第10章 正義の代償
【第一幕:九死に一生と重苦しい提案】
駆魔公安本部、地下高層軍事会議室。
円卓の周囲は満席となり、空気は今にも凝固しそうなほど重苦しく沈み込んでいた。数日前の「竜の島」における敗北の惨劇は、組織全体を深い悲しみと恐慌の陰影で覆い尽くしていた。
ボロボロに引き裂かれた総司令の戦袍を纏うレイブンは、全身を包帯で痛々しく巻かれ、蒼白な顔色ながらもその瞳には絶大な決意をみなぎらせていた。彼は血痕の残る報告書を円卓の中央へと叩きつけ、しゃがれながらも腹に響く声で言い放った。
「諸君……竜の島の惨劇はすでに見た通りだ。『狂竜核』の反動と暴走は決して不可逆ではない! 僕はこの総司令の名において正式に宣言する——今すぐ、完全に『魔化戦士』計画を凍結・破棄せねばならない!」
会議室内に激しい動揺が走り、高層幹部の多くが恐れと迷いの色を浮かべた。
【第二幕:鋭光と極限の正義】
「反対だな」
低く、どこか退屈そうでありながら、身を切るような寒気を孕んだ声が、突然コーナーの席から上がった。
そこに座っていた青年は、駆魔公安・特別行動隊の黒金で彩られた隊長服に身を包み、組み合わされた両手を顎に当てていた。普段は細く閉じられている目を微かに開き、一筋の細隙から一匹の孤狼のごとき冷酷で刺すような鋭光を漏らしている——特別行動隊隊長、シリウスその人であった。
シリウスの口元が冷笑の弧を描き、一切の温度を感じさせない冷淡な口調で言い放つ。
「今この計画を中止すれば……竜の島で倒れ、無惨に命を落とした数百の同胞たちはどうなる? 誰が彼らの潰えた正義を果たすというのだ?」
シリウスは背筋を正し、冷ややかに全場を見渡した。
「止めるどころか、我々は魔力注入を強化し、魔化戦士の限界戦力を全力で引き上げねばならん! より強大な力を掌握してこそ、あの狂竜王を完全に潰滅できるのだ!」
【第三幕:狐男と分からず屋のジジイ】
「貴様、何を言っている……!?」
レイブンは猛然と机を叩いて立ち上がった。額に青筋を浮かべ、瞳に怒火を燃え上がらせてシリウスを睨みつける。
「本当の正義が何かも分からんくせに! 同胞を火の海へ叩き落とすだけの、糸目のきつね野郎が!」
総司令の激怒を前にしても、シリウスは眉ひとつ動かさなかった。彼は微かに顎を上げ、レイブンの持つ「軟弱さ」を蔑むような眼差しで見下すと、容赦なく言い返した。
「正義とは本来、犠牲を伴うものだ。血の代償を払わずして、どうやって平和を勝ち取る? この分からず屋のウロボロスジジイが!」
「貴様——っ!」
レイブンは全身を激しく震わせ、電光杖のグリップにかけられた手に力が入り、今にも引き抜いて斬りかからんばかりだった!
【第四幕:強行鎮圧と深まる亀裂】
『ドン——————!!!』
落雷のごとき爆音が突如として炸裂した! 頑丈なマホガニーの会議卓が凄まじい衝撃に激しく震え、亀裂が歪に走り抜ける!
クラウドが猛然と掌を机に叩きつけていたのだった。ただ一つ残された右眼を猛火のごとく燃え上がらせ、全場を平伏させる圧倒的な威圧感を放ちながら、凄まじい喝破声を上げた。
「いい加減にしろ! シリウス! レイブン!」
クラウドは両目を閉じ、深く息を吸い込んだ。胸の中に渦巻く怒りと悲痛を力任せに押し殺すと、沈着で重々しい声で告げた。
「冷静になれ……俺たちが今日ここに集まったのは、みんなの未来を議論するためだ。喧嘩をしに来たんじゃない!」
クラウドの言葉は冷水を浴びせかけたように、火薬庫と化した室内の触発寸前の空気を一時的に鎮静化させた。しかし、誰もがこの激論が収束に向かうと思ったその時、ずっと隅で沈黙を守っていた精鋭隊長——キンレオンが、ゆっくりと顔を上げた。
事故で命を落としかけた男の口から漏れた声はしゃがれていたが、途方もなく強固な決意を孕んでいた。
「私も……計画の中止には反対です」
「キン……お前まで!?」
クラウドは死生を共にした兄弟に向かって、信じられない思いで振り向いた。その瞳には驚愕が満ちていた。
キンレオンは拳を固く握りしめ、重苦しい眼差しでレイブンを真っ直ぐに見つめた。
「現在、国境の反乱軍は討伐されておらず、各地で魔物が跳梁跋扈しています……我々には依然として、魔化戦士の力が絶対的に必要なのです」
「キンレオン!」
レイブンは目頭を赤く染め、叫ばずにはいられなかった。
「魔化戦士は本来、人々を守り、犠牲を減らすために開発されたんだ! 終わりなき殺戮のための戦争兵器にするためじゃない!」
「意味は同じことです、総司令官殿」
キンレオンの眼光は揺るぎなく、退く気配は微塵もなかった。
「反乱軍と敵をすべて殲滅し尽くせば、この世界から二度と戦争はなくなります。総司令官殿の魔化研究が正しかったと証明するために……私は、魔化戦士の手術を受ける覚悟です」
「私も手術を受けよう」
隣のシリウスが微かに糸目を開き、口元に冷ややかな弧を描いた。その声には疑いようのない果断さが宿っていた。
「くそっ……どいつもこいつも狂っていやがる……!」
自ら進んで魔物の器官移植を志願する目の前の兄弟たちを見つめ、レイブンの額には青筋が走り、全身が激しい憤怒で震えた。溢れ出る責め苦の言葉は激しく上下する咽喉で閊え、惨めな咽び泣きへと変わる。赤く血走った瞳には、決壊した悲しみと悔しさが満ち溢れていた。
中央に座るクラウドは額を押さえ、力なく悲痛に首を横に振った。
かつて栄光と守護の象徴であった駆魔公安の大殿において、理念の亀裂は今や砕け散ったマホガニーのテーブルのごとく、二度と元に戻ることはないのだった……。




