第28話 アストリア侯爵家にて
お待たせしました。
ユウトへの襲撃が気になりますが、まずはこちらから…
マリクさんから「暗殺者の襲撃があるかもしれない」と宣言されてから3週間、緊張して生きた心地がしませんでしたが、特に何事も起こらずに平穏な日々が過ぎていきました。
今、私はマリクさん、レイシアさんの2人と近衛騎士20名ほどを引き連れてアストリア侯爵領を訪れています。侯爵領は、カダイン伯爵領の北に隣接し、アストリア侯爵家は、マリクさんの上司(寄り親)で派閥の長にあたる存在とのことです。
私達がこの地を訪れた理由は、前アストリア侯爵・アルフレッド様から『私』への招待状が届いたことが発端でしたが、マリクさんはこの機会に先方と話しておくべきことがたくさんあるということで、一緒に同行することになりました。外交・商務長官であるカトリーヌさんは、先に現地入りをして場を整えてくれています。
また、私の護衛にハロルドさん達4名の親衛騎士ではなく、レイシアさん1名だけが就いている事ですが、出発前に少しありました……。
◇◇◇◇◇◇
アストリア侯爵家への出発を明日に控えた日、マリクさんと私達姉弟、そしてそれぞれの護衛騎士の面々が、カダイン伯爵邸の会議室に集められました。そんな中、マリクさんから発せられた情報にレイシアさんが驚きの声を上げました。
「エリスが来ているのですか!!」
「そうらしい。私もなぜ『水の神殿』の神殿騎士である彼女が、アストリア侯爵家に出向いているのかと思ったが…おそらく“奴”から情報が入ったのだろう。」
「ミユ様の件を聞きつけて、『水の神殿』としては、何かしら1年後の開戦に向けて後援をして恩を売っておきたい……ということでしょうか?」
「おそらく、そうでしょう。味方が増えるのは良いのですが、『神殿派』が我々にいったい何を協力できるというのか……」
そう言って腕組みをしたマリクさんは、アレンさんの方へと目を向けました。
「マ、マリク様…。いくら私が『神殿派』のエメラダ神教の教徒でも、上層部の考えはわかりません。それよりも、エリス様とレイシア様は、中央の騎士学校で同級生だったと聞いています。お二人で直接話せば、より情報が得られるのではないですか?」
「絶対に嫌です!!!」
レイシアさんの即答にその場にいるマリクさんを除く全員の顔が青くなりました。周りの雰囲気が一気に怪しくなり、このまま解散すれば誰かに被害が及びそうな予感がします。私の視界には、私と同じ事を感じている様子のシーリスとライナちゃんの泣きそうな顔、そして優斗の「何とかしてよ、お姉ちゃん…」と訴えかけているような視線が入ってきています。
(……う~ん…仕方ない…お姉ちゃんは頑張りますか!)
「え、え~と…レイシアさん? エリスさんという人はどういう人なのですか?」
まずはレイシアさんから情報を少しでも得ることが大切です。このピリピリした雰囲気の中、声をかけるのは勇気が要りますが、ユウトの前で良いところをみせたい私は頑張って質問を投げかけます。
「ミユ様…。エリス…エリス・フェアリーは、マリク様が言われたように『水の神殿』の神殿騎士です。中央の騎士学校では、私と同じ歳で…彼女は『主席』で卒業しました。私とともにドラゴンを倒し、共に『二つ名』を得た仲です……」
(な、なんだかレイシアさんのテンションが下がっていますよ…)
おそらく、エリスさんは優秀な方でレイシアさんは何か劣等感を抱いているのかもしれません。何とかレイシアさんの気持ちを盛り上げたいところ…ですが、空気を読まないマリクさんが追い打ちをかけてしまいました。
「レイシアは『次席』卒業だったのです。そして、世間から付けられた『二つ名』も、男勝りで乱暴なレイシアは『雷帝』、それに対してエリスはとても美しく、女性らしい振る舞いで、男性からの人気も高く『水の女神』…ですからね」
!!!!!!!!!!!!!!!!!!
(な、なんという事を!!)
レイシアさんは下を向いてしまい表情が全く見えませんが、手がふるふると震えているのがわかります。さらに時折、こぶしから紫色の光が発せられているように見えます。きっとそれ以外にも色々とあったのでしょう…。全身から負のオーラが漂っているように思えます。
そんな時、優斗が場を少しでも和ませようとしたのか、レイシアさんに声をかけました。
「レ、レイシア! エリスさんは苗字が『フェアリー』なのに『水の妖精』じゃなくて、『水の女神』なんて変だと思わない?」
「「「「??????」」」」」
(…うん、優斗、みんなポカーンとしているよ…)
意味が全くわかっていない会議室内のメンバーは、私に説明を求めてきました。
「え~と、私達の世界では『フェアリー』というのは『妖精』という意味なんです。『女神』は『ゴッデス』と言います。他にも色々と言い方はありますが…」
そう説明すると、聞き耳を立てていたレイシアさんの魔力が、どういうわけか少し落ち着きを取り戻したように感じました。そして、彼女の気持ちを盛り上げる良い方法を思いつきました。
「レイシアさん。良い機会なので、エリスさんに貸しを作ってあげましょうか?」
「えっ? ミ、ミユ様?」
(お、食いついてきましたね…)
「エリスさんは、私に関することで何か要望があるのでしょう? それなら、私が『水の神殿』側の要望を受け入れない態度を取って、その後レイシアさんが間に入ってから了承したとすれば…」
「な、なるほど! エリスに大きな貸しを作れます!!」
レイシアさんの顔がたちまち明るくなりました。そして悪代官のような悪い顔になっています。
「フフフッ、あのエリスに貸しを……フフッ……ウフフフフッ」
◇◇◇◇◇◇
…という事があり、レイシアさんもアストリア侯爵家に同行することになりました。そしてその間、優斗の護衛戦力が減少することから、私の護衛全員が優斗の護衛に回ることになったというわけです。
さて、アストリア侯爵家についた私達ですが、馬車を降りた私への視線がものすごいです!
「ク、クリスティーナ様?」
「髪の色が違うが、本人にそっくりだ!」
「ご主人様がお会いになりたいとおっしゃったとか…」
「なるほど…ここまで似ていればな…」
そんな人達のヒソヒソ声や熱視線を通り抜け、邸内へと入ると、先に到着していたカトリーヌさんが出迎えてくれました。
「マリク様、ミユ様、お待ちしておりました。先にマリク様と私は会議室にて侯爵家の面々と打合せがございます。ミユ様とレイシアは、応接室でしばらくお待ち願います。おそらく2時間程かと思います」
(に、二時間!!)
2時間部屋で待つのは大変なので、庭や邸内を散歩してよいか聞くと、
「ミユ様、お行儀が悪いですよ」
「そなたが歩き回ると、クリスティーナ様に似ていることで邸内の者を驚かせるでしょう…。おとなしく待っているように」
案の定、カトリーヌさんとマリクさんに止められてしまいましたので、仕方なくレイシアさんと応接室で待つことになりました。
◇◇◇◇◇◇
応接室で待つこと2時間…。
ようやくマリクさんとカトリーヌさんが戻ってきました。
「お待たせしました。打ち合わせも無事に終わりましたので、次はいよいよアルフレッド様との面会になります。さぁ、参りましょう」
アストリア侯爵家の方々との打ち合わせは、大きく分けると二つあったそうです。
一つは、優斗のことや訓練のこと、そして戦術魔法具のことなどを説明した『開戦準備の状況報告』、もう一つは『小麦の食糧への転用について』が話し合われ、まずは試作のための小麦の輸入スケジュールを取り纏めたそうです。
カトリーヌさんの先導のもと、謁見室へと向かいます。私の前を歩くマリクさんも、後ろを歩くレイシアさんもアストリア侯爵邸は、馴染みの場所といった様子で、平然としていますが、普通の女子高生だった私にとっては、こんな『宮殿』のような建物を歩くことすら初めての体験です。
カダイン伯爵邸は『お金持ちの大豪邸』という印象でしたが、ここは『高貴な方が晩餐会などを行う特別な場所』と表現したら伝わるのでしょうか…。とにかくカトリーヌさんの行儀作法も忘れてキョロキョロとあちらこちらを見てしまい、挙動不審者になってしまいました。
そうして、到着した謁見室。衛兵によって重々しい扉が開けられ入室すると、前方の階段上に豪華な椅子が一つ置かれています。玉座と呼べばよいのでしょうか? 本当にアニメや映画で観たことがある『お城で王様と会見する場所』そのままです。室内中央に大きく敷かれている赤いカーペットもとても上品で重厚です。
「ミユ! 控えなさい…」
室内を見回していた私に、マリクさんがアルフレッド様の来訪を教えてくれました。あわててカトリーヌさんを見本にしながら片膝をつき、右手を左胸の辺りに置いて頭を下げて待機します。すると玉座の方向に人の気配がして、そこから私達に声が掛けられました。
「皆よく来たな。さぁ堅苦しい挨拶はよい。面を上げよ」
とても優しい声が室内に響き渡り、私たちは一斉に顔を上げて立ち上がりました。
姿勢を正して正面を向くと、玉座の前には長身でとても気品のある白髪の紳士が立っています。しかし、その顔色はあまり良くなく、痩せていてお疲れの様子なのがわかります。
「おおっ!! これは驚いた…絵を観た時も驚いたが、実物は本当にクリスティーナそっくりだ…。本当に…そっくりだ…」
アルフレッド様はそう言葉を発すると、頬に流れて落ちる涙を拭こうともせず、ゆっくりとした足取りで階段を下りてきます。広げられた両手はきっと私を求めているのでしょう…。私の心がアルフレッド様に共感したようで、無意識に足を一歩前へと踏み出してしまいました。
「ミ、ミユ様! お控えください」
カトリーヌさんが小声で私を制しますが、
「いや、よい。ミユ、アルフレッド様を頼む…」
マリクさんが、そのままアルフレッド様の元へ行くように許可をくれました。
室内にいるアルフレッド様の護衛も執事と思える方も、私に悪意がないことを感じ取ってくれた様子で、その場を動かずに見守ってくれています。
私はゆっくりとマリクさんの横を抜け、アルフレッド様の前へと進み出ました。するとアルフレッド様は私の前まで来て立ち止まると、広げていた両手でしっかりと私を包み込むように抱きしめ、声を抑えながら泣き続けました。
「クリス…、クリスティーナ…」
クリスティーナさんが亡くなって、よほど悲しかったのでしょう。そしてその後も辛いことがたくさんあったのでしょう。立場上、感情を表に出せないことも多々あったのだと思います。そんなアルフレッド様の心の痛みが私に流れ込んでくるようで、私も自然と両手をアルフレッド様の背中に回してギュッと抱きしめました。
…そして、アルフレッド様を癒して差し上げようと思いました。
(我が身体の内なる聖なる力よ…我に応えよ…)
マリクさんに教わったことを思い出し、アルフレッド様を癒すために私の周囲を聖属性の魔力で覆います。私のこの行動に、アルフレッド様の護衛が急いで駆け寄ってきましたが、マリクさんとレイシアさんの説明を受けて怪訝そうな顔をしながらも様子を見守っています
「ク、クリスティーナ?」
「アルフレッド様、どうですか? お身体を癒して差し上げたくて…」
アルフレッド様は最初驚いていましたが、聖属性の金色の魔力に癒されている状態が本当に気持ち良かったのか、癒しが終わるまで目を閉じて私に身体を預けてくれていました。
◇◇◇◇◇◇
「ミユ…。そなたのおかげで身体だけでなく心も軽くなった。感謝する」
アルフレッド様は、私の癒しが終わりクリスティーナ様への思いが落ち着くと、私にお礼を言って玉座へと戻りました。
「そして、マリク……そなたは、私にこの娘をどうせよというのだ? 『聖属性』を持つ娘…おおよその察しはつくが…」
「はい。是非ともミユと弟のユウトに、アストリア侯爵家の庇護をお願い致したいと思っております」
「ふむ…なるほど…。私の養子にするのは構わないが、今の時勢で大丈夫なのかが心配だ。今後、ザナッシュ公爵に我らが敗れれば、二人に危険が及ぶ立場でもあるからな…」
そう言って考えるような仕草をすると、
「心配には及びません。まず、現状でザナッシュ公爵に敗れる可能性は低く、万が一敗れた場合には、『水の神殿』が保護してくれる手筈となっております」
(!!!!!!!!!!!!!!)
「えっ? マリクさん、それって」
「マリク様! ま、まさか!!」
私もレイシアさんもマリクさんの発言に驚き聞き返しました。
「うん? この前の会議にエリスが同席していたので、私が先に話をまとめておきました。『水の神殿』の要望は、今後『中央派』と争う際に、ミユを聖女として旗頭としたいということでした。その見返りとして、ザナッシュ公爵との戦争における全面協力を申し出てくれましたよ。資金や食料だけでなく、武器や戦術魔法具を作るための材料なども多数都合してくれるそうです」
ニコニコ顔で話を続けるマリクさんですが、私とレイシアさんは予想外の事態に呆然としてしまいます。
「ミ、ミユ様…。エリスに貸しをつくる筈では…?」
レイシアさんの言葉に、返す言葉がありません…。
そんな時、二人の人物が謁見室に入室してきました。
「お祖父様、お話はまとまりましたか?」
「アルフレッド様、失礼いたします」
(シュ、シュリさん!!!)
「エ、エリス!!!」
シュリさんの登場に驚いた私でしたが、レイシアさんは一緒に入室してきた女性に驚いています。この人がエリス・フェアリー『水の女神』なのでしょう。
エリスさんは、色白で美しく長い青い髪…。細身で長身、まるでモデルか女優さんのようです。もしも耳が尖っていたら『エルフ』はこんな感じかしら…という印象です。
(確かに…これは『水の女神』ですね…)
あまりの美しさに見とれていると、今度は金髪の美男子が私に話しかけてきました。
「ミユさん、お久しぶりです。改めて自己紹介いたします。私はシュリ・アストリア、亡きリゼル・アストリア侯爵の養子です。現在は侯爵家の騎士団総長を任されています」
「えっ? アストリア?」
シュリさんがアストリア侯爵家の方と聞いて驚きました。騎士団総長ということは、アストリア侯爵家の騎士には違いないけれど…。先日は素性を隠していたのですね…ひどい。表情は平静を装いつつ、内心動揺していると、今度はエリスさんが話かけてきました。
「ミユ様、お初にお目にかかります。『水の神殿』の神殿騎士エリス・フェアリーです。聖女様にご協力できることになり光栄です。シュリ様と同じく、戦術魔法具の材料を集めてマリク様へお届けする仕事が中心になるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。機会があれば、ぜひ『水の神殿』へご案内いたします」
「ありがとうございます。私が魔力を込めている戦術魔法具はシュリさんが材料を集めてくれていたのですね…。『水の神殿』は私も興味がありますので、ぜひその時はよろしくお願いします」
お互い笑顔で言葉を交わします。視界の端にレイシアさんのどんよりとした表情が見えましたが、とりあえず見なかったことにします。
その後、アルフレッド様も交えて日常的な会話が行われ時間が過ぎていきました。
◇◇◇◇◇◇
「さて、それではミユ。養子の件、進めてもらいますよ」
謁見が終了となる頃合いに、マリクさんがふと私に言いました。
とても自然な問いかけに、思わず即答するところでしたが、ふと頭に引っかかりを覚えます。
(え~と…何か養子の件で、「あれ?」って思ったのよね…)
私と優斗は、アルフレッド様の養子…、シュリさんはリゼル・アストリア様の養子…!! これだ!!
「マリクさん。ダ、ダメです! 養子の件は無しということで…」
「はぁ? 何を言っているのです!」
信じられないといった表情でマリクさんが私を睨みつけます。カトリーヌさんも驚きに目を見張っています。
「だ、だって私がアルフレッド様の養子になるとですね…。シュリさんの『叔母さん』になるのですよ! そんなの嫌です…乙女心が傷つきますし…」
「ミユの『乙女心』など、どうでもよい!!」
「そんなことで大事を断らないでください!!」
「ひ、ひどい…、『そんなこと』って…」
マリクさんとカトリーヌさんは完全にお怒りですが、私の人生に関わることですから…。散々ごねた結果、その場は解散となってしまいました。今夜は邸内に一泊し、養子の件は明日改めて行うことになりました。
余談ですが、アルフレッド様には亡くなられたクリスティーナ様の3歳年上に姉がいて、その方の養子となる方向で話が進みそうです。「シュリの『従妹』なら文句はないでしょう」とマリクさんが考えたようです。
◇◇◇◇◇◇
翌日、早朝から大変な連絡がカダイン伯爵領からもたらされました。
<『死神の巣』による襲撃あり、至急戻られたし>
「マ、マリクさん!! 優斗が…、優斗は?」
「落ち着きなさいミユ。この文では詳細がわかりませんね。使者は何と?」
「はい。ゼガート様もよほど慌てていたのか、それとも文には書けない事態が起こったのか、使者には『詳細は直接話す』と伝えるよう言われたそうです」
マリクさんは、レイシアさんの返事に少し考える素振りをしましたが、
「よし、とにかく至急カダイン領へ戻りましょう! レイシア、馬車ではなく馬で帰ります。ミユは……シュリの護衛で送ってもらいなさい。私とレイシアは先行します!」
そう指示を出すと疾風のように二人は駆け出していきました。
私もカトリーヌさんに後の事をお願いし、急いで優斗の元へ帰るべく、シュリさんの元へと走り出しました。
ミユの『乙女心』大事ですよね。
ユウトの緊急事態! いったい何が起こったのでしょうか?
次回をお楽しみに!
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