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黄金のニクスティア  作者: Alfia
第1章
2/13

2. 孤児院での授業

 自宅から歩くこと数分、ニクスとラピスは孤児院の前に到着していた。建物のほうからは子供たちの元気な声が聞こえてくる。

 ニクスは敷地の柵を押し開けると、庭先でしゃがみ込んでいた女性がこちらに振り返った。


「あら、ラピスちゃん。それにニクス君」


 二人は揃って頭を下げる。

 

「「おはようございます。マウテさん」」


 彼女は院長の妻だ。二人が孤児院で暮らしていた時もよくしてもらっていた。

 

「はい、おはよう。それにしてもニクス君は久しぶりね」

「お久しぶりです。ラピスが迷惑をかけてませんか?」


 その言葉に、横からラピスの鋭い視線が刺さる。

 

「いえいえ、よく働いてくれてるわ。子供たちの面倒も見てくれるし」

「そうですか。よかったです」

「お兄はわたしを子供扱いしすぎ。わたしももう大人」

「いや、まだ16なんだから、大人ではないだろ」

「それは年齢の話。わたしは精神的な話をしてる」


 精神的に大人なら、こんなに突っかかってこないと思うが。

 マウテは二人のやり取りを微笑ましそうに眺めていた。


「ふふ、相変わらず仲良しね。――それで、今日は授業の件かしら」

「はい、ラピスから話を聞いたので」

「受けてくれて助かるわぁ。それじゃ、院長室へ案内するわね」

「お願いします」


 マウテはその言葉にうなずくと、孤児院の扉へ向かって歩き出した。二人はそのあとを追い、孤児院へ足を踏み入れた。


 院長室の前にたどり着くと、マウテが木製の扉をノックする。


「院長、ニクス君が来てくれたわ」

「おお、入ってもらっていいよ」


 中から落ち着いた声が返ってくる。その言葉にマウテは扉を開け、ニクスとラピスに中へ入るよう促す。二人は揃って「失礼します」と答え、院長室へ足を踏み入れた。

 部屋の奥にある机には、好々爺然とした雰囲気をまとった老人が座っていた。彼はこの孤児院の院長、ハンスだ。

 最後に会ったのはラピスが孤児院で働き始めた時だから、半年ぶりぐらいになる。


「お久しぶりです。院長」

「ああ、久しぶりだね。元気そうで何よりだ」


 ハンスは立ち上がるとソファーのほうへ歩み寄り、二人に座るよう手で促した。


「ニクス君、今日は急な頼みを聞いてくれてありがとう」

「いえ、お世話になった時の恩を返せますし、俺は大丈夫ですよ」


 ハンスは満足そうにうなずく。

 

魔装士(まそうし)のほうはだいぶ忙しいようだね」

「確かに忙しくはありますが、まだ不慣れな部分が多いせいかと」

「魔装士になって、どれくらいたったかね」

「17に魔導総局(まどうそうきょく)へ入ったので、約2年半ほどですね」

「ふむ。だが、その年で本局所属なのだから、総局も君を重宝しているのだろうね」

「だと、いいんですけどね」


 苦笑するニクスにハンスは本題を切り出した。

 

「さて、ラピス君から授業の内容については聞いているかね?」

「はい、簡単にですが。魔導士(まどうし)について子供たちに教えてほしいと」

「うむ。昨今、魔導技術は特に注目されている。子供たちの将来を考えると、そろそろ伝えておいたほうが良いと思ってね」

「なるほど。どこまで踏み込んで話しましょうか」

「今回、細かいところは説明しなくても大丈夫だよ。魔導士という職業を知ってもらうことが目的だからね」


 となると、基礎的な部分ぐらいか?

 魔装士は少し踏み込んでもよさそうだが、他は詳細を語らなくて済みそうだ。


「分かりました。……もしかしたら、魔物について触れる可能性もあります。その際、どこまで話して大丈夫でしょうか。当たり障りない部分なのか、それとも現実的な話をしたほうがいいのか」

「魔物化の件かな?」

 

 その言葉が出た瞬間、胸の奥に痛みが走る。もう7年も前だというのに、まだ払拭できてないのか。ほとほと、自分に呆れる。

 不意に右手の甲に温かい感触があった。視線を落とすとラピスの手が自身の手に添えられていた。彼女もまたあの時のことを思い出しているのだろうか。自分が気負っていては示しがつかない。

 ニクスは小さく息を吐き、胸の痛みを無理やり押し込めた。

 何事もなかったかのように、ニクスはうなずく。


「ふむ。正直、まだ子供たちには早いと思うな。人が魔物化することは少なくなってきたとも聞いている。そういう意味でも今後不要になる可能性もあるからね」

「確かに事例は少なくなってきてはいますが、急激な魔素汚染は依然としてあるので、すぐさま事態がなくなるかといえば、そうでもない気はしていますね……」

「現場の感覚として、かな?」

「どちらかというと伝え聞いている限りは、ですね。まだ俺は魔物化した人の相手はしていないので。ただ――」


 ニクスは続ける。


「もし、魔装士の道を歩むなら、心構えをしておくに越したことはないと思っています」

「……ふむ。全員が魔導士、それも魔装士に進むとは限らないから、今はそこまで教えなくても大丈夫だよ」

「分かりました。触れるにしても、できる限り表面的な話にしようと思います」

「では、そろそろ教室へ向かおうか」


 ニクスはハンスに促され、授業で使っている教室へと向かった。

 

 教室の前に到着すると、先にマウテが入室する。


「皆、今日は魔導士について、教えてくれる人を呼んだわ。どうぞ入って」

「失礼します」

 

 ニクスが姿を見せると、子供たちはこちらの名前を口にした。


「皆、久しぶりだな。マウテさんから紹介してもらった通り、今日は魔導士について皆に教えようと思う。授業中、分からないところがあれば、遠慮なく聞いてくれ」


 子供たちは期待に目を輝かせてうなずく。ニクスは軽く息を吐いた後、話し始めた。


「さて、早速だが、魔導士というのは、簡単に言うと俺たちに流れている魔力を使って仕事をしている人のことを言うんだ」

 

 何人かの子供たちが首をかしげながら、「まりょく……?」と呟く。

 ニクスはあごに手を添える。


「そうだな……」


 かみ砕いて説明するというのもなかなか難しい。本来なら人だけではなく、生物全般だが、この場に限っては人だけに絞っていいかもしれない。


「俺たちは普段息をしたり、水を飲んだりしてるだろ? その空気や水に混ざっている"魔素"を少しずつ取り込んでいる。この取り込んだ魔素を元に体の中で作られるのが"魔力"だ」

「「へぇ~……」」

「この魔力を使った技術のことを魔導技術という。俺たち魔導士はその技術を使って、戦ったり、物を作ったりしているんだ。君らの身近なところで言うと――」


 ニクスは教室の中を見回すと、壁にかかっている魔導灯(まどうとう)が目に入った。あれがちょうどいいだろう。

 ニクスはそう考え、魔導灯を指さした。子供たちもつられて、魔導灯に視線を向けた。


「あの魔導灯も魔導技術で作られたものだな。詳しい仕組みとかは説明しないが、ああいった形で俺たちの生活には魔導技術が広まってきている」

「じゃあ、ニクス兄ちゃんもああいうのをつくってるの?」

「いや、俺は魔導具(まどうぐ)を作る人じゃなくて、魔導具を使って、戦う人だな。皆は魔物について知っているか?」


 子供たちはまばらにうなずく。子供の一人が呟いた。


「人を食べちゃうこわい生きもの、だよね……」


 ニクスは一度だけ深く目をつぶり、できるだけ声音に現れないように答える。

 

「そうだ。人々の安全を脅かす存在だ。その魔物と戦っているのが俺たち戦う魔導士、すなわち魔装士と呼ばれている存在だ」

「まそうし? まどうしとは違うの?」

「あー、そうだな。魔物と戦うために使う武器のことは知ってるか?」


 小太りの少年が手を挙げた。


「あ、俺しってるぜ! まそうきっていうんだろ」

 

 その答えにニクスはうなずく。


「そう、魔物と戦うためには魔装器が必要だ。元々は魔導士でひとくくりだったんだけど、その武器を使うことから魔装士という名前で呼ばれるようになったんだ」


 ニクスは続けて、口を開く。


「ついでに、魔装器のことも説明しておこうか。魔物はさっき言った魔力で体を守っているから、普通の武器では傷をつけられない。だから、俺たちの中に流れている魔力を乗せる器として、魔装器という武器が生まれたんだ」


 子供たちの口からなるほどといった声が聞こえてくる。


「話ばかりだとつまらないだろ。少しだけ、魔装器を見せようか」


 ニクスは手招きし、子供たちは目を輝かせながら、教卓へと近づいてきた。ニクスはホルスターに収められていた二丁の銃を抜き出し、机に並べる。

 子供たちから口々に感嘆の言葉が漏れた。

 

「すげぇ……」

「かっこいい……」


 子供たちの反応に昔、魔装器を見たばかりの頃の自分が脳裏をよぎる。ニクスは自然と笑顔になっていた。


「これが俺が普段使っている魔装器だ」

「兄ちゃんはこれを使ってまものと戦ってるの?」


 ニクスはうなずく。

 

「ねぇ、これ、触ってみてもいい?」

「あー、悪い。起動もしてないし、マガジンも抜いているんだけどな。何があるか分からないから見てるだけで頼む。ごめんな」


 子供たちはしぶしぶうなずいた。そのうち、言葉に引っかかったのか、疑問を口にした。

 

「きどう?」

「……さっき、魔装器のことを魔力を乗せる器って言ったけど、このままでは使えないんだ。一度、魔力を使って、器に魔力が通る入り口を作る必要がある。その入り口を作ることを"起動"と言うんだ。そこに、自分の魔力を巡らせることによって、初めて魔物に通用するようになる」


 魔力を使う以上、長時間使えば、体に負担がかかる。

 魔装銃(まそうじゅう)だったら起動してしまえば、撃ち手の魔力に依存せず、マガジンに込められた魔力で代替できるのだが……この場でそこまで話す必要はないだろう。

 子供たちは口々に反応する。


「じゃあ、これがあれば、魔物と戦えるんだよな!」

「でも、魔物と戦うのって危ないんじゃないの」


 子供たちの中には不安な表情をしている子もいる。

 ニクスは優しい声音で語りかけるように話す。


「ああ、魔物と戦うのは命を懸ける行為だ。どうしたって危険はつきまとう。でも、人々の安全のためには必要なことでもある。それだけは確かなんだ」


 小太りの少年が威勢よく立ち上がった。

 

「はっ! 魔物なんておれが全部なぎ倒してやるぜ! なんせ、おれは六天(ろくてん)になる男だからな!」


 六天、魔導士にとっての最高の称号。戦闘のみならず、他の分野にも精通している点、名誉など一目置かれる点からか、子供たちや若い魔導士の間では憧れの存在でもある。

 ニクスの頭に師匠のことが浮かんだ。中にはあの師匠に憧れを抱いている人もいるのだとか。魔装士としての実力は遠く及ばないが、憧れていると直接言ってしまうと、本人が調子に乗りそうだ。

 ニクスは少年に言う。


「六天になりたいのか?」

「ああ! だって、最強のまどうしなんだろ? かっこいいじゃん!」


 ニクスは苦笑する。確かに言葉だけ聞けばそうかもしれない。ただ、魔装士になることは綺麗なことばかりじゃない。本来なら戦う必要なんてないほうがいいんだ。


「目標を持つことは悪いことじゃない。でも、さっきも言ったけど、魔装士は常に危険がつきまとう。そのことだけは忘れないでくれ」

「お、おう」


 少年は気勢を削がれたのか目を瞬かせながら、うなずいた。

 こういう時は憧れを後押しするものなのだろうか。……どうしてもそういう気にはなれなかった。

 ニクスは少しだけ考え、教室の端で座っているハンスに視線を送る。


「ひとまず、ここまででどうでしょうか」

「うむ。ありがとう、ニクス君。そこまででいいよ」


 ハンスは立ち上がる。


「今、ニクス君が言ってくれたように、魔導士は今となっては必要な職業だ。君たちもこれからの将来、魔導士になる道もあるのだと思ってくれているのならばよい。さて、授業はここまでにして休憩に入ろうか」


 ニクスと子供たちは揃ってうなずいた。

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