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灰色と紋なしの少年  作者: 北田シヲン


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22/23

22話

仮想空想OP

水曜日のカンパネラ 『シャルロッテ』

 どぷんっ―――


 鳥居を越えるとともに、水の中に入ったような妙な音が耳に響く。先ほどまでいた鳥居の外側とは違い、空気が身体にまとわりついてくる。


 冷や汗が額から流れ、頬を伝って、地面へと落ちていく。


「あら。先ほどお守りを見せていただいた方ではありませんか。あ…お待ちください。お守り、落とされましたよ?」


 多賀大社に来てすぐに会った、お守りのことを教えてくれたご高齢の神職(しんしょく)さんが、後ろから声をかけてきた。


 お守り?あ、さっき教えてくれた多賀大社のお守りのことかな?わざわざ拾ってもらって


「ありがとうござい―――」


 いや、ちょっと待て。待て待て待て!

おかしい…これはおかしいぞ!

さっきまで、この鳥居の中に入るまで、僕の周りには誰もいなかった!それが突如として、背後に現れて、声をかけてくるなんて、どう考えてもおかしいじゃないか!


 感謝を述べながら、後ろへ振り向こうとする身体を無理やり止める。危なかった。鳥居の中へと踏み出した一歩目で、振り返る所だった。


 それと、お守りなら僕のポケットの中にある。それとなく、ズボンの後ろについたポケットに触れる。―――うん。ここにある。大丈夫だ。


 あまりに日常的な会話だったから油断した。もっと恐ろしい、おどろおどろした何かが来るのかと身構えていたからこそ、危なかった。


 もしかしたら、本当の神職さんの可能性もあるから、念のため、前を向きながら、ぺこりと会釈だけを返し、もう一歩前へ踏み出す。…ん?やけに脚が重い。踏み出した方の足元を見る。


「酷いじゃないですかぁー!無視するなんてぇー!」


 足に、ご高齢の神職さんが、くっついていた。

両腕でガッツリと僕の左足を掴んでいる。


「ひぃ…!」


 怖い…!

すぐさま、おもいっきり足を動かし、振り払おうとするけど、涙と鼻水をぐじゅぐじゅに垂らしながら、必死な形相で掴んできて、離れない…!なんだこいつ…っ!なんなんだよ!!怖いよ!!


 母に助けを求めようと前を見ると、さっき鳥居に入ったばかりだというのに、前には誰もいない。出口の鳥居まで一本道なのに。まるで自分だけ別の空間に迷い込んでしまったかのような…恐怖が、心の奥底から込み上げてくる。


「ぅ…うぁわぁぁぁー!!!離せよ!離せー!!」


 逆の足でおもいっきり、神職の顔を蹴る。その衝撃で、足を掴む力が緩んだ!

―――今だ!持てる力全てを使って、おもいっきり、力強く、地面を蹴る。蹴る。蹴る!蹴る!!


「はぁ…はぁ…はぁ…」


 道の中腹くらいまで進んだだろうか。息を吐きながら、足元を見る。足を掴んでいた神職は、どうやら振り解けたようだ。


 息を整え、深呼吸。

背中は汗でびっしょり。時折ふく風が、汗で濡れた服を冷やし、少し肌寒さを感じさせる。出口はもう見えている。一歩ずつ、出口に向かって歩き始める。


 少し歩いた所でふと視界の左側に、社が映った。気になってそっちを見ると、小さな社が建っている。そう言えば、来る時、お参りしようとしたら、母に止められたっけ。


〝シャルちゃん。大丈夫よ。まず初めに、ここに祀られている最も偉い神様に挨拶に行くのが礼儀なの。そうしないと、神様が拗ねちゃうからね〟


 最も偉い神様 伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)への挨拶は済ましたわけだし、挨拶しないと礼儀が悪いか…

先を急ぐ中、な(・)ぜ(・)か(・)そう思った。


 左へと枝分かれした参道の方へと足を踏み入れる。社まではすぐだった。


 あ、そう言えばお金を持ってない。まあ仕方ないか。そう思い、社の前で手を合わせ、頭を下げる。目を瞑るのを忘れて、頭を下げたものだから、足元 自分の後ろに、他の人の靴が見えた。


 あぁ、後ろに人が並んでる。

そう思い、一歩左にずれる。後ろの人も入れるようにだ。頭を上げると、僕が空けた右側に人が入ったのを感じる。少し離れたところにいるのか、視界には映らないが、そこにいるのは分かる。


 よし。参拝も済んだし、帰ろうかな。

右足の踵を軸に、回れみ―――――


〝そのなんだ…帰り道には気をつけよ。もし誰かに呼び止められても、鳥居を出るまでは振り返るな。何があろうと、誰に呼びかけられようと、決して振り返るな。わかったな?〟


 ギリギリのところでその言葉を思い出し、なんとか踏みとどまった。身体は正面から30度ほど回転したところで止まり、ふぅーと息を吐きながら、前へ向き直す。


 ―――っ!?ギョッとした!驚いた!!

さっき右側に入ってきた人(おそらく女性)は、顔に、口だけポカリと空いた黒い狐のお面をつけていて、お辞儀をした体勢のまま、なぜか顔だけをこちらに向けている。なんとも言えない異様な光景だ…


 そして、今気付いたことだけど…あの鳥居をくぐった時からというもの、どうやら、感覚が鈍くなっているようだ。鳥居に入るまでは、絶対に後ろを振り向かないぞ!と強い気持ちで臨んでいたのに…さっきの神職も今も振り返りそうになった。この空間には、感覚を麻痺させる何かしらの効果があるに違いない…!

……あれ?そう言えば…なんでわざわざ、この社に挨拶に来たのだろうか。そのまま、まっすぐ出口に向かえばよかったのに。

……はっ!これもこの空間のせいか!?


 だけどまあ、今、考えても仕方ない。

そう考えをまとめ、後ろに振り返ることなく、後ろ向きのまま歩き始める。今来た道を思い出しながら、ゆっくりと。


 異様な光景は続く。

足音もなかったのに、いつの間にか、右横で参拝していた人の後ろに人がずらーっと並んでいる。同じ黒い狐のお面をつけた人が等間隔に並んでいて、同じように顔だけをこっちに向けている。身体は前を向いたまま、頭だけが後ろ向きでこっちを見てくる。


 老若男女。それぞれの体格。それぞれの身長。

全員の頭の高さが違っていて、後ろに歩けば歩くほど、目線が増えていくように感じる。


 来る時はすぐに着いたのに、帰りはやけに長く感じる。


 ようやく半分ほどまで来ただろうか。目線が気になって下ばかり見て歩いていたから、ふと前が気になって見上げてみると、目でぎりぎり見える先に、全身こちらを向いて立っている人が見えた。背格好からして、さっき参拝した時に横にいた人だろう。


――りゃ――――――せ…

――――んせ――りゃ――…


 何か聞こえる。

誰かの呟きのような、声のような。なんの音だ?


 足を止め、目を閉じ、耳を澄ませる。音が少しずつ大きくなっていくような…目を開くと、前に見える人が少しずつ近付いてきているような気がした。


 何かとても…言い表せられない嫌な予感がする。

止めていた足をまた動かし始める。一歩、また一歩と歩くたび、遥か遠くに見える人も一歩、また一歩と近付いてくるような…そんな嫌な予感が。


 あたりの薄暗さが相まって、相手の足の動きまでは見えない…でも、少し急ごう。足を動かす速度を、回転率を少しずつ上げていく。あまり早くすると絡まってこけてしまうから、そこは注意しながら。


 歩くたび、後ろに進むたび、聞こえてくる音が大きくなり、ようやくそれが、歌(・)なんだと分かった。


とおりゃんせとおりゃんせ

ここはどこのほそみちじゃ

てんじんさまのほそみちじゃ

ちっとおして くだしゃんせ

ごようのないものとおしゃせぬ

このこのななつのおいわいに

おふだをおさめにまいります

いきはよいよい かえりはこわい

こわいながら

とおりゃんせとおりゃんせ


 聞いたことのない歌だ。こっちの世界の歌だろうか。特徴的な音と抑揚の少ない歌い方。どこか不気味さを感じる中、なにより怖いのは、参道に並ぶ人たちが、こっちを向いたまま、一音もズレることなく歌っていることだ。


 怖さと不気味さと気持ち悪さ。

その全てがごちゃ混ぜになった感情が、足底から僕を捕えようと、よじ登ってくる。


 その感情に捕まらないように、逃げるように後ろに向かって歩く。どんどんどんどん、歩く速さが早足になり、やがて、走り始める。


 普段の生活で後ろ向きに走ることがある?いや、ほとんど無いだろう。


 数分走っただろうか?ようやっと、視界の端に、元来た道が見えた!この脇道に繋がるT字路だ!ふぅーどうにかここまで―――あっ…


 どてっ―――

安堵した瞬間、足が絡まり、盛大に尻餅をついた。


「いててっ……え…?」


 お尻が割れるかと思うほどの衝撃。

お尻をさすりながら立ち上がり、前を見ると、目の前に狐面を被った女が立っていた。鼻と鼻がぶつかりそうな距離で、歌を歌いながら。


「うわぁぁぁ!!!」


 驚き、また尻餅をついた。


 周りを見回すと、狐面をつけた人たちが、僕を取り囲むように立っていた。10人やそこらではない。二重、三重…いや、もっとだ。人の隙間から見えるはずの向こうの景色が、肉の壁に遮られている。


 そして、正面に立つ狐面の女が、おもむろに手を、僕の方へと伸ばした。


 あの手からは、危険な香りがする。

とても危ない気がする。嫌な予感がする。

絶対に、触れても、触れられてもいけない………そう思ってるはずなのに…なのに…無性に触れてみたい。


 な(・)ぜ(・)か(・)見覚えのあるその手に。


 脳内の理性が警告音を大音量で鳴らす中、本能がそれを無視して身体の主導権を奪い取る。


あぁ…――あの手に触れたら、僕はきっと

月・木 更新

30話完結

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