても大切に扱われている。奴らは襲撃の後、すぐにユウトを連れて国外退去しようとしたのだが、ユウトが瀕死のシーリスの治療を行いたいと、そこの集会所に入ることになり、そこを我々が逃げられないように包囲したというわけだ」
「それで、シーリスの容態は?」
「うむ、ユウトが『回復の魔法具』を使用して一命は取り留めたそうだが、魔法具では限界があったのだろう…。意識はあるが、まだ起き上がれないらしい」
(・・・・・・・・・・・・・)
「そこで、先方の要求は二つ。一つはユウトを連れて無事に国外退去したいとのこと、もう一つは、要求回答の使者にはミユを寄越すようにということだ」
「私に……」
「おそらく、後者はユウトの要望だろう。姉であるミユに会いたいのもあるだろうが、『癒しの力』をシーリスに使って欲しいのだと思う」
「わかりました! すぐに集会所に行きます!」
私が大きな声で返事をし、気合いを入れて集会所の方に身体を向けると、慌てた様子でレイシアさんをはじめ護衛騎士の面々が私の進路に塞がりました。
「お、お待ちくださいミユ様! ミユ様は『死神の巣』とどのように交渉を行うつもりですか?」
「えっ? 集会所に行って、優斗の安否を確認して…シーリスの治療をして……、暗殺者の方達には………えっと……何て話そう?」
ガクッ――――――――――
私の回答にその場にいる全員が呆れて脱力してしまったみたいです。シュリさんやエリスさんまで頭を抱えています。
(えっ? えっ?)
皆から『残念な子』を見るみたいな視線を浴びることになり困惑していると、マリクさんが大きな溜息をつきながら私の右肩に手を置きました。
「ミユ、そなた…元の世界では、『中学校の生徒会長』という学生達のまとめ役をやっていたと言っていたが、本当なのか? そなたのように考え無しに行動する人物に務まるわけがあるまい」
(うっ……返す言葉がないです。でも、生徒会長だったのは本当ですから…)
私が反論できずに口を尖らせていると、先方の要求の意味合いについて教えてくれました。
「先方は、ユウトを『死神の巣』に連れて帰り、大陸全土に散らばっている闇属性たちに招集をかけ、彼らの秘する『安楽の地』に闇属性所持者のための国を建国しようと考えている。もちろん、その国の王はユウトになる」
(・・・・・・・・・)
「それを踏まえた上で、『姉であるミユ様もご一緒に参りませんか?』と言われたら何と答える?」
「『ありがとうございます。お言葉に甘えて二人でお世話になります』…かな?」
ガクッ――――――――――(2回目)
再びその場にいた皆が溜息とともに肩を落としました。いつも冷静なゼガートさんが少し怒っているように見えるのは気のせいでしょうか?
「ミユ! もっとよく考えろ!! そなた達二人がいなくなったら、このカダイン伯爵領に住む者達はどうなる? それだけではない、北のアストリア侯爵領や南のサーペント伯爵領に住む者達にも影響する一大事ということを理解しているか!!」
ゼガートさんの一喝に身が引き締まりました。確かに良く考えてみれば、今回の件での私達姉弟の決断は、周りに予想以上の大きな影響を与えてしまうみたいです。
「ゼガートさん…いえ、皆さんごめんなさい。私の考え不足でした……」
その場にいる全員に向き合って深々と頭を下げて謝罪しました。私達姉弟がこの世界に大きく関わってしまっていることに今更ながら驚いてしまいますが、これも運命なのかもしれません。
「いや、ミユ…。私も大声を出してすまなかった…。そなた達をマリクが勝手に召喚し、我々を救済してもらうために色々と尽力してもらっているのにな…。私のほうも自己中心的だった。許せ…」
そう言ってゼガートさんも私に頭を下げました。しかしその背中にはカダイン伯爵領の大勢の人々の命を背負っていることがヒシヒシと伝わってきます。私もこの領内の人のために改めて頑張ろうと思いました。
「えっと、ゼガートさん…そして皆さん。それでは、集会所でどのように相手方と交渉すればよいでしょうか? 色々と教えてください」
私が周りを見渡しながら意見を聞くと、マリクさんが背後から二人の人物を呼び寄せました。現れたのは内政・財務長官のクレインさんと、農務・工務長官のランドルフさんです。
「クレイン、ランドルフ! 近くの宿を借りてミユに今回の件での『交渉術』を叩き込んでください。…2時間でいけますか?」
「マリク様はいつも難題を課せられる…。しかし、今回は大丈夫でしょう」
「交渉に関してはカトリーヌのほうが適任なのですが…お任せください」
二人とも了解の返事をマリクさんに返しながら、私の前で軽く会釈をしました。
「さぁ、それではミユ様、参りましょう!」
「暗殺者の前でも怯むことのないようにビシバシ指導いたしますよ」
(えっ…ちょ、ちょっと待って! 心の準備が…)
そんな私の心の叫びを聞くことなく、私は二人に両脇を固められながら近くの宿まで連行されたのでした。
◇◇◇◇◇◇◇
―――― 2時間後 ―――――――――――
クレインさんとランドルフさんに、今回の件での『交渉術』を叩き込まれた私は、シュリさん、エリスさん、レイシアさんの三人と『死神の巣』の暗殺者と優斗、シーリスがいる集会所へと足を運びました。
コンコン!
「優斗の姉、美結です。今回の件、あなた達の要求に対する回答に参りました。中に通してください」
少し大きな声で扉に向かって声を掛けると、中から30代の男性が出てきました。
「うっ!! な、中に入れるのは、あなただけです。他の方はご遠慮願います」
明らかに私の左右を固めるシュリさんとエリスさん、そして背後のレイシアさんの姿を見て驚いた様子の男性は、予想通り私の入室しか許可しないと言ってきました。当然こちらとしては、それを受け入れるわけにはいきません。
「ここにいる3人は私の護衛というだけでなく、アストリア侯爵家、水の神殿、カダイン伯爵家の使者でもあります。『死神の巣』との対話を望んでいるので同席を許可願います。認められないのであれば、認められるまで包囲は続けさせてもらいます」
「わ、わかった。上の者と相談するので、この場で少し待ってくれ」
そう言うと、扉の内側に入りバタバタと2階へ駆けあがって行く音が聞こえました。そして、しばらくして階段を降りる音が聞こえてくると、先ほどとは違う50歳代の顔に傷のある強面の男性が出てきました。
「“若”の許可が出た…。武器を入口に置いてから2階へ上がってくれ」
少しドスの効いた低い声で言われて内心ビクビクしましたが、それを外面に出すことなく4人で二階へ続く階段を上っていきました。
◇◇◇◇◇◇◇
2階に上がると、部屋の中央に灰色の髪をした一人の若い男性が立っていました。その後方、部屋の一番奥にあるソファに優斗と、青年と同じ灰色の髪をした若い女性が座っています。シーリスの姿はここには無いので、おそらく1階のどこかに寝かされているのかもしれません。
私としては、すぐにでも優斗の名前を叫んで駆け寄りたい気持ちで一杯ですが、今の状況ではそれは叶いません。優斗もそれを察してか、大人しくこちらを見つめています。
「ユウト様の姉上ですか? 私は『死神の巣』の暗殺者でグレイ、ユウト様の隣に座っているのは妹のソアラです。貴方達を案内した強面の男はガッシュといいます。他にギルスとデルガドという5名です」
予想外に丁寧な挨拶と自己紹介に、私のグレイさんに対する好感度が上がりました。まだ若いのに落ち着いた様子で応対する姿からも、この中のリーダーであることは明白です。これならこの後の交渉も円滑に進むかもしれません。少し胸を撫でおろしたところで、私も挨拶を返します。
「はい。私が姉のミユです。それから、こちらの男性が…」
と3人を紹介しようとしたところで、グレイさんにより言葉が遮られました。
「知っています。『光の騎士』に『水の女神』、そして『雷帝』でしょう? この顔ぶれを揃えられたら、我々は“死”を覚悟しなければなりません。できることなら我々の要求を全面的に受け入れて欲しいところです。そうでなければ、不本意ながらユウト様とシーリスさんを人質扱いしながら退去しなければいけなくなります」
「……そして、退去しながら闇属性所持者に呼びかけて援軍を募っていく…。時間が経てば経つほど徐々に私達が不利になってしまいますね」
彼の言葉に続けて私が発言しニコリと微笑むと、グレイさんもソアラさんも驚いて目を見開きました。
「驚きました…。聖女様は洞察力がありますね。さすがはユウト様の姉上です。全く外見は似ていませんが…」
(うぐっ………)
いつもの事で慣れてはいるのですが、地味にダメージがある言葉です。とりあえず何とか表情に出さずに耐えることができました。
「さて、それでは我々の要求への回答を伺いましょう。その後で他の方のお話もお伺いします」
グレイさんが真剣な表情となり、私の目を真っ直ぐに見つめてきます。しかし、私にはまだ確認すべきことが残っているので、彼には悪いのですが先にそちらを優先させてもらいます。
「いいえ、回答より先にシーリスの治療をさせてください。この階には姿が見当たらないのですが…」
「シーリスさんの容態は急を要するものではありません。あなた方の回答がどうであれ、必ず後で対面させることをお約束するので、是非先に回答を伺いたい」
グレイさんがハッキリとした強い口調で私に迫ります。その時、後方の優斗が私に向けて軽く頷いているのが見え、シーリスが無事であること、そして容態が緊急を要さないことが確認できました。
「それでは、私たちの回答を結論から先に述べさせてもらいます!」
そこで私はいったん言葉を止め、軽く息を吸い込んでから言葉を発しました。
「あなた達の『優斗と共に国外退去』という要求ですが、その要求を呑むわけにはいきません!」
私の回答に周囲の空気がピリピリと緊迫したものへと変わっていきます。
(ここからです。ここからが話し合いの始まりです!)
汗で濡れた手の平をグッと握りしめて、私は次に発する言葉を用意したのでした。
クレインさんとランドルフさんに教え込まれたことを活かして
グレイさんとの交渉に臨みます。
内心は、心臓がバクバクしているミユなのでした。




