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灰色と紋なしの少年  作者: 北田シヲン


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19/22

19話

仮想空想OP

水曜日のカンパネラ 『シャルロッテ』

 母たちの元へ合流すると、袴姿の巫女が待っていた。入口から下駄箱を背にして右側にある扉が開き、その先に続く通路へと案内される。


 入ってすぐ90度左へと曲がると、手洗い場があり、そこで手と口を清める。多賀大社に来てから清めていなかったことに、今ここで気付く。


 手を清めた後、更に90度右へ身体の向きを変え、案内されるがまま、木製の通路を歩く。左右には柱だけが立っていて、壁や仕切りはなく、間を風が吹き抜ける。柱の隙間から右を見ると、先ほど参った賽銭箱が見える。左を見ると、質素な社が見えてくる。…質素だが、醸し出す雰囲気とこの場を満たす空気感は、伊勢神宮のそれよりも重くのしかかってくるように感じる。


 案内された先に、少し開けた部屋が出てきた。畳の引かれたその部屋の社側に近く、入ってきた方と反対側から順に座るように指示を受ける。


 先を歩いていた祖父母と母の座り方(後で聞いた話だと正座という)を真似て、腰を下ろす。元の世界ではこういった儀式や神事には、教会がよく用いられ、大抵そういった場所には長椅子や1人用の椅子が置かれていたため、座して待つのは新鮮だ。


 最前列の私たちの横に、他の利用者が並んでいく。一列に人が並びきると、その後ろに同じように人が並んでいき、平日だというのに、満員御礼。全員が同じように正座で座る姿に、この社におわす神様の信仰度合いの高さを感じ取る。地域信仰だと言うのに、この人の入り様は凄いとしか言いようがない。元の世界では地方に行けば行くほど、教会が小さかったり場所によっては無かったりしていて、神様よりも明日の暮らしを重要視していたが…この世界の神様 日本の神様というのは、よほど信仰されているらしい。


 最後尾の方が正座で座ると、今来た道から袴姿の宮司(ぐうじ)が現れ、最前列の僕たちの前に空いた空間(スペース)に腰を下ろした。藁で編まれた座布団の上に正座し、僕たちの方に身体を向ける。


宮司(ぐうじ):神社の最高責任者であり、祭祀や社務を統括する役職


「本日はまだ暑い中、本社へとお立ち寄りいただき、誠にありがとうございます。それではこれより、ご祈祷を行って参ります」


 母が元の世界で作った着物によく似た服に袖を通した宮司が、180度向きを変え、本殿の方へ座り直すと、巫女より木で作られた置き台を両手で受け取った。台をそっと床に置き、その上にある紙を1枚取りあげる。


「―――――

シャルロッテ・ラインバッハ。

―――――

―――――

祓え給い(はらえたまい)、清め給え(きよめたまえ)」


 聞き覚えのない言葉の羅列に、母が作った翻訳機が機能しない。どうにか自分の名前と最後の言葉だけは聞き取れたが…どうやら、ここに座っている全員分を読み上げるようだ。


 母たちの方をちらっと見ると、みんな軽く頭を下げ、目を瞑りながら、それが終わるのを待っていた。そういうものかと理解し、同じような体勢のまま待つ。


 何か違和感を感じる。感じたことのない、なんとも言えない違和感。痛みに似た不快感が―――足に。ピリピリと痺れのようなものが足全体に。麻痺蜂(パラライビー)に刺された時の感覚に近い。


 そんな違和感と闘いながら待つこと15分。

台の上にあった紙が全て無くなり、聞きなれない言葉の羅列の後、


「では皆様。頭をお下げください」


 ようやく翻訳機が機能する言葉になったようで、すんなりと耳に届いた。言われた通りに頭を下げる。


 宮司が立ち上がる時の布が擦れる音。カサカサと葉っぱ同士が擦れる音。そして、シャンシャンと鈴の音が鳴る。


「頭をお上げください」


 宮司の言葉通りに頭を上げる。いつの間にか座っていた宮司は、言葉を紡ぐ。


「本日は多賀大社にお越しいただきまして、誠にありがとうございます。これにて終了とさせていただきます。皆様から向かって右手にあります通路から退出していただきまして、あちらに名前の書かれたお品を置いてありますので、お忘れになりませんようお持ち帰りください。それでは、前の列の貴方からどうぞ」


 前列の一番右にいる祖父から退出を始め、それに着いていこうと立ち上がるが…あれ?立てない。足が痺れて思うように動けない…!


「おぉ!おぉ!足が痺れたかぁ!?はっはっはっ!若いなぁ〜!!」


「ゆっくりで大丈夫ですので、焦らずにお立ち上がりください」


 祖父に盛大に笑われながらも、宮司のご好意に甘え、ゆっくりと立ち上がる。歩くたびに足全体から強烈な痺れが襲ってくる。まるで生まれたばかりの子鹿のように、ビクビクしながら歩く。


 どうにか授与品が置かれた場所まで辿り着き、自分の名前の書かれた袋を見つける。受付で名前を書いた紙が紙袋の表面に貼られている。受付時に元の世界の言語で書いて、母に書き直された紙が貼られた紙袋を手に取り、廊下を進む。


 コの字に曲がった通路を歩いていくと、ちょうど中央に祭壇が置かれている。宮司がお祈りの際、僕たちに背中を見せて本殿の方を見ていたが、ちょうどその裏手だろう。


 母から5円硬貨を貰い、2礼2拍1礼を済ませ、目を瞑りながら頭を下げる。


「面(おもて)をあげよ」


 祖父母や母とは違う、むしろ今まで聞いたことのない声に、思わず頭を上げる。そして、一変した景色に驚き、目を見開く。


 先ほどまで目の前にあったはずの祭壇や通路がなくなり、僕は草原の上に立っていた。雲ひとつない快晴の青空と地平線まで続く緑の草原。青と緑だけのその世界で、僕の目の前に2人の男女が立っていた。


 男性の方は、中肉中背。身長は僕より少し高いくらい。顔の彫りは深く、立派に生えた髭を何か棒状の物で留め、長く伸ばした髪を特徴的な結び方で結んでいる。

(後で調べたところ、みずら、と言う髪型だそうだ)


 白を基調とした服を赤い帯で留め、腰付近に巻かれたその帯に帯刀している。元の世界でも見たことのない刀の形状だ。そして、首から様々な色の勾玉をぶら下げ、両腕にも様々な装飾品がついている。あまり好きな言い方ではないが、じゃらじゃらしている。


「其方(そち)だな?我が妻の神獣に魔力を注いでくれたのは」


 渋さと爽やかさ。太さとか細さ。豪胆と静寂。そんな両極端なものを感じる声。聞き慣れない初めて聞く声。それに、神獣?魔力を注いだ?何のことだ?そう戸惑っていると


「ん?さては解っとらんな?其方がさっき部屋に置かれた木彫りの蛇に手を置いて、魔力を注いでくれただろ?」


 あー確かに…え?それのこと!?でも、魔力なんてないけど…と思いながら、頷く。


「やはりそうか。改めて礼を言わせてほしい。ありがとう、異世界の子よ。

話は娘より聞いておる。今朝方、八咫烏がやってきてな。其方が来ることを教えてくれたのじゃ。異世界よりこの世界の神の加護を受けるために来たとな。

 そうだ。まだ名を告げていなかったな。

我が名は、伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)。国土創造の原初神であり、最初の夫婦(めおと)神でもある。其方が昨日行った伊勢神宮。そこにいる天照大神は、我の娘だ」


 女性の方は、横に立つ伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)の1/3ほどの身長で、幾重にも羽織った着物が様々な色合いを見せ、美しく彩られている。ただ、そんな煌びやかな格好とは正反対に、唯一表に出ている顔は顔面蒼白。生気を感じられないほど青白い肌。唇には真っ赤な紅が塗られ、それがまた、肌との色の差を如実に表していた。


「其方の魔力のお陰で、妻の調子が良くなった。もう何年もまともな魔力を得られていなかったからな…ここ最近は立つことさえできなかったのだが」


 慈しむような優しい目で妻の背をさする。妻というからには、この女性も神様なのだろう。


「この世界の人間たちも魔力を持ってはいるんだがな。魔術よりも化学が進んだせいで使わなくなった魔力は退化し、今では神職たちの祈りからしか得られんくなった。其方と同様に、魔力を使っている自覚はないようだがな。定型化された祈りが、自ずと魔力を放出する形へと変わっていき、今に至るわけだ」


「あ、あの…一つ質問、宜しいでしょうか?」


 手を上げ、恐る恐る問いかける。


「ふむ、良いぞ」


 自分が灰色+紋なしであること。そのため、神様の加護がなく、魔力を操れないこと。そんな自分がどうやって、あの木彫りの蛇に魔力を注ぐことが出来たのか?そう問いかける。


「なぁ〜にを言っておるか!魔法が扱えずとも、触媒さえあれば魔力を込めることは出来る!今回のがまさにそれじゃ!部屋に置いてあった木彫りの蛇を見て、無意識に身体が動き、魔力を注いだだろ?ただ…魔法を使った方が一度に消費する魔力量は多いが。まあ、触媒を見たら無意識に魔力を注ぎたくなるように造ったのは我だがな!はははっ!!」


 伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)は、豪快に笑う。そして、僕は質問を続ける。なぜ、向こうの世界で、トリッシュの木に魔力を注げなかったのか、と。


「そうか。向こうの世界では、檜(ひのき)をトリッシュの木と言うのか…向こうの世界は化学よりも魔術が進化した世界だ。そのため、空気中の外魔力(マナ)がこちらの世界より多く漂っている。当然、トリッシュの木も生きとるのだから呼吸する。その時に空気中の酸素とともに外魔力(マナ)を取り込み、成長する。其方の魔力が流れなかったのはそういうことだろう。常に腹が満たされているのに、少量の魔力など必要ないということだな。

だが、こちらの世界は違う!外魔力(マナ)は限りなく少なく、各地の神々は参拝者たちの内魔力(オド)で食い繋ぐ日々。カラカラの植木鉢に水をやるとすぐに吸収するように、其方の魔力をぐんぐんと吸い上げたのだろう!妻の体調も良くなり、暴発間近だった其方の魔力も減らすことが出来た。一石二鳥とはまさにこのことだな!」


 その言葉に、ゾッとする。1度目の生で感じたあの形容し難い感覚を思い出し、鳥肌が立つ。


「こんな昨今だ。地方の神々(わが子たち)は、さぞ大変だろうな…参拝者たちからの内魔力(オド)もなければ、外気からの外魔力(マナ)も供給されず…日々弱っていく己の身体を眺めながら、どうすることも出来ない、やるせない気持ちとともに…やがて、消えてしまう。虚しいものだが…それも時代というものか」


 伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)の声と視線からは、虚しさと悲しさとやるせなさを感じる。


「まあ良い!今はそれを考えても仕方がない!今は其方の願いを叶えるとしよう!頭を下げてもらえるか?」


 頭を下げると、伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)は右腕をおもむろに上げ、自分の頭の上に手を置いた。頭に置かれたその手はとても大きく、父に頭を撫でられた幼き日のことを思い出させる。


「〝伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)の名をもって、其方に加護を与える〟」


 頭の先からふんわりと温もりを感じる。

その心地良さに身を委ねていると、視界の端に光の粒が落ちてくるのが見えた。光の粒は、七色に光る虹彩を放ちながら落ちていく。そんな光景を見ながら、ぼーっと綺麗だなと思いながら、今この瞬間のひと時を享受する。


「よし。これで加護は与えた。其方が吐露した言葉、あれは実に響いた。後は、元の世界に戻り、長生きするが良い。ではな。

―――――あぁ、そうだ。忘れていた。重く受け止めなくて良いのだが、そのなんだ…帰り道には気をつけよ。もし誰かに呼び止められても、鳥居を出るまでは振り返るな。何があろうと、誰に呼びかけられようと、決して振り返るな。わかったな?

では、名残惜しいが、本当にこれでさらばだ。達者でな」


 吐露した言葉?何の話をしているのか?…それに、振り返らずに帰ること?2回も言ってくるということは、よほど大事なことなのだろう。

口では軽く言ってるが、伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)の目は真剣だ。目は口ほどにものを言う。伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)の言葉を深く脳のしわに刻み込み、強く頷く。


 そして、無意識で動いたまばたきにて目を閉じ、開くと、元の世界に戻っていた。目の前に、賽銭を入れた社があり、横を見ると、母が最後の一礼を終えたところだった。


「よし!長寿蕎麦食べて帰ろっか」


 母が言っているのは、社のすぐ側 お守りの販売所から見えていた蕎麦屋さんのことだろう。店の前に幟(のぼり)が立っていて、大きな字で〝長寿蕎麦〟と書かれていた(らしい。話してる言葉は翻訳機で分かるが、文字は流石に読めない)


 そういえば、多賀大社に来てからというもの何も食べていない。母の言葉に頷くと、調子よくお腹が鳴った。みんなで笑いながら、社を後に。


 人がまばらに入っている蕎麦屋で、海老天蕎麦を食べる。海老は縁起物らしい。腰が曲がるまで長生き出来るようにと願掛けがあるそうだ。

…うん、美味しい。初めて食べる海老天蕎麦の味は、どこか母が作る料理と似ていて、不思議と落ち着いた。


 〝長寿蕎麦〟と〝海老〟

母の気遣いを感じながら、蕎麦を啜った。

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