16. お風呂!
※本エピソードは途中からスティア視点に切り替わります。
屋敷に戻ると、クラウスから話があった。
「これより、夕食の準備を始めますが、先にお風呂へいかがでしょうか。ソフィー様もスティア様も先ほどは汗を流されたでしょうし」
「ふむ。わしは構わんぞ」
ソフィーはスティアに向く。
「お主はどうじゃ」
スティアは自分の服を見た後、ニクスをちらっと見て、少しだけ顔を赤くした。
「そうですね。そのほうがいいです」
「よし、ならついでにラピスもどうじゃ。お風呂で女子会といこうぞ」
ソフィーさんは女子という年齢ではないのでは……。
ソフィーがこちらをじろっと睨んできた。
「何か不敬な視線を感じたぞ」
「いえ、気のせいだと思います」
ラピスが首をかしげながらも回答した。
「わたしも大丈夫です」
「うむ。なら、行くぞ!」
スティアとラピスはうなずき、二人はソフィーについていった。
クラウスがニクスに向き直る。
「ニクス様はどうされますか?」
「夕食の準備を手伝おうかと思っていましたが……」
「いえ、それには及びませんよ。お客様ですから」
「分かりました。では、俺は部屋に行ってようと思います。以前、ご厄介になった時の部屋で大丈夫ですか?」
「はい、常に清掃はしておりますので、使っていただいて構いません」
ニクスはうなずき、部屋へと向かった。
***
ソフィーの後ろをスティアとラピスはついていく。ニクスがいないせいなのか、少し心細い。スティアは軽く首を振った。
子供じゃあるまいし、大丈夫。
ほどなくして、浴場に到着した。
「ここじゃな」
ソフィーがそう言って、扉を開ける。
「はー」
脱衣所も広い。二人だけなんだよね。住んでるの。
スティアが入り口で立ち止まっていたせいか、後ろのラピスから声がかけられた。
「そこで突っ立ってたら、邪魔。早く入って」
「あ、ごめん!」
スティアはそそくさと中に入る。
「風呂用の小道具などはそこにある。適宜とっておくとよい。服などはかごに入れておけ」
「はい、ありがとうございます。あの、服が泥だらけなのですが……」
「あー、寝巻きの代わりを貸してやろう。クラウスに持ってこさせる」
ソフィーはそう言って脱衣所の扉の横に併設されている宝石に手をかざした。
宝石から声が響く。
『どうされました? 主様』
スティアはびくりと肩を揺らした。
クラウスさんの声が聞こえてきた!?
スティアがソフィーの方を指さし、ラピスに言う。
「……クラウスさんの声が聞こえたみたいだけど」
「あれ、触ると遠くの人と話せるから」
「そ、そうなんだ」
来客を知らせる道具といい、便利なのが多いんだ。
ソフィーとクラウスの会話が続く。
「後ほど寝巻きの用意をしてくれるか? 三人分じゃ」
『かしこまりました。良いタイミングで置いておきましょう』
そうすると宝石の光が消えた。そのタイミングでスティアはソフィーに話しかける。
「あの、クラウスさん。男性ですよね。大丈夫なんですか?」
「ん? 見られることを心配しておるのか? あやつなら、中の気配が分かるから、鉢合わせすることもないと思うぞ?」
扉越しの気配なんて、分かるのだろうか。
三人はそのまま服を脱ぎ、かごに入れる。
ソフィーがあごに手を添え、ラピスの方に視線を向けていた。
「見ないうちに随分育ったの」
「どこを見てるんですか」
確かに大きい……。ラピスの方が少し背が高いけど、ここまで差って出るのかな。
ま、まあ、大きいからって必ずしもいいことではないよね。重そうだし!
とりあえず、何とか自分を奮い立たせようとしたところ、ソフィーの視線がこちらに向いていることに気づいた。
「ふむ。お主は肌が随分綺麗じゃのぅ。……ちょい、失礼」
「え」
ソフィーがにじり寄るようにスティアに近づき、肌にというか右胸あたりを触ってきた。
「ひゃ!?」
ラピスが「ソフィーさん」とあきれた声をあげている。
なんで触られてるの!? というか、失礼と言いながら、即座だったよ!?
「ふむ」
「ちょ、ちょっと、待って。くすぐった……あひっ」
ほどなくして、ソフィーの手が離れた。
「はぁ……はぁ……」
スティアは自分の胸を守るように後ずさる。
何故、入る前にこんなに息切れしないといけないのか。
「いきなり触らないでください!」
「わしは失礼といったぞ?」
「いや、間がなかったですよね!?」
ソフィーは肩をすくめたと同時にすっと体を移動させた。
いつの間にかソフィーはラピスの前に立ち、彼女の手がラピスの胸に伸びる。
ラピスはそれを叩き落とすように片手で遮った。手のひらがぶつかる音が軽く響く。
は、反応できるんだ。
「ちっ、ケチじゃの」
「誰がケチですか。触るのなら自分のを触ってください」
「はー、分かってないのぅ。自分のを触っても面白くないじゃろ。しかも、平らじゃしな」
ソフィーはやれやれと言わんばかりに首を振った。ラピスから特大のため息が漏れた。
苦労してるのかな……。
ソフィーは気にした風もなく、口を開いた。
「ま、とりあえず、風呂に入るか」
三人はそのまま浴場へと足を踏み入れた。
中央に丸い浴槽が設置されており、手前にはいくつか洗面台が置かれている。
スティアが感嘆の声をあげる。
「ここも広い……」
三人でも持て余しそう。
ソフィーとラピスが洗面台の方に向かったため、スティアも慌ててついていく。頭と体を洗い、浴槽に全身をつからせる。
スティアはとろけたような声を出した。
「はひ~」
「また、間抜けな声」
「だって、気持ちいいんだし、声も出るよ。ラピスもそう思わない?」
「確かに気持ちいいけど、あなたのように間抜けな声は出さない」
ソフィーは軽く笑いながら、言う。
「お主ら仲良いなぁ」
「別に仲良くない」「はい、仲良いですよ」
ラピスの刺すような視線がスティアに向けられる。わずかに視線を逸らした。
ソフィーが肩をすくめ、スティアに言った。
「しかし、お主、記憶がないという割には日常のことはほとんどできるのじゃな。その髪も――」
ソフィーはスティアのまとまった髪を指さす。
「普通にまとめておるしな」
「これは特に意識しなくてもできたというか」
「ふむ。名前や出身地は忘れているという話だったの。なら、お主の生きた時代の知識はどうじゃ?」
スティアは首をかしげる。考えてみるも、浮かんでこない。
「分からない、ですね……」
ソフィーの視線が鋭くなる。
「なら、何故、"魔法"という言葉は知っておったのじゃ?」
「え」
「知識自体を忘れておるのなら、魔法に関する知識も忘れておるのが普通じゃろ。一部だけ覚えていないとしても、生きていた時代の知識がごっそり失われているのなら、その言葉自体が出てこないじゃろうしな」
言われて初めて気づいた。確かになんでだろ。あの時は——。
「ニクスが魔素や魔力のことを言った時に、頭の中に浮かんできた、んだと思います」
正直、自信はない。
ラピスがいぶかしげな視線を向けてきた。
「都合がいい。記憶がないというのも嘘だったりして」
「……ま、疑ったわしが言うのもなんじゃが、今の返答含めて、嘘なら下手じゃな。まるで怪しんでといわんばかりじゃし」
ソフィーは視線をやわらげ、からから笑う。
ラピスはばつが悪そうに軽く視線をそらした。
ソフィーは横目でラピスを見た後、口を開く。
「変なことを言ったの。気を悪くしたならすまぬ」
「あ、いえ、私は大丈夫です。疑われるのも当たり前だと思いますし」
「ほれ、ラピス、お主もじゃ」
ラピスは不貞腐れたような表情をしていたが、
「……ごめんなさい」
と謝った。
特に気にしていなかったけど、これ以上、否定するのも野暮な気がした。
「さて、わしはもう一つ気になっていることがあるんじゃ」
スティアとラピスは首をかしげる。
「スティア、お主はニクスのことをどう思っておる?」
いきなり、そんなことを聞かれるとは思ってなかった。
ラピスの視線がいつにもまして、鋭くなった気がした。
「さっき、風呂の話題が出た時に横目でニクスのことを見ておっただろ。あれはあやつを異性として、意識しておったのではないか?」
「そ、そんなことはないと思います! ただ……なんというか恥ずかしかっただけで!」
「その返答は語るに落ちているのではないか?」
ラピスからしらっとした視線を向けられる。
「この人、無自覚みたいだし、お兄がつけ込まれないか心配」
スティアはぶんぶんと首を振った。
「いや、つけ込むなんてしないよ!」
「うーむ、たらし込めるほど、色気があるとは思えぬがの。ま、ニクスの好みは知らぬが」
スティアは軽く頬を膨らませる。
なんか失礼なことを言われた。ここは認めさせないといけない。そう、色気というやつを!
なんとか体をくねらせ、片目を閉じるのを試みた。
「うっふ~ん」
声なんかも出してみる。
二人からじとっとした目を向けられ、浴場に沈黙が訪れた——。
その空気に次第にいたたまれなくなる。
「のぅ、ラピス。こやつがつけ込めると思うか?」
ラピスはため息を吐いた。
「でも、お兄は妙にこの人のこと気にかけてるし、いつ気の迷いが出るか分からない」
ソフィーはあきれたように肩をすくめる。
「兄を心配するようで、実のところ取られたくないだけじゃろ。あやつの関係を制限するのは、あやつの幸せを制限する行為じゃぞ」
ラピスは目を据え、静かに口を開いた。
「……お兄には幸せになってほしい。でも、認めない」
「やれやれ、前途多難じゃな。スティア、お主がニクスを手に入れたいのなら、こやつを超えんとな」
「あの! 勝手に私がニクスを手に入れたいみたいな話になってませんか!?」
スティアの声が浴場で反響した。




