第12話 政争の回想とシーリスの報告書(マリク視点)
マリク視点でのお話です。
2年前の政争について振り返ります。
シーリスからの報告書を見たマリクは…
私の名前はマリク・カダイン。現在20歳。
生まれつきの柔和な顔のためか、実際の年齢よりも若く見られてしまいますね…。
カダイン伯爵家の次男として生を受けた私ですが、2年前の政争で父と兄が亡くなり、不本意ながら爵位を継いで領主として領内を統括することになりました。
私のもとに政争の訃報が届いたのは、私がまだ大陸中央にあるエメラダ神聖国の魔術学院に留学していた時でした。
永世中立国のエメラダ神聖国には、様々な分野の学校が集中しており、そのため、大陸各地から数え歳で13~18歳の優秀な人材が集まって賑わい、聖都の南半分は学術都市の様相を成しています。
あと1ヵ月で6年間の留学を終え、魔術学院を卒業するという時に、このような悪い知らせを聞くことになろうとは、全く想像していませんでした。
思い出したくはありませんが、政争について簡単に思い起こしましょうか…。
◇◇◇◇◇◇
カダイン領のあるエルフィン王国は、大陸の南東部に広がる大国です。
100年ほど前から、アストリア侯爵家が王国の宰相を務め、カダイン伯爵家をはじめ、多くの貴族がその治世を支え、長く平和な年月が続いていたのです。
しかし、国王の親族でもあるザナッシュ公爵家は、有能な人材を長年輩出できず、中央政界に進出する機会がなかなか得られませんでした。
そのために起こった確執は年々深まるばかりで、ついに2年前『大事件』が起こったのです。
その日は……
宰相リゼル・アストリア侯爵50歳の誕生を祝うパーティーが、王都のアストリア侯爵邸で開かれました。来賓として国王夫妻と王太子、そして王国中の公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵の貴族達とその夫人が敵味方の派閥関係無しに列席し、総勢は300名ほどだったとか……。
そんな盛大なパーティーの最中、アストリア侯爵家の給仕の服を着た者が5名、突如として国王の元に駆け寄り、ナイフを持って飛び掛かりました!
当然、その場にいた国王の近衛騎士によって全員が捕らえられるか、切り捨てられました。すぐに犯人の顔を検証すると、アストリア家の使用人では無く、何者かの偽装工作だと判明します。
その情報が会場内に広まり、侯爵派の貴族がホッと息をついたその瞬間!
会場の至る所で「アストリア侯爵の謀反!!」「アストリア侯爵を捕らえろ!!」という声が上がり、パーティー会場内に敵対するザナッシュ公爵家の騎士および兵士100名近くが一斉に突入してきたのです。
会場内にいたアストリア侯爵派閥の貴族とその家族には、容赦なく剣が振り下ろされ、リゼル宰相をはじめ、私の父と兄、そしてリゼル宰相とその従兄に嫁いだ2人の姉も命を失いました……。
国王陛下を招いていたこともあり、会場内の者は剣を帯びておらず、護衛騎士も別室に隔離されていて、ほとんど抵抗ができない状態だったそうです。
さらにザナッシュ公爵とその派閥貴族たちの兵士は、幾重にも屋敷を取り囲んでおり、侯爵派閥の者は、使用人すらも逃れることはできなかったとか……。
そう……事件の連絡は、懇意にしていた中立貴族から届いたものなのです……。
この時、亡くなった者は、使用人も含めて543名。
彼らの無念が、今も私の両肩に圧し掛かっているようでなりません……。
その後、魔術学院を中退し、公爵家の目を逃れて無事に帰国した私が見たのは、カダイン領の領界にある砦に殺到している公爵派閥の軍隊3,000名でした。
ここでの戦いの話は、私が冷静さを欠いていたものなので省略しましょう……。
とにかく、この戦いの最中……リゼル宰相の父君、前アストリア侯爵であるアルフレッド様が、エメラダ神聖国の仲介を取り付けることに成功し、3年間の休戦条約を締結……今に至るのです。
◇◇◇◇◇◇
(あと1年……。)
休戦条約の期限を頭の中で呟いたとき、執務室のドアがノックされました。
コンコン!
「入るぞ……」
「失礼します!」
いつものように騎士団総長ゼガートと、近衛騎士長レイシアが入室してきました。
手に書類を持っているところので、何かの決済書類か報告書類だと思われます。
「どうしました?」
「ラルフ村の別邸からだ」
「護衛騎士として派遣いたしました、シーリスからの報告です」
私の前に報告書が置かれ、目を通していきます。
(……ほうっ、二人とも魔力量が膨大な可能性あり……フフッ)
ただの『無能な異世界人』かもしれないと思っていた二人が、魔術面で役立つかもしれない可能性に思わず笑みがこぼれます。
「よいではないですか! 魔力量が多いとわかったのは吉報ですね」
「……お主には魔術を教わりたくないと拒絶したそうだがな……」
「!!! な、なんですって?」
驚いて報告書の続きに目をやると、確かにそのように書いてあります。
(ムムムッ……『稀代の大魔術師』『深淵の大魔術師』とも呼ばれる私を愚弄しますか!)
「失礼な異世界人には教育が必要ですね。私に魔術を教われることが、どれだけ名誉なことか知らしめるように返信してください」
「はい。承知しました」
レイシアにそう命じると、報告書の続きを読み進める……。
(ん? ……美味しい料理を作るために、紙に描かれている食材を探してほしい?)
一緒に置かれていた3枚の絵を手に取ると、初めて見る手法で描かれた見事な植物が描かれています。しかし……これは探す価値があるのか?
疑問に思っていると、
「おおっ素晴らしい絵の才能だな! 大陸中探してもいないのではないか?」
「本当ですね。ミユ様は絵の才能がありますね」
ゼガートとレイシアが賞賛しました。
しかし、私にとっては全く心を動かされるものではありません。
「食文化や芸術で、他領や他国に先んじても仕方がないでしょう……」
それなら、先日調査した異世界人の衣服から新しい技術を見出し、新たな産業や商品を生み出すほうが、よほど領地経営のためになります。
そう考えていると、ふと大事なことを思い出したので、レイシアに尋ねます。
「そういえば……リアナとカレンに隙をみて、ミユの下着を手に入れて送るように命じていたのですが、そちらはまだですか?」
「はい?」
「な、なんだと!」
(ん? 二人とも不快な表情になりましたが、何か変なことを言いましたか?)
「二人とも、どうしました?」
「い、いえ……その、領地の産業や新商品の開発のために……だとは思いますが……」
「マリク……男としてどうかと思うぞ……将来、嫁を貰う気はあるのか?」
なぜ、ゼガートが縁談の話をしたのか理由がわからず、とりあえず返答はせずに再び報告書を読み進めます。
(……軍事力強化のために『馬具』の開発と導入を検討してほしい!!)
「ゼガート!! 『馬具』の絵とはどれです?」
私の心を大きく動かした文章につい声が大きくなりました。
「あ、ああ……これみたいだな……」
ゼガートから奪い取るように絵を手にし、じっくりと検分します。
「……素晴らしい。なぜ、今まで気が付かなかったのでしょうか……。まさかあの少年に異世界の軍事知識があろうとは、考えてもみませんでした。見た目ではわからないものですね……」
「マリク様。私は最初からユウト様に『軍事的な才能』があるとわかっていましたよ。言っていましたよね?」
「ん? あ、あぁ……そうだったか? さすがですねレイシアは……」
自信満々のレイシアの言葉に、つい肯定してしまいましたが、あの時は確か『剣術の才能がある』としか言っていなかったような……。まぁ、どうでもいいです。
「ゼガート!すぐに御用達の工房へ行き、最優先で『馬具』の開発を!試作品が出来次第、試乗して実戦投入できるかを検証してください。……ユウトとミユには軍の視察をさせてみましょう」
「あの二人を血生臭い戦場へ駆り立てるつもりか?」
「何があってもユウト様……とミユ様を、お守りする覚悟はございますが……」
二人の発言に、私の中で躊躇いが生まれました。
しかし、私も好きで軍事を優先しているわけではありません。確かに家族を殺したザナッシュ公爵一派が憎いです。あの事件のせいで、1か月後に学院を首席で卒業し、生涯を魔術と魔法具の研究に捧げられる幸せな日々を送るという私の望みが全て無になったのも恨んでいます。
ですが、それ以上に家族とともに愛してきたこのカダイン領を守りたい……その気持ちが大きいのです。
「ゼガート、レイシア……これは、敵討ちをするだけではないのです。カダイン領に住む人々の幸せな生活を、そして未来を守るためです……」
「……そうだな……やむを得ないか……」
「……つらいですね……」
そう言って二人は大きな息を吐きました。
「レイシア、あなたにはこの食材の件を託しましょう……見つかったら別邸に届けてあげてください」
「はい。承知しました」
償いというわけではないのですが、食材の件を叶えてあげることにしました。
二人は、私に敬礼をすると、執務室を出ていこうとします。
その時、報告書の最後の一文が私の目に留まりました。
「レイシア!」
私の呼びかけに、執務室を退出しようとしていたレイシアが振り返ります。
「報告書の最後に……『追伸:ユウト様は私のことを「シーリス」と「さん」を取って呼んでくれるようになりました』とあるが、どういう意味だ?」
「!! ……特に意味はないと思います……それでは、失礼します!」
パシッ!ビリッ!
退出していったレイシアの右こぶしに一瞬『雷光』が走ったように見えましたが……気のせいでしょうか?
その後、一人残された執務室の椅子に座り直し、背もたれに身体を預けながら、これからのことを考えて大きく息を吐きました。
レイシアさんの様子が…シーリスさんの今後が心配です。
美結と優斗もまったりと村で生活しているだけでは済まないみたいです。




