第6章 微かな光と交わし約束
第一幕:窓外の憧憬
柔らかな陽光が、病室の薄いレースのカーテンを透かし、純白のベッド脇に降り注いでいた。
それは、空気中に残る刺すような薬草の匂いを優しく和らげている。
ディアンナは隣の病床に腰を下ろし、両手で自身の膝を抱えながら、少女特有のおどおどとした、それでいて気遣わしげな瞳でクラウドをじっと見つめた。
「あの……クラウドさん。駆魔公安を辞められてから、何かご予定はあるんですか……?」
クラウドは顔を向け、ただ一つ残された右眼で、窓の外に広がる澄み渡った青空と、自由に羽ばたく鳥の群れを静かに見つめた。
その横顔から、かつての戦場の冷酷さや殺気はすでに消え失せている。そこにあったのは、激しい疲弊の果てに見出した平穏と、穏やかな暮らしへのささやかな憧憬だけだった。
彼は低く、優しい声を漏らす。
「昔育った孤児院の村へ戻るつもりだ……どこか広大な草原を見つけ、牛や馬を飼いながら、残りの人生をのんびりと過ごすのさ」
そこには、政治の不当な企みもない。高層部の冷酷さも、終わりなき殺戮も存在しない。
第二幕:傲嬌の「余計なお世話だ!」
「えっ……私も牛や馬を飼うの、だ〜い好きなんです!」
その言葉を聞いた瞬間、ディアンナの瞳がパァッと輝き、先ほどまでの怯えた面持ちから一転して、満開の笑顔が咲き誇った。彼女は興奮気味にパチパチと瞬きをする。
「だったら……私、牧場のお手伝いに行きます!」
「……はあっ!?」
クラウドは全身をビクリと強ばらせ、呆然と固まった。
目の前で明朗に微笑む少女を信じられない思いで見つめ、彼の脳裏は一瞬でフリーズする。
しかしディアンナは、さも当たり前と言わんばかりに指を折り曲げながら、極めて真面目な顔で分析を始めた。
「牧場のお仕事って、すごく重労働で大変ですよね? お一人で全部手が回るわけありません! それに……今のクラウドさんは、片眼も片脚も失ってしまっていますし」
その、ぐうの音も出ないド直球な正論が、一瞬にしてクラウドの最も痛いところを突いた。
少女の純粋無垢な瞳で見つめられるうち、かつて天下に名を轟かせる「白衣の死神」の頬は、目に見える速さで真っ赤に染まっていく!
羞恥と、気まずさと、言い知れぬ苛立ちが入り混じり。
彼はぎこちなくそっぽを向くと、不機嫌そうに思い切り頭をブンブンと振った。
「よ、余計なお世話だっ! 俺一人でも……ちゃんとやっていけるわ!」
第三幕:最強の師匠と未来の贈り物
耳の付け根まで真っ赤に染めながら必死に格好をつけるクラウドのツンデレな様子に、ディアンナは思わず両手で口元を押さえ、クスクスと可愛い笑い声を漏らした。
「あのね……」
ディアンナはふと首を垂れ、その声に懐かしさと、強い意志を滲ませる。
「私の両親は生前、義肢魔具を作る専門家だったんです。もし……もし私もレイブン様から本格的に錬金術を学べたら……クラウドさんのために、新しい目と、また普通に歩ける足を、いつか自分の手で作ってあげられるのにって……!」
クラウドは、微かに息をのんだ。
少女の瞳に宿る、一筋の偽りもない優しさと、途方もない執念を目にして。
彼の心の中の、誰にも触れさせなかった最も柔らかい部分が、激しく揺さぶられた。
彼は顔に浮かんだ照れくささを必死に押し殺すと、瞳を穏やかで、しかしどこまでも真剣な光へと戻す。
「錬金術か……。ちょうど、知り合いに一人いる。普段は口うるさくて退屈な野郎だが……錬金術の造詣に関して言えば、今の世の中で間違いなく最強の男だ」
クラウドはかすかに唇の端を持ち上げた。
「退院したら、そいつに頼んで教えてもらおう。お前が本気なら、あいつは最高の師匠になるはずだ」
ディアンナは驚きと喜びで口をぽかんと開き、夜空の星のごとく瞳を輝かせながら、興奮気味に何度も何度も頷いた。
「本当ですか……!? クラウドさん……ありがとうございますっ!」
窓から差し込む温かな陽光の下、少女の眩い笑顔と、青年の微かに赤らんだ顔が互いを引き立て合っていた。
その瞬間、そこにはもう死霊も戦争もなく、ただ過酷な運命の中で寄り添い合い、新たな希望の種を蒔く二人の魂だけが存在していた。
第四幕:汗水と不屈
数か月後。
ロンドン公安本部の裏手に広がる庭園では、初夏の微風が青々とした樹々の梢を揺らしていた。
左脚と左眼を失ったとはいえ、かつて世界の頂点に立った戦士であるクラウドの辞書に、「廃人」という文字は存在しない。
毎朝、彼は庭の木陰のベンチに身を預け、上半身を露わにして重厚な鉄のダンベルを力強く持ち上げていた。
グキッ、と筋肉が軋む音がする。
鍛え上げられた鋼のような肉体の隆起を、幾筋もの汗が滑り落ちていく。息を荒らげながらも、その唯一残された右眼には、決して運命に屈することのない不屈の意志が宿っていた。
そして――敷地内の少し離れた古い別棟。
そこは、レイブンの臨時工房となっていた。
ディアンナはレイブンに正式に弟子入りし、日夜驚異的な才能を次々と開花させていたのだった。
第五幕:天才弟子と驚愕の師匠
ある日の午後。
レイブンはいつものように髪をボサボサに掻きむしり、その両脇に分厚い錬金図面の束を抱えながら、慌ただしく庭園へとクラウドの見舞いにやってきた。
片手で巨大なダンベルを軽々と押し上げるクラウドを見つめながら、彼は信じられないといった様子で眼鏡のレンズを拭い、感嘆の声を漏らさずにはいられない。
「おい、クラウド……あそこのディアンナのやつ、正真正銘の『錬金術の化け物(天才)』だぞ……!」
クラウドは手にしていたダンベルをカチャンと地面に下ろし、レイブンから差し出された白いタオルで額の汗を拭う。彼は面倒臭そうに眉をひそめた。
「どうした。あの娘がまた、何か妙なものでも作ったのか?」
「妙なものだと……!? 奇跡だよ、奇跡!」
レイブンは目を血走らせ、身振り手振りを交えて熱弁を振るい始めた。
「僕が今まで錬金術を研究する時はさ、『どうやって魔力を爆発や雷、殺戮の破壊力に変換するか』ばかり考えていた。だがディアンナは全く違う! 彼女は神経魔力の伝達と生体金属を融合させ、人間の脳の知覚を完璧に義肢へと伝導する『生体魔具義肢』を作ろうとしているんだ……! そんな狂気的で繊細な発想、僕は考えたこともなかったよ!」
親友からディアンナへ送られる惜しみない賛辞を聞きながら。
クラウドの口元には、無意識のうちに、本人すら気づかないほどのささやかで、誇らしげな笑みが浮かんでいた。
だが、彼はすぐにその表情を引き締めると、全く気にしていない風を装ってわざとらしく鼻を鳴らす。
「チッ……まあ、あいつの根性なら、そのうち何か形にするだろ」
第六幕:男たちの秘密と鋼鉄の義肢
レイブンは周囲をきょろきょろと見回し、ディアンナが近くにいないことを入念に確認すると、急にもったいぶった態度でクラウドの耳元へと顔を寄せ、声を極限まで潜めた。
「なあ、クラウド……。実はな、ディアンナの『義肢錬金』の設計図に強烈にインスピレーションを受けて、僕自身も最近ひそかに――超極秘の研究を進めているんだ!」
「……また何をくだらない企みをしてやがる」
クラウドは面倒くさそうに片手でこめかみをさすった。
レイブンは天才発明家としてのマッドな狂熱と興奮を瞳に宿し、ごく小声でささやき続ける。
「浮遊魔力ビームを無理やり収束させて撃ち出す、『対魔物用・出力特化型義肢兵器』を設計しているのさ! これなら高階魔物だって一撃で蜂の巣だぜ! ……ただし! このことは絶対に、ディアンナには秘密にしてくれよ!」
レイブンは冷や汗を拭いながら続ける。
「あの子に知られたら、『せっかく人を救うための義肢なのに、また勝手に殺戮兵器を作ったなんて最低です!』って言って、絶対泣きながら怒られるからね!」
レイブンのあまりに大胆で、かつ頭のネジが外れたような狂気じみた思いつきを聞き、クラウドは深い溜息をつきながら天を仰いだ。
彼は鬱陶しそうに、レイブンの肩をバシッと力強く押し払う。
「なんだそりゃ……馬鹿野郎。俺には全く関係ねえよ。興味もねえし、あいつに告げ口するつもりもねえから勝手にしろ」




