◆オレンジ色の糸◇
【読者の皆様へ】
本作を開いていただき、ありがとうございます。
本作はカクヨムに掲載したバージョンからブラッシュアップした作品です。
本作はホラー作品です。グロ要素はありませんが、お子様には少々ショッキングな描写を含みます。
R15想定でお楽しみ下さい。
※【全5話、完結済み】です。今日から1話ずつ、22時に更新予約を設定しています。
GW中のお楽しみに、寝る前のひととき、あるいは夜更けの読書のお供になれれば幸いです。
※作者が生成AIで作成した本作のイメージ画像です。
俺は田所鉄雄、三十代前半で独身のサラリーマン。スマホのカレンダーを眺めながら気が滅入っている。今月は残業が続き、一ヶ月間一日も休んでいない。
毎日仕事が終わるのは二十二時を過ぎてからだ。身を粉にして毎日頑張っているのに、何も報われることがないまま、年齢だけ重ねている。正直なところ、ただ生きるだけで成長のない日々に焦っている。才能も金もない人生。
最後に残された、生まれたときに平等に授けられた若さを、なにも掴めずにすり減るように失っているのが怖い。絶望的な孤独……俺みたいのを『社畜』というのだろう。
親からのメッセージは数年前から無視しているので通知の数字が増えるばかりだ。
帰りの電車はいつも混んでいて、やっと優先席に座れたのが唯一の救い……と、思っていたら目の前に老婆が立った。そしてがっかりしたように深いため息をついた。……俺はつくづく運がない。自分の親切心を声に出すのは気恥ずかしいので、無言で席を立って別の車両へ移った。後ろから老婆の感謝の声が聴こえ、少し恥ずかしかった。
その去り際に綺麗な女性がこちらを見ていて目が合った。どこかで会ったことがある?……些細な親切心がそんなに珍しかったのだろうか?不快そうには見えない。じっと目を合わせ続けるのも変なので、流れるように視線を外した。あれこれ考えているうちに目的の駅に着き、足早に改札を抜けた。
今日も家に着くのは二十三時の少し前。夜遅くに帰宅し、玄関を入ってすぐの通路で前のめりに倒れ込んでしまった。頬についた床が冷たい。その姿勢のまま全身の力が抜け、まぶたを閉じた。
どれくらい時間が経ったのだろう?目を開くと床に押し当てた頬が頭の重みで潰れていた。勢いよく起き上がると身体が妙に軽い。キッチンに向かって移動すると、テーブルの上に飲みかけのペットボトルを見つけた。飲もうとして手を伸ばしたが、いくら掴もうとしてもスカスカと空を切って実体を掴めない。手元をよく見ると、指先がペットボトルをすり抜けてボトルにめり込んでいた。
まるで自分がホログラムのように立体映像化しているように見えた。何度も掴もうとしたが、指はボトルをすり抜けてしまう。おかしい。なぜだ?慌てて周囲を見回すと、次の異変が目に飛び込んできた。あり得ない……。
通路に俺が倒れていた……どういうことだ?なんで俺が倒れているのを俺が見ている?
咄嗟にスマホに目が行き、フロントカメラで自分を確認しようとするが、またも指がすり抜けてスマホも掴めない。馬鹿な――驚いて立ち上がり部屋を見回す。間違いなく俺の部屋だ。今は何時だろう?壁時計に目をやった。二時四十五分で針が止まっていた――いや、僅かに針は進んでいるが、かなり進みが遅い。
真夜中――窓の外はどうなっている?
まさか、通り抜けられるかも?
思った通りだ……。
窓ガラスを通り抜け、外に顔だけ出せる。
マンションの十階から見下ろす景色は暗く、街灯が見える程度。深夜の時間帯として何もおかしくない。
でも、目の前にあるこの線はなんだ?雨か?雨が空中で止まっているのか?地面に打ち付けられている線もある。多くは細い水の線が何本も目の前の空間にそのまま止まっている。いや、微妙に落下しているようにも見える。時間がほぼ止まっているのか?俺は死んだのか?自分の身体を見た。何もおかしくはない。でも、窓ガラスを通り抜けられる。
これは魂の身体?
身体を捻って自分の全身を見た。すると、オレンジ色の細い糸のような線が腰の辺りから伸びてゆらゆらと揺れている。その糸を握って手に巻き付け、視線で先を辿ると、倒れている自分に臍の緒のように繋がっていた。
その時、背後でドンという鈍い音がした。俺は糸を手放して身体を部屋に向き直った。寝ている俺の姿勢が変わっていた。寝返って、通路の壁に半身をぶつけたようだ。そのままイビキをかき始めた。
なんだこれは――。
俺は死んでないってことか?
生きてるけど、魂だけが抜けたってことか?
いや、待て待て。夢ってことだろ。そう考えるのが妥当だ。
起きろ俺!――いくら念じてもなぜか目の前の身体は動かせない。
通路に転がりイビキをかく自分に身体を重ね、なんとか制御を取り戻そうとするが、全く戻れない。感覚的には十分くらい悪戦苦闘しているが、何の成果もない。
不思議なのが少しも疲れないことだ。本体が寝ているからか?正直、酒に酔っているように気持ちも軽い。このまま戻らないで一生を過ごしたらどうなるだろう。身体も思考も軽い。いや、軽すぎる。待て待て、俺。何を考えているんだ。これは良くない状態だ。真面目に考えろ。どうすれば自分の身体に戻れる?
その時だった――本体が自ら身体を起こした。
え?!と驚く間もなく、身体と繋がっているオレンジ色の細い糸に引っ張られて身体へ吸い込まれた。
うわ、身体重いなぁ。頭も少し痛い。トイレ……。目の前のオレンジ色の糸を手で避けると、感触なく消えてなくなった。
糸が消えた……魂状態のときだけ触れられる、あの世と生きた身体を繋ぐ命綱ってことか?……いくら考えても根拠のある正しい答えは出なかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
ぜひ、最終話までよろしくお願いします。




