7. 神の銃と目覚めの少女
ペンダントが割れた瞬間、あたりが先ほどよりもゆっくりとなる。徐々に目の前で人の形が形成されていく。しかし、全身が黒く揺らめいており、顔どころか全体の実体がない。
『ようやく、繋がった』
「いったい、何が……?」
人影が息を呑む気配がした。
『そっか。そう、なんだ』
人影はしゃがみ込む。
『あなたは力を求める?』
「何、を?」
『現実を覆す力。人ではない力』
「人、ではない……?」
人影はこくりとうなずき、ニクスの頬に触れる。
『これは元々あなたの力。この力をあなたに返すことができる』
「その力があれば、ラピスを助けられるのか……?」
『うん、彼女だけじゃない、きっと未来でも』
言っていることの意味は正しく理解できていない。だが、この子が言っていることは本当のように思えた。
何を迷う必要があるのか。お前は大切な人を守りたいんじゃなかったのか。自身の中で感情がうずまく。
力がなければ失うだけだ。たとえ、それが人の範疇から外れるとしても!
ニクスは上体を軽く起こしながら、人影に告げる。
「……俺は諦めるわけにはいかない! もう大切な人を失いたくないんだ……! だから――」
伸ばされている手の部分に触れる。
人影は微笑んだ気がした。
『なら』
人影がニクスの額に手をかざし、唱え始めた。黄金の祝詞を。
『我が魂よ。黄金になぞらえし、神の力よ』
ニクスたちの周りに光の円が出現する。
『我は原初に定められし、神の徒』
円の中でそれぞれ線を結ぶ。
『身を滾らせ、巡らせ、今ここに、神授の契りを結ばん』
眩い黄金色の魔法陣へと収束する。そして――。
『呼んで、あなたの武器を……!』
人影に導かれるようにニクスは静かに宣言する。
「『――神銃イクリプス』」
その名と同時に一面に黄金の光が溢れた。
目を開けると自分の手の中に確かな質量が現れた。白金の壮麗な装飾が施された長大な銃。
見たのは、初めて……いや、違う。この武器は間違いなく、今朝見た夢に出てきた武器だ。そして、使い方が頭の中をよぎる。
――ああ、これは俺のもう一つの相棒だ。
ローブの人物がこちらに向き直り、顔の部分をゆがめたように見えた。
『お前、その武器は……! 何故だ、何故!』
ローブの人物は剣を構え、怒りに任せるようにニクスに突進する。その緊迫の状況で、ニクスは脳裏に妙な静けさを感じていた。
長銃を構える。初撃を放つ。ローブの人物の顔めがけ、魔弾が飛んでいく。
ローブの人物は顔を横に倒し、回避する。魔弾は後方の壁に着弾。そのまま、立ち消えるかと思われたが――。
わずかに小さくなった魔弾が跳ね返った。
『!?』
ローブの人物から驚愕の雰囲気が漏れ、反転。剣で魔弾を弾く。その体勢にニクスは的を絞り、再度魔弾を放つ。
『ぐぅ!』
ローブの人物の背中に着弾。二発目、三発目と繰り返す。
『ぐはっ』
ローブの人物は幾度か転がる。ニクスはそのまま、続けざまに何度も魔弾を放つ。壁や地面に着弾し、ローブの人物の周りをまるで魔弾が躍るように取り囲んだ。
『おま、えぇぇ』
ローブの人物から押し潰されたような声が響き渡る。幾度も全身に魔弾を浴びる。しかし、ローブの人物の傷はたちどころに治っていく。魔核はないのか……!? 焦りが滲んでいく。
いや、即座に回復していくなら、回復する前に倒しきる……! だが、壁などに着弾するたびに、小さくなっているためか、完全に決めきれない。
減衰の影響を受けているなら、近づくことで対処もできる。しかし、これは根本的に違う気がした。対処としては、手数ではなく、一撃で葬る方向。そんなものはあるのか?
その思考に武器が応えるよう、頭にイメージが広がった。これ、は……。
ニクスは一度深く目を閉じる。脳裏を言葉の羅列がよぎっていく。言葉の意味は分からない。だが、言魔と同じ要領で発すれば、使えるはずだ。ニクスは目を開け、状況を素早く確認する。今の立ち位置だと、ラピスと少女の側にあいつがいる。このまま放つとラピスたちを巻き込む。なら――。
ニクスは銃撃をやめ、駆け出す。その間隙を縫うようにローブの人物が突進してきた。二人の体が交差する瞬間、ラピスの悲鳴が響き渡る。
「お兄っ!」
ローブの人物からの剣撃をイクリプスの腹で受け止め、衝撃の流れで、体をずらす。左足を軸に右足を振り上げ、ローブの人物の横腹に蹴りを叩きつけた。
『ぐぅっ!』
ローブの人物は扉側へと後退する。すかさず、イクリプスの銃口を向け、唱え始める。
「『神授者の名のもとに、応えよ、イクリプス!』」
銃身に黄金の光が幾重にもほとばしる。
「『眼前に立つは我が敵。一切を凌駕し、すべてを撃ち滅ぼせ!』」
光が銃口に収束し、引き金を引くとともに呪文を締めた。
「『ブレイズ・イクシード!』」
黄金の光をまとった、炎の銃撃が一直線に放たれる。
ローブの人物を掻き消すように飲み込み、轟音とともに炸裂した。あたりに静寂が訪れる。
ニクスは油断なく、近づいた。
煙が晴れると、ローブの人物は半身を失って、地面に倒れ伏していた。
『――結局こう、なったのか』
顔の部分を必死に動かそうとしている。ローブの人物はまるで訴えかけるような言葉を漏らす。
『後悔する、なよ。その選択をとった、のならすべてを守り、抜け……』
「言われずとも」
ローブの人物は溶けるように霧散していった。
白金の長銃は役目を終えたのか、消失し、体に吸収されていった。色々と疑問は残る。その前に、ニクスは安堵の息を漏らした。
終わった、のか……?
「お兄!!」
ラピスが駆け寄ってきて、抱きついてきた。
「おっと……。大丈夫だったか?」
ラピスは顔を上げると、瑠璃色の瞳から大粒の涙を流していた。
「わたしの! 心配より! 自分の心配をして!!」
「え、ああ、ごめん……」
ニクスはラピスの頭をなでる。
少しして、ラピスが離れた。まだ、目は赤いが、それ以上特に言及してこなかった。
「それで、ここからどうやって出るの?」
「それが……彼女を目覚めさせれば、出られるらしい」
ラピスの視線が壁にもたれかかっている少女に向かう。
ニクスは彼女に近づく。
「あ、危なくないの!?」
ラピスは慌ててついてきた。
ニクスは少女の前で膝をつき、彼女の額に自身の手を当てる。
イメージするのは魔装器に魔力を流し込む感覚。言葉が頭をよぎる。
そして、静かに唱えた。
「『我が魂をもって、今ここに、神授の契りを結ばん』」
周りに魔力の奔流がうずまく。その色は黄金だった。
「んっ……」
反応があった。ゆっくりと大きな瞳が開かれた。金色の瞳がニクスとラピスをとらえていた。
彼女は二人にそれぞれ視線を向け、小首をかしげながら、口を開く。
「……あなたたちは?」
「あー、えっと、俺たちは……」
こういう時、どう答えたらいいのだろうか。情けなくも、ラピスのほうに視線を向けた。
ラピスもこちらを見て、困惑している。すると、突然、咆哮のようなものが鳴り響いた。
「な、なに!?」
ラピスが怯えたように身をすくませる。
ニクスが立ち上がりながら、振り返ると、地面から徐々に巨体が浮き上がってきているのが見て取れた。体が形成されていき、完全に姿が露わとなる。
目が三つ存在しており、右腕は蔓のような形、それに赤黒い表面にいくつもの傷。
さっきの魔物か……!
ニクスが魔装銃を構えようとホルスターに手をかけるが、今魔装銃はラピスの手の中にあることを思い出す。
ラピスのほうに振り返ろうとした瞬間、後方から何かが駆け抜けた。その軌跡を目で追うと、いつの間にか魔物の前面に少女が移動していた。その手には白金の剣が握られている。
彼女はそのまま足を踏みしめ、流れるように横なぎ一閃。魔物の胴体を真っ二つに切り伏せた。その余波がこちらにも飛んでくる。反射的にニクスはラピスをかばった。
目を開けると、瞳の奥に満月を背にした少女が映り込んでくる。月光が彼女の淡い金色の髪に溶け込むように、きらきらと反射していた。その幻想的な光景にニクスは無意識に唾を飲み込んだ。
あまりにも圧倒的な力。ラピスを守るため、彼女に警戒心を抱いてもおかしくはない。にもかかわらず、その感覚が一切湧いてこない。思考だけは回り続ける。だが、それらを差し置いて。
満月の光に照らされる彼女の姿を、ただ。
――美しい。
そう思った。




