17話
仮想空想OP
水曜日のカンパネラ 『シャルロッテ』
前日同様、朝早くに車へと乗り込む。
まだ慣れない乗り物に揺られながら、今日は〝多賀大社〟へと向かう。
昨日の伊勢神宮でのあの不思議な体験。
夢現か真か分からない中で貰ったこのお守り。
今はこれに頼るしかない。藁にもすがる思いで、その場所へと向かう。
彦根の出口から高速道路を降り、下道へ。
田園風景と田舎情緒に溢れ、懐かしささえ感じる雰囲気の中、少し荒れた道を進む。
小刻みに揺れる車内。聞こえてくる音楽を聴きながら前を見ていると、突然、大きな物体が右から左へと通り過ぎていった。
車よりも何倍も大きい四角形の鉄の箱。
その横っ腹に開いた四角の穴から人が乗っているのが見えた。それも1人2人じゃない。いっぱいだ!
「ふふ、あれは電車よ。公共交通機関って言って、お金を払えば誰でも乗れる大きな乗り物。元の世界で言うとー…うーん…飛空艇?が一番近いかな?お金払って、目的地まで運んでもらうって意味ではね」
「線路ってのがあってな?その上に車輪通して、さっきの大きい乗り物が走ってくんや?凄いだらぁ?」
口に出したつもりはなかったが、どうやら、伝わっていたらしい。この世界は、まだ見ぬワクワクが多くて、素晴らしい!
いつか、電車というあの乗り物にも乗ってみたい。そう思いながらも、車は、前に見えてきた線路の手前にある信号を左に曲がる。
曲がるとすぐに見える緑色の四角い箱のお店(後でコンビニと教えてもらった)を通り過ぎる。途中、色んなものの隙間から、大きな鳥居がちらっと見えた。
そのまま直進すると、左手に少し大きな建物が出てきた。右手には森。木々が生い茂っている。
「ここら辺やと思うけど…一旦、ここに停めてみるか」
車はその建物のある方へと入っていく。
建物から近くの開けたところに車を停めると、みんなして車から降りた。
降りるやいなや、凝り固まった身体を大きく伸ばす。2時間近く乗っていたからか、身体が少し痛い。
「ちょっと店員さんに聞いてくる。待っててくれ」
祖父はそう言い残し、一人で建物の中へと入っていった。祖父の背中を見送ると、建物の入口付近にある様々なものに目が止まる。綺麗な花や小さな苗木が所狭しと置かれている。
「近くで見てきてもいいよ。でも、売り物だから触らないようにね」
僕は頷き、そう遠くない建物の入り口へと向かう。近付くにつれて、花の香りが鼻腔をくすぐる。花の香りは、どこの世界でも似ているらしい。
でも、その花の形は、見たことのないものばかりだ。どこか似ていて、まるで違う。そんな不思議な感覚を覚えながらも、初めて見る花や果実に心が躍った。
「ねぇねぇ、お母さん。このお店の名前、チフコって書いてるけど、どうみてもスーパーじゃないよね?」
「あら、ほんと。東海だとチフコって聞くとスーパーのイメージだけど、滋賀県だとクーマみたいなホームセンターなのね」
母と祖母が遠くで話している声が聞こえてくる。
天から降り注ぐ温かい陽光と森の方から聞こえてくる鳥の囀り。なんとも心地良い時間が流れている。
そうこうしていると、祖父が店内から出てきた。
僕は母たちの元へ戻り、帰ってきた祖父は
「そこの森の中らしい。車はここに止めといていいってさ。目の前に見えるそのほっそい道を真っ直ぐ歩いていくと着くって。いやぁそれにしても親切な人だったなぁ」
さっき車で走ってきた大きな道の向こう側にある細い道を指差しながら、そう言った。
「あら、ほんと。木が多くて全然分からなかった。それじゃ長居するのもアレだし、行こか」
駐車場の出入口まで行き、そこから道路の方を、右見て左見てまた右を見て、車が来ていないことを確認する。
さっき通ってる時も思ったが、走っている車が極端に少ない。店先で花を見ていた時も、一台も通らなかった。これはまさに、田舎、というものだろう。懐かしい。
車が少ないとはいえ全く走っていないわけではないため、一応、小走りで道路を渡る。
歩道と言われる人が歩く舗装された道を越え、その先に見えてきた細い道は、舗装されているとはいえ、道路にはひびや割れがあり、酷いところは陥没していて、隙間からは雑草が生い茂っている。
そこを、道なりに歩いていく。
入り口から真っ直ぐだった道は、緩やかに左へと曲がっていく。
右手には森。左手には民家。
天高く伸びる木々が陽光を遮り、この道に入ってからというもの、常に陰っている。そのせいか、少しだけ気が重い…ような気がする。
道に入ってから5分もしない内に、大きな駐車場が左手に見えてきて、もう少し歩くと十字路に差し掛かった。
道路から出る時は右左を見て、もう一度右を見る。そう母から教わったため、頭だけを出し、まず最初に右を見る。
そうして、最初に視線の先に飛び込んできたのは、赤い鳥居だった。来る途中に車から見えた鳥居と比べると、小さいが確実に鳥居だ。
母や祖父母に伝えようと周りを見ると、みんながみんな気付いた様子で、全員がそちらを見ていた。
「鳥居があるってことはあっちだな」
「ええ、そうね。行きましょ」
そう言うと、祖父母は車が来ていないことを確認してから、先導するように前を歩き出した。
その後ろをついて行く。
少し古びた正面の赤い鳥居の後ろに、いくつもの鳥居が並んでいるのが見えた。
真っ直ぐに歩いて行くと、最初の鳥居の前に辿り着いた。鳥居の向こう 右側には、道中、右手の視界を埋めていた木々が生い茂っている。この木々は、境内のものだったのか。
季節は秋。まだ残暑の残る中、木が太陽を遮っているせいか、ひんやりと冷たい空気が漂っている。先日行った伊勢神宮とはまるで雰囲気が違う。
鳥居の前で、深く頭を下げ、神域へと踏み入ることに心の中で感謝を述べる。そして、鳥居の中へと一歩踏み出す。中に入った途端、身の引き締まるような厳格とした空気を肌で感じる。伊勢神宮でも感じた空気の重みがここにも在る。
そして、先に進む祖父母の背を頼りに歩いて行く。
途中、右手に小さな社が見えた。
だけど、みんなは一本道をただひたすらに真っ直ぐ進んでいく。そこにある社に挨拶はしないのだろうか?そう思いながら、きょろきょろと周りを見ていると、隣を歩く母がその疑問に答えを示してくれた。
「シャルちゃん。大丈夫よ。まず初めに、ここに祀られている最も偉い神様に挨拶に行くのが礼儀なの。そうしないと、神様が拗ねちゃうからね」
神様も意外と庶民的なのだな、と思いながら、頷く。
入口の鳥居から続く一本道。5つの鳥居をくぐり、最後の鳥居が見えてきた。その鳥居の向こう側から、陽光が差し込んでいる。ちょうどその鳥居を境に木々が途切れ、陰と陽が分かれているようだ。
鳥居をくぐり、回れ右。道を通らせていただいたことに感謝を込めて頭を下げる。もう一度回れ右をしながら、陽の世界を見る。
一目見ただけで、その建物がこの神域の最高位の神が在わすお所だと分かった。一際大きな木造建築のそれは、太く立派で大胆な大黒柱が荘厳な雰囲気を漂わせながらも、細部までこだわり抜かれた装飾や彫りの繊細な美学が、僕の感性に訴えかけてくる。思わず、こうべを垂れる。
人の死さえ促す夏の攻撃的な太陽から、心地良さと温かさを届ける朗らかな太陽へと変わった秋空の下。頭を下げたまま、背中に降り注ぐ陽光を感じる。頭を上げて、前を歩くみんなの元へ駆け寄った。
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