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半死の時間—魂の緒—  作者: 説人


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2/5

◆浮く身体◇

 引き続きお越しいただきありがとうございます。


 よろしくお願いします。

 時計を見ると二時四十六分だった。トイレに行っていた時間くらいで、時間はほとんど進んでいない。さっきまでの記憶はある。身体がトイレに行きたくなって、俺を引き戻したようだった。


 どうやら本体を目覚めた状態で活動させるには、俺の意識というか、魂のような状態の俺が必要のようだ。


 しばらく考え込んでしまう。たしかに、生まれてから今日まで生きてきて、心臓を動かそうと思って自分の意思で動かしたことは一度もない。


 呼吸だって止めることはできるが、基本的に意識して『いま吸うぞ、いま吐くぞ』とはやっていない。寝る時もだ。意識し過ぎると逆に寝れないくらいだ。


 自分の意思だけで身体を動かしているわけじゃないのは百も承知だ――でも、なんか変じゃないか?


 分からない――まあ、変だけど、今日の仕事のことを考えると、分からないことを考える時間がもったいない。


 明日時間があるときにネットで調べるか、無料の生成AIにでも訊いてみよう。明日も仕事だから考えるのはここまでにして、もう一度寝よう。


 また身体から抜けちゃったら嫌だな……俺はベッドに移動した。

 

 スマホの目覚ましがうるさい――すぐに停止をタップした。よし、触れる。すぐに身体を起こし、念のためにキッチンのペットボトルを掴んでみた――掴める。身体から魂が抜けていない確信を得て、手際よく出社の準備をして家を出た。


 エレベーターホールで同じ階に住む『井出川さん』と目が合い、頭を軽く下げて挨拶をした。出勤時によく会う井出川さんは、ゴミ出しやマンションのルールに厳しく、少しでも異変を感じると指摘してくる。ある時、正しく分別したゴミを捨てようとしているときに、何が気になったのか指摘され、「そんなに気になるなら勝手に中身を確認すればいいだろ!」と怒ったことがある。翌日、申し訳なさそうに謝ってきたので許したが、もうこれ以上相手にしたくなかった。


 このときも井出川さんの粘っこい視線を感じて気持ちが悪かった。


 今夜も帰りは遅くなる。かと言って疲れて身体から抜け出てしまうのはもうごめんだ。少し早めに退社して、ちょっとでも自分を癒す時間を作りたい。


 考え事をしながら駅に向かって歩いていると、駅から降りてきた人たちの列の先頭に若い綺麗な女性が見えた。最近気づいたのだが、どうやら彼女とはかなりの頻度ですれ違っているらしかった。それに気づいたきっかけは、ある朝の通勤時に駅の方を向いて道なりに歩いていたら、その若い女性が駅の方から現れ、すれ違い様に急に顔を伏せた。その不自然な動きをきっかけに、俺は初めて彼女に気づいた。


 そしてある仮説が浮かんだ。


 それは『毎朝、俺とすれ違うときに俺が彼女をじろじろと見ていると思っているのでは?』という推測だ。


 かなりの美女っぽかったが、はっきりと見て確認する気にはならない。視線の端の雰囲気で感じるだけに止めている。そもそもこっちは彼女とすれ違うだけの存在としか認識していない。彼女が顔を突然伏せなければ、一生景色として流れていた存在。


 彼女の存在に気づいて以降、彼女の姿を遠くに捉えた瞬間、目線を反対側に移して下を向いて歩いた。それさえすれば、誰かも分からない他人を無駄に意識することから逃れられる。そうやって毎朝の不快な感覚を切り抜けていた。


 ところが、今日は違った。


 彼女と思われる存在を遠くに見据えて目を伏せた。ここまでは昨日と同じ。あとはすれ違って終わり。感じる必要のない不快感を回避できるはずだった。


 視線を外してから数秒、誰かが近付いてきた気配を感じた。ちょうどその女性とすれ違うようなタイミングだった。しかし、いつまで経ってもその気配は動かない。まるで、そこに立ち止まってこちらを見続けているよう。おかしいと思って顔を上げようとした瞬間、耳元で囁くような声が聴こえた。


「あなた、私が見えるんですか?」


 驚いてすぐに振り返ったが、なぜか誰もいなかった。


 通勤途中で足を止め、一人でしばらくその場で動けなくなった。今の声は誰の声だ?一瞬にして姿が消えるなんてあり得ない。


 すぐに視線を横に走らせて周囲を見渡した。通勤中のサラリーマンや学生、犬を連れて散歩中の老人……どこにもそれらしき人は見つからない。


 その場に佇む俺の横を、駅へ向かう学生達が邪魔そうに避けていった。


 そして記憶の奥から、いつかの電車の中で老婆に席を譲ったときに、それを見ていた女性の顔を思い出す。同一人物?なぜか俺は目をつけられている?――答えが出ぬまま時間だけが過ぎていった。


 台風の影響で地方便のトラックが早く出発しないとならないことなどが重なり、早めの退社を会社から指示された。台風は帰宅するまでは影響を受けそうだが、帰ってしまえばタップリと時間が取れる。定時に退社という夢のような時間に胸が躍っていた。


 帰宅途中の台風は風が強いくらいでまだ雨は降っていなかった。手に傘を持った人を見かけながら、何事もなく買い物を済ませて家に着いた。


 久しぶりにカレーを作り、テレビをぼんやりと見る。窓の外が騒がしかったが、それ以上は気にならなかった。テレビの横に置いてあるゲーム機が目に入ったが、なぜかやる気にはならない。そんな自分に年をとったような気がした。


 風呂から出てアイスを頬張り、通勤の移動中に読む本をかなり読み進めた。

 二十二時を回ったので歯を磨き、布団へと潜り込んだ。一日の終わり、通勤時にすれ違う女性が言った言葉を思い出す。


 『あなた、私が見えるんですか?』


 あの女の人、明日もすれ違うかな?……やがて意識が薄れ、俺は一日のご褒美、睡眠という一番幸せな時間を迎えた。


 時計の針は二時四十五分――なんで……出ちゃうんだろう?俺は宙に浮かびながら、スヤスヤと眠る自分と目の前で向き合っていた。


 最後までお読みいただき、ありがとうございました!


 また次のお越しをお待ちしております!

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