第27話 暗殺者の兄妹(ソアラ視点)
マリクさんの誤算で暗殺者がカダイン領へと向かっています。
今回は、その暗殺者の視点からです。
『死神の巣』……私の所属している組織はそう呼ばれています。
大陸中央に位置するエメラダ神聖国から馬車で北に移動すること3日、そこから徒歩で2日、人里離れた雪の降り積もる山岳地帯の地下にあるその場所は、私達組織の根拠地としてだけでなく、『闇属性所持者』の避難所の一つとなっています。
なぜなら、この大陸のほとんどの人間が崇拝しているエメラダ神教が『闇属性』を迫害しているから…。この世界では闇属性を持って生まれた子の多くは捨てられるか、奴隷として売り飛ばされます。そうでない者も家族全員で他国に移住し、正体を隠しながらの生活を余儀なくされています。この大陸で闇属性の者が普通の暮らしを送ることは難しいのです。
私も生後間もなく双子の兄とともに闇属性であることが判明し、親に捨てられました。幸いなことに、偶然その場に居合わせた『死神の巣』の長に二人とも拾われ、今日まで生きることができています。
……そう、暗殺者として……
◇◇◇◇◇◇
私の名前は、ソアラ18歳、双子の兄はグレイといいます。兄妹揃って灰色の髪が特徴的で、長に直接養育されたことから、私は『お嬢』、兄は『若』と組織内でさも後継者のように呼ばれています。私達としては、せっかく磨いた暗殺者としての腕を大陸中に轟かせ、早く二つ名で呼ばれるようになりたいと願っています。
そんな私達兄妹と、『死神の巣』の暗殺者合計5名を乗せた幌付き馬車が、エルフィン王国のカダイン伯爵領へと向かっています。目的地までの距離を考えれば、根拠地である山岳地帯から南に下り、エメラダ神聖国の東国境を抜けて東南へ進み、エルフィン王国の西部から入国、そこから東へと数日移動してカダイン伯爵領へ侵入するのが好ましいのですが、私達は皆エメラダ神聖国を忌避していることもあり、あえて遠回りの道を選んで馬車を走らせています。
遠回りの道は、根拠地から東へと進み、リーフラッド公国の西側から入国。その後、南国境から出国して南へと向かい、エルフィン王国の北部より入国し、さらに南へと進み続け、アストリア侯爵領を経てカダイン伯爵領へと侵入するルートです。遠回りと言っても3日ほど余計にかかるだけの行程です。
◇◇◇◇◇◇
「お嬢! それにしても厄介な任務ですねぇ…。長もカダイン伯爵の戯言なんて軽く流しておけば良いのに……」
私にそう話しかけてきたのは、私の向かいに座る古参の暗殺者で、私達を小さい頃からよく知っているガッシュです。顔の右頬のあたりに大きな傷があり、暗殺者というよりは、盗賊の親分のような外見をしています。
私は彼の言葉に苦笑いだけを返しましたが、隣に座っていた兄は腕組みをしながら口を開きました。
「おそらく、長がカダイン伯爵の言葉にお怒りになったのは演技だろう…。今回の件を私達兄妹への実戦訓練として好都合だと思われたのだと思うが…」
「なるほど! しかし、それなら今回の任務は相手が悪い上に内容も厳しい! こちらの人数も少な過ぎやしませんか?」
(……確かに)
私達が長から受けた任務は、『カダイン伯爵が匿っている姉弟のどちらか、または両方を拉致せよ!』というものです。しかも『極力相手側の人間を殺すな』との今までにない厳しい条件付きです。任務を忠実に成功させようとすれば、囮要員も含めて、あと10人は必要だと思います。
「…………もしかしたら……」
腕組みをしながら目を閉じて考えていた兄が、何か答えらしきものを思いついたようです。
「もしかしたら、今回の任務は我々組織の『宣伝行為』なのかもしれない…」
「えっ?」
「なんですって?」
兄の言葉に私もガッシュも驚きの声を上げました。一緒に馬車に乗って沈黙しているギルスと御者をしているデルガドもこちらに耳を傾けているのがわかります。
「長は、常日頃からマリク・カダイン伯爵の作る『魔法具』について深い興味を持っていたのだ。『魔力蓄積』の技術……それが我ら『闇』の者たちの『悲願』達成のために必要となるのではないかと……」
「あ、兄上…。それでは、長は今回の件、『死神の巣』の力をマリク・カダイン伯爵に見せつけることが主目的で、ゆくゆくは先方と手を結べるような布石となれば、私達の任務失敗も範疇の内と?」
「…おそらくな」
「なるほど…。それなら人数の少なさや、『拉致』『殺すな』と言った今回の条件に合点がいきますな」
普段無口な長から与えられた任務が、私達兄妹の成長のためだけではなく、結局は“悲願成就のため”ということに、何やら寂しさを覚えます。
私達兄妹のように闇属性を持って生まれた子の多くは、『死神の巣』や闇属性の同胞に命を救われた者達です。奴隷から解放された者も数多くいます。そうして集められた子供達は、その適正を活かした様々な職業の教育を施され、成人となる頃には“悲願成就のため”に従事する同志として、大陸全土に散ってゆくのです。
そのため、私達の同胞や同志の絆には非常に強いものがありますが、つい家族の絆…愛情というものを羨ましく思ってしまいます。長が私達兄妹を自分の子供として扱っていないことは良く理解していますが、私達は長を実の父親として慕っているのですから…。
「兄上……私達、闇属性所持者の『悲願』は、私達が生きている間に成就できるのでしょうか?」
「ソアラ…それは誰にもわからないな。我々の切望している『王』の出現は誰にも…」
「そもそも、銀色の魔力…『魔属性』なんて本当に存在するんですかね? 金色の魔力を持つ聖属性所持者は、女神アナーテ以降、歴史上に数名記録が残っていますがね…」
「今の歴史はエメラダ神教が大きく関わっているからな…。歴史の闇に葬り去られた『魔属性』の人物がいたかもしれないな。メルガト帝国を建国した異世界人が、実は『魔属性』だったという噂もあるくらいだ」
そんな会話を行いながら、馬車はアストリア侯爵領の境界へと進んでいます。
(私達『闇属性』の歴史……か…)
幼い頃に組織で学んだ歴史が頭の中で思い起こされてきました。
◇◇◇◇◇◇
古の時代、女神アナーテ信仰は闇属性を差別してはいませんでした。『魔属性』も『闇属性』も魔法を構成する一要素として精霊信仰と共に他属性と同列に扱われていたそうです。
しかし、時が流れ、大陸各地の女神アナーテ信仰と精霊信仰を統合して『エメラダ神教』が起こり、そして大陸中央を聖地として『エメラダ神聖国』が建国されると、徐々に本来の信仰が失われていきます。
さらに時が進み、中央の神官達の汚職が横行し、民衆に寄付金を強制する組織に成り下がると、各地でエメラダ神聖国から独立しようとする反乱が勃発します。それにより、現在も存在する国々がそこから生まれることになりました。2,000年前に大陸西部を侵略したメルガト帝国の建国が最も大きな事例だと言えます。
その後、さらなる反乱に恐れを抱いたエメラダ神聖国は、大陸中央にわずかに残った領地を永世中立国と称し、大陸各地の教会の維持と中央に数多く設立した学校経営に力を注ぐことになりました。
しかし、その事業を円滑に行うためには、周辺諸国や教徒達の不平不満をぶつける対象となるものが必要だったのです。…それが、『魔属性』『闇属性』所持者です。
『すべての災厄は“魔”と“闇”によって引き起こされる』
その言葉が大陸全土に広まるのにそう時間はかかりませんでした。
そして、一度広まってしまったことを修正することは不可能に近く、現在まで続いているのです。
そんな迫害を受けている私達の『悲願』……それは、闇属性の者達が安心して生活ができる国を興すことです。しかし、大陸全土に潜伏し活動している同胞全てをまとめる求心力は、私達の組織にはありません。そこで我々には『王』が必要なのです。
そう、『魔属性』を持ち、我々が作る国の『王』となってくれるべき人物が!
◇◇◇◇◇◇
私達5人はアストリア侯爵領に入る手前で馬車を捨て、そこから徒歩となりました。アストリア侯爵とその派閥であるカダイン伯爵は、現在ザナッシュ公爵派閥と停戦中で、“鎖国”状態になっているため出入りが出来ない状態だからです。
「あと半日南に進めば、カダイン領の境界が見えてくるな」
「若、早いところカダイン領に侵入して、一休みしましょうぜ…ふぅ…」
兄の言葉に、ガッシュが本当に疲れた様子で愚痴をこぼしました。
私もちょうど疲労が溜まっていたので、心の中で彼に賛同しつつも表情には出さずに腰に備えた水袋を手に取って一口飲みました。デルガドも同じように水袋を手に取りますが、こちらは残量を気にする様子もなくグビグビと飲んでいます。
そんな時、2時間ほど先行していたギルスが慌てた様子で戻ってきました。普段冷静で無口な彼の珍しい様子に、兄もガッシュもデルガドも一瞬で顔が強張りました。
「わ、若、大変です! 我々の前方にカダイン家の馬車を発見しました。目的地はアストリア侯爵家と思われます!」
「何っ! それで人員は?」
「そ、それが…マリク・カダイン伯爵と近衛騎士長のレイシア・エクレール、馬車内にあと1名若い娘…おそらく我々の任務対象の一人“姉”のほうかと…あとは近衛騎士を20名ほど従えております」
「「「「!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」
任務対象の情報がこんなに早く得られるとは思ってもいませんでした。
しかも、マリクとレイシアという危険人物の二人が揃って領外に出てくるとは…
「に、兄さん!」
「あぁ、ソアラ…これは好機だ!」
「そうですね。これは任務の達成が見込めるかもしれませんぜ」
任務失敗の可能性を考えていた私達にとって、またとない好機が訪れたことで、気持ちが高揚してくるのがわかります。
今回の任務の最大の難関は、二つ名を持つ3人『深淵(希代)の大魔術師マリク』『雷帝レイシア』そして『ブレアウッドのシーリス』の存在でした。マリクとレイシアは、私達が全員でかかっても勝てる見込みがなく、シーリスなら私達兄妹でかかれば勝てると計算していたのです。
任務成功の鍵は、いかにして拉致対象の“姉弟”から3人を引き離すかでした。
その問題だった3人の内、2人がここにいるということは…
「今、カダイン領にいるのは、拉致する標的の“弟”と『ブレアウッドのシーリス』だけだ。後は護衛騎士が何人いようが、我々の敵ではない! 行くぞ!!」
「「「「おうっ!!」」」」
私たちは気合を入れて全員で声を合わせると、気配を消しながらカダイン領へと向かって走り始めたのでした。
私達の襲撃が、闇の者達の“運命の扉”を開くことになろうとは、この時は知る由もありませんでした。
兄妹の外見に関する記述は、あえて髪の色以外省略しました。
暗殺者が自分の容姿を説明するのも変かな…と、
二人の容姿は後日、他者視点の際に描く予定です。
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