第26話 マリクの誤算
ブックマーク、評価ありがとうございます。
今回は、カトリーヌさんが登場します。
どうぞご覧くださいませ。
マリクさんによる私の魔力量測定実験(?)から、早くも一週間が経ちました。
優斗と離れて生活していますが、ゼガートさんの計らいで毎日必ず会える機会をいただいているので、思ったよりも平気に過ごせています。そして、護衛騎士のビリーも別邸から戻って来ました。現在はハロルドさん、アレンさん、ビリーとエミールくんの4名でローテーションを組み、私の護衛と軍施設での訓練に分かれて活動しています。
最近の私のスケジュールは、午前中にマリクさんと魔法の勉強や実技、午後は夕方までマリクさんが作成したという色々な魔法具に魔力を流して蓄積させる作業を黙々と行っています。それから夕食後は、外交・商務長官のカトリーヌさんとメイド長のマーサさんから、女性貴族としての礼儀作法などを教わっています。…しかし、未だに一つとして合格点がもらえていません…。元の世界では一応“優秀”な文武両道の女子高生を“優斗のため”に演じていたので、悔しくて仕方がありません。
魔法のほうは、マリクさん曰く「私が教えているのだから当然です!」と言いながらも毎日次々と違う魔法を教えてくれるので、きっと順調に違いありません。私が『魔法少女』として覚醒するのも、きっと遠くない未来のことのように思います。…なんてね!
そうそう、日々忙しく立ち回っていますが、きちんと休憩時間は確保しています。
あの変態腹黒魔術師は、「ミユは、豊富な魔力量と尋常ではない魔力回復力があるのだから、肉体的な疲労はないでしょう? 休憩などいらないのでは?」…と鬼のようなことを当たり前のように言うので、『精神的な疲労』があることを訴えて見事に休憩時間を勝ち得たというわけです。
エミールくんが、「マリク様と対等に交渉できるなんて凄いです!」と頬を赤らめながら感激していましたが、とりあえず放っておきました。
◇◇◇◇◇◇
夕食後、いつものように礼儀作法を学んでいる部屋で、カトリーヌさんとマーサさんの二人を待っていると、今日はいつもと様子が違い、三名のメイドさんを伴って入室してきました。メイドさんはそれぞれ、紙やイーゼルなどの画材や、ドレスなどを持ってきたみたいです。
「カトリーヌさん、この準備は?」
「今日は、ミユ様に絵を描いていただきたいのです」
「はい?」
「少しアストリア侯爵家との外交で必要になりまして…。ミユ様には先日のドレスに着替えて、カツラも着用していただき、自画像をお願いしたいのです」
カトリーヌさんが私にそう説明すると、マーサさん達は素早く、本日の護衛であるハロルドさんとビリーの二人を部屋の外へと誘導し、私の着替えに着手し始めました。
「ちょ、ちょっと…心の準備が……」
そう私が声に出すのもお構いなしに、あっという間に着替えが完了してしまいました。着替えが終わり、お化粧に金髪のカツラを被せられて『クリスティーナ様』に変身させられると、椅子に座らされて私の周囲に着々と画材が用意されていきます。
6号Fサイズくらいの紙(409mm×318mm)が画板に取り付けられてイーゼルに載せられ、その傍らには顔料の粉末を何かで固めて作られたような“パステル”に似た物が木箱に入っています。色は20色くらいでしょうか…。それから大きな鏡もイーゼルの横に備え付けられました。
「ミユ様の絵を拝見したことがございますが、この世界では見たことがない立体感と現物そっくりな描写に大変驚かされました。平和な時勢であれば、ぜひ絵画文化の発展に貢献していただきたいくらいです」
そう言ってカトリーヌさんは、木箱のパステルを指し示しました。
「こちらの画材でご自身を描いていただき、色も付けてくださいませ。きっと素敵な絵になると思うのです」
私はパステルを手に取って少し指で削ってみたり、用紙の端に少し試し描きをしてみたりしました。
(……うん、元の世界とほとんど同じみたい。)
どちらかというと、色の吸着具合は、こちらの物のほうが良いかもしれません。しかし、淡い色合いを出すためには、一度粉にして布か何かに付けてから「ポンポンッ!」と叩いたほうが良いように思います。
「わかりました。人物を描くのは優斗以外得意ではないのですが、頑張ります!」
そう言って自画像を描くことを了承すると、
「えっ? ユウト様を描けるのですか?」
「ミユ様、ぜひ次はユウト様をお願いします!」
なぜか、カトリーヌさんもマーサさんも優斗の絵のほうが乗り気みたいです…。
後日二人に優斗の絵を描いてプレゼントすることを、ほぼ強制的に約束させられてしまいました。
◇◇◇◇◇◇
大きな鏡に映った自分と紙を交互に見ながら作業をすること2時間…。
ようやく上半身の自画像のデッサンが終了し、パステルを使って色を乗せる段階にきました。
「ミユ様、髪の色は金髪ではなく、ミユ様の髪の色でお願いいたします」
「え? アストリア侯爵家のアルフレッド様という方に献上するなら、クリスティーナ様という人に似せなくてよいのですか?」
「はい。クリスティーナ様の絵を見せたら、それで終わりになる可能性が高いかと…。『似ている人』ならば、ミユ様に興味を持ってくれて実際に会ってみたいとおっしゃられる可能性が見出せます…」
(な、なるほど…さすがカトリーヌさん…)
確かにクリスティーナ様の絵を献上してしまえば、『絵の上手い人がいる』だけになってしまいますが、私の自画像であれば『絵の上手い、クリスティーナ様に似ている人がいる』という話になります。
「はぁ……外交上の駆け引きですか…。凄いですね…」
感心して小さな溜息をついていると、
「私は凄くありませんよ。本当に凄いのは、ミユ様とユウト様です。お二人のおかげで劣勢のまま迎えるはずだった戦争の再開が、とても明るい未来に好転しましたから…」
そう言って微笑んでくれますが、なぜ私達姉弟のおかげで劣勢が覆るのか、私にはよくわかりません。
「先日も護衛騎士のアレンさんが、私達姉弟がいれば戦争に勝てると言っていましたが、どうもその理由がよくわからなくて…」
私がそう言って首を傾げると、カトリーヌさんは一瞬目を開いて驚き、そしてすぐに普通の表情に戻りました。
「ミユ様…。少し休憩にいたしましょう。あちらでミユ様が作ってくださった茶葉で、紅茶をいただきませんか?」
◇◇◇◇◇◇
部屋の窓際にある丸いテーブルに、私とカトリーヌさんは、向かい合って座りました。マーサさんが二人分の紅茶を用意してくれた後、他のメイド達と共に退出していきます。
「さて、ミユ様…。これから私がする話は軍事機密になるかもしれませんので、ここだけの話と思って聞いてください。」
紅茶を手に取ろうとした手が一瞬震えてしまいましたが、一度深呼吸をしてカトリーヌさんの言葉に頷き、ゆっくりと両手を膝に置きました。
「あら、驚かせて申し訳ございません。軍事機密と言っても、騎士団とカダイン領の上層部は全員認識していることなので、そこまで緊張して聞いていただかなくても大丈夫です」
その言葉に少しホッとして肩の力が抜けました。
「さて、ミユ様とユウト様の力でなぜ勝利できる可能性が高くなったかと言いますと…」
「………ゴクリッ」
「ユウト様による『戦術』の導入とミユ様の『癒しの力』、そしてマリク様の『戦術魔法具』の存在です」
(????????)
「…まだお分かりになりませんか?」
「は、はい…すみません」
カトリーヌさんが挙げた3つのポイントの意味が良く理解できなかったことを告げると、少し呆れた表情を見せながらも、私でもわかるように教えてくれました。
「まず、ユウト様が我が軍に教えてくださった『戦術』と『集団戦闘』の要素は、この世界では初見と言っていいでしょう。そもそも戦場で『作戦を立てる』と言ったことが、この世界では意味が無いと考えられています」
「えっ?」
「ミユ様には嘘のように聞こえるかもしれませんが、私達の世界では普通なのです。政治や外交の場で、様々な駆け引きが行われているのは事実ですが、実際に兵士と兵士が戦う場面においては、『兵士の人数』と『個人の武力』だけが勝敗を左右します。戦場では、遠距離から矢を撃ちかけた後、両軍が正面からぶつかります。しかし、あくまでも個人戦ですので、ユウト様が訓練している一人に対して複数人で戦いを挑む『集団戦闘』の概念は、全くありませんでした」
(な、なにやら凄い事実が判明しましたよ!)
「そして、ミユ様の『癒し』です。ミユ様が負傷した兵士に対し『無限の魔力量』で回復を行えば、兵士はすぐに戦場へ復帰できます。つまり、死ななければ常に前線に兵士を投入し続けることが可能なのです」
「あっ! な、なるほど!」
味方は負傷してもすぐに回復して戦える状態に、敵は負傷したら後方へ…。確かに圧倒的に味方が有利な状況みたいです。しかし、すぐに一つの疑問が思い浮かんだので、質問することにします。
「でも、カトリーヌさん。私は一つの戦場しか活動できませんよね?」
「そうです。そこで、マリク様の『戦術魔法具』の出番なのです」
(???)
「ミユ様は『魔法具』というと、何を思い浮かべられますか?」
「えっと…トイレの水洗ステッキとか、お湯を出す魔法具とか…」
「そうですね。それらのように魔力を流すことで効果がすぐに出る魔法具が一般的です。通常、魔法具には魔力を溜めて置くことが出来ません」
「え? でも、別邸で『保冷の魔法具』というのがありましたし、毎日のように魔力を流している『爆裂の魔法具』も魔力を溜めて置けますよね?」
「それこそが、マリク様の天才たる所以です。魔力を溜めて置き、必要な時に必要なだけ消費して効果を発生させる魔法具を唯一作成できる開発者がマリク様なのです。保冷の魔法具も幼い頃にマリク様が開発して国内に流行らせたものです」
「う、うそ!!!!」
あまりの衝撃的な事実に声が出てしまいました。
「本当です。魔力を蓄積する技術を備えた魔法具は、マリク様にしか作ることができません。その技術でミユ様の『癒しの魔力』を封じ込めた魔法具を大量に作成すれば、ミユ様がおられない戦場でも使用が可能になります」
(・・・・・・・・・・・・・・・・・)
カトリーヌさんの説明を聞いて絶句してしまいました。私達姉弟の能力とマリクさんの技術力を合わせることで得られる効果の大きさに身震いしてしまいます。
気持ちを落ち着けて、私達がいた世界の歴史で例を考えてみると、鎌倉時代に日本に元が攻めてきた『元寇』の状況が近いのではないかと思います。「やぁやぁ、我こそは…」と名乗ってから一騎打ちを行っていた武士に、『集団戦闘』と『てつはう』を使って戦いを仕掛けた元軍……兵力の違いはあると思いますが、イメージは似ているのでは…。それに私の『癒しの力』が加わると……何だか頭が痛くなってきました。
「カ、カトリーヌさん…ありがとうございました。とても良く理解できました」
カトリーヌさんにお礼を言って、テーブルの上の冷めてしまった紅茶を飲み干すと、まだ途中だった絵の前に座って着色作業を再開することにしました。
絵に向き合いながら、頭の中で色々なことを考えてしまいます。
(どうして、こんなことに…)
異世界に召喚されて、いつの間にか姉弟で『戦争の中心』にいる現状に何やら恐ろしさを覚えます。
優斗は現状に対して“運命”を感じている様子で、自らに課せられた使命を果たそうと一生懸命に頑張っています。姉の目から見て、こちらの世界のほうが生き生きとしていて、日々逞しくなっているように思えます。
(それに比べて私は……)
周囲に流されるまま、今をただ何となく生きているのでは…。自分自身が“一番嫌いな私”になっているようで悲しくなってしまいます。……もっと“私の原点”に立ち返って、単純に考えて行動するのが、私らしく後悔しない自分になれるような気がします。
“私の原点”………それは、『優斗のためになる』ことをして、『優斗に尊敬される存在で居続ける』こと、それが私らしい生き方です!
周りからみれば、不純で不埒で理解不能なことかもしれませんが、優斗に「お姉ちゃんはすごい!」って言ってもらえるのが、一番の幸せなのですもの…。この譲れない思いを邁進したほうが、私らしいのではないかと私の中での決定事項にすることにしました。
…それでも、「戦争…嫌だな…」という気持ちが、心の中でモヤモヤと燻ぶっているのを感じますが、目の前の絵を黙々と描き続け、自画像を完成させたのでした。
◇◇◇◇◇◇
それから、数日後……。
急遽、マリクさんに呼び出された私と優斗、そして護衛騎士の面々はカダイン伯爵邸の会議室に集まっていました。
中央の大きな楕円形テーブルの一番奥の席にマリクさん、少し離れた左側に私と優斗が並んで座り、その対面にレイシアさんとハロルドさんが座ります。私の後ろにはアレンさんとビリーが、優斗の後ろにはシーリスとマリーカさんが控えます。会議室の入り口付近にエミールくんとライナちゃんが立っています。
「皆揃ったようなので、さっそく要件をお話しましょう!」
マリクさんは立ち上がって言葉を発すると、楕円形のテーブルに沿って歩き始めました。
「以前、この会議室でミユとユウトの護衛の件…私にも考えがあると言ったのを覚えていますか?」
以前の緊急会議に出席していた私と優斗、そしてレイシアさんとハロルドさんに向けた質問でしたが、私は全く覚えがありません。優斗も首を傾げています。そんな中、ハロルドさんが返事をしました。
「……確か、『護衛の強化については、私にも一計があり、近いうちに実行する予定だ』と言われていたように記憶しています」
(おおっ!)
ハロルドさんの記憶力に驚いてしまいました。
「その通りです。では、ユウト! 護衛は何から護衛対象を守るのでしょうか?」
「え? それは、暗殺者とか護衛対象に害を加えようとする者から…ですよね」
優斗が正解を確信しつつも、少し自信なさげに回答しました。
「正解です。私はそこで、護衛の強化に一番効果があることを見出しました」
「マリク様、それは?」
レイシアさんが、答えを促すように声を掛けます。その場にいる皆がマリクさんの答えをジッと待っています。その間を楽しむかのように、マリクさんはテーブルの周囲を歩き続け、グルッと回って自分の席のところまで戻ってきました。
そして、言葉を発します…
「それは…、この大陸で一、二を争う暗殺者を二人の護衛に雇うことです!!」
「「「「「「「「……………………………はぁ!? 」」」」」」」」
この場にいる全員にとって、全く予想外の答えだったみたいです。
「マ、マリク様、確かに最強の暗殺者を護衛に出来れば、他の暗殺者は誰も寄ってこなくなるとは思いますが…」
「暗殺者は、人を暗殺するのが仕事であって、人を護衛する仕事を請負ってくれるものなのでしょうか?」
ハロルドさんとレイシアさんが代表してマリクさんに発言してくれました。
「レイシア、流石ですね。その通りです。見事に断られました」
(ですよね…)
「ただ、断られただけでなく、どうやら相手を怒らせてしまったみたいで、『近いうちにその二人を暗殺してやる!』と脅迫してきました」
(!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)
「まさか、先方がそう回答してくるとは…全くの誤算でした…。そういうわけですから、各自護衛任務を怠らず、襲ってきた際には上手く撃退するようにお願いします。もちろん私も協力しますよ! ミユとユウトを今失うわけにはいきませんからね。…以上です!!」
「ちょ、ちょっと! 『以上です』 じゃないでしょう!!」
私の声が耳に入っていないフリをしつつ、マリクさんは再び反時計回りにテーブルの周りを歩いていき、そのまま会議室をそそくさと出て行きました。
手練れの暗殺者が襲ってくるという暗い未来を突き付けられた私達は、皆でそろって会議室の外まで聞こえる大きな溜息をついたのでした……。
マリクさん…さすがに自分の失敗は恥ずかしいみたいです。
この先、二人の命運はいかに?
次回のタイトルは「暗殺者の兄妹」…かな?(まだ考え中です。)




