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灰色と紋なしの少年  作者: 北田シヲン


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13/22

13話

仮想空想OP

水曜日のカンパネラ 『シャルロッテ』

 朝食を食べ、諸々の準備が整った。

朝食の時に、母から説明を受け、今日は、この世界――いやこの国の最高位の神様に会いに行く。


 家を出て、扉に鍵を閉め、いざ…

歩いていくことを想定していたけど…


「歩いてなんて行かないわよ?流石に何日もかかるし、遠いから。ほら早く乗って」


 まさかまさか、こんなにも早く、車に乗る機会が訪れるとは思わなかった。


「車乗ったことないんか?」


 運転席に先に乗っている祖父が、話しかけてきた。ぎこちなく頷く。


「向こうの世界だとそれが普通か。まあなんだ。馬車だと思って、気軽に乗りや」


 優しく笑顔で促す祖父に、恐る恐る、後ろのドアを開け、中へと入った。


 車の中は、馬車よりも狭い。

でも、椅子の座り心地は馬車と比べ物にならない程、良質だ。手で押せば軽く反発し、椅子にかかる荷重を上手く分散している。


「みんな乗ったな?よし。出発だ」


 祖父は念の為、扉のロックをかけ、ゆっくりと車を動かし始める。


「シャルちゃん、これこれ。馬車より早く動くから、危ないのよ。こうやってつけるのよ?」


 後部座席の横に座る母が、ベルト状の拘束具を指差し、使い方を教えてくれた。随分と緩いベルトを付ける。


 車は徐々に速度を上げていく。

家から伊勢神宮までおよそ2時間。

勿論、高速道路を使用しての時間だ。


 高速道路の速度は、最低でも80キロ。

馬車とは比べ物にならないほどの速度だ。


 窓から見る景色が、すぐに移り変わっていく。

なのに不思議だ。馬車で早く動けば、その振動でお尻が割れそうになるのに、全くそうならない。この椅子は、機能面でも素晴らしいのか!


 車の素晴らしさに感動しつつ、外の景色を見つつ、興奮しっぱなしの2時間。合間で立ち寄る休憩所のクオリティの高さにも驚かされながら、目的地へと到着。


 車を停め、多くの平たい顔族が往来する商店の通りを抜ける――そこには、大きな鳥居と川の両端を通す橋があった。


 向こうでは、母が自護神を祀るために、家の中に小さな鳥居を建てていたから、礼儀作法は分かる。2礼2拍1礼をして、鳥居をくぐる。


「ふふっ」


 背後から聞こえた母の笑い声。不思議に思い、そっちを見る。


 母も祖父母も、鳥居の前で一礼だけしていた。


「2礼2拍1礼は本殿の前。お賽銭を入れる時にすればいいよ。鳥居をくぐる時は、お邪魔します、と心で言いながら、一礼。ごめんね、教えてなかったね」


 微笑ましそうに笑う母と祖父母。少し恥ずかしい。


 その後、橋を渡って道なりに右に曲がって、少し歩いたところにある川で手を清め、本殿へと向かう。今にも雨が降り出しそうだった曇り空は、いつの間にか晴れへと変わっている。


 細かい砂利の道を進みながら踏み込む足音を聞き、大きな木々の間から差し込む幻想的な木漏れ日が、朝露に反射してキラキラと光る様を見て美しく思う。元の世界と似た自然豊かな景色に、どこか焦っていた気持ちがすーっと落ち着いていく。


 そして、本殿の前へと。

苔の生え始めた石階段を一歩ずつ登り、賽銭箱へとお賽銭を投げ込み、2礼2拍。入る時にした時より気合を入れて。目を閉じ、願う。


―――どうか、ご加護を。


 深く一礼。

曲げた腰を戻し、頭を上げ、目を開ける。


…


 先ほどまで目の前にあった本殿が消え、代わりに、太陽に照らされて輝く湖と黄金の稲穂が、目の前に現れた。


 春の陽気を感じさせる温かさ。

時折、髪を撫でる風はどこか優しさを感じる。


 自分は、舗装されていない道の真ん中に立っている。左右には、実り、垂れ下がった稲穂が、見渡す限り、どこまでも続いている。


 緩やかな下り坂となっている道の先に、大きな湖が見える。きらりきらりと太陽の光が水面に反射する。僕は何かに誘われ、手を引かれたような気がして、前へと歩き始めた。


 陽気に歌う小鳥たちの囀りが聞こえる。

風とともに桜の花びらが舞い、花の香りが漂う。

ぽかぽかの陽気で、気分まで晴れやかになっていく。


 歩き出した足は、徐々に早く。はやる気持ちは、いつの間にか歩きを小走りに変えていた。


 あの湖へ行きたい。早く、速く!

小走りから徒競走ばりの走りに。そして、全力疾走へと変わる――その前に、僕を、呼ぶ声が聞こえた。


「ねぇ。そんなに走ってどこに行くの?」


 決して大きな声ではなかった。だけど、なぜか気になって、僕は走る足を止めた。振り返るとそこには、麦わら帽子を被った白いワンピースの少女が立っていた。


 左右を埋め尽くす黄金の稲穂。

その間にある脇道の際で、彼女は立っていた。

燦々と輝く太陽のせいで、麦わら帽子の影が濃く、彼女の表情は見えない。


「そんなに汗をかいて…これ、使う?」


 いつの間にかびっしょりと汗をかいている。

彼女に言われるまで全く気付かなかった。


 彼女のいる脇道のところまで戻り、手渡されたハンカチを「ありがとう」と言って受け取り、額の汗を拭った。ハンカチからはキーリュ(こちらの世界でいう金木犀)の香りがした。好きな匂いだ。


「洗ってから返すよ。それで、君は誰だい?」


 ハンカチをズボンのポケットに入れ、彼女の目があるであろう位置を見ながら、問いかける。


「失礼な人。まずは自分から名乗ってはどう?」


「あぁ、それもそうだね。ごめん。

僕の名前は、シャルロッテ・ラインバッハ。

この世界とは別の世界から来た異世界人さ。

こっちの世界は凄いね。向こうでは見たことない物ばっかりで…って、そう!あれ!車って知ってる!?

馬車で走るより何倍も早くて、お尻が痛くならない不思議な乗り物があるんだよ!

君も乗ったことある!?いや〜あれは本当に凄いね。まさに、文明の利器だね。

あ、ごめんごめん。関係ない話しちゃって。本題に入らないと。

えっと、こっちの世界に来た理由はね。

…僕、このままだと死んじゃうんだ。

向こうの世界だと神様の加護がない人は、灰色紋なしって言われてて、魔法が使えないんだ。

魔法が使えないと、自分の中の魔力がどんどん溜まっていって、最後には死んじゃうんだって。

全然実感湧かないよね。でもね、僕は分かるよ。

だって、2回目だから。

1回目は20歳になる前に死んじゃって。でも、母様の加護神 アフロディーテ様が便宜を図ってくれて、子どもの時に巻き戻って、生き返れたんだけど。

今のままじゃまた同じことの繰り返しになっちゃうんだ。

ははっ…また死んじゃうのはいやだなー

あの時のあの感触…今でも覚えてる。

胸の辺りで何が弾けて、ふっと身体から力が抜けて立っていられずに、そのまま地面に激突。不思議と地面に当たった時は痛くなくて、まるで自分の体じゃないみたいだった。

立ちあがろうとしても全く力が入らなくて…どうしてもダメで、寒くて、苦しくて…深く、ただただ深く闇の中に堕ちていくようなあの感覚。

…ほら見てよ。

思い出しただけで鳥肌が立っちゃった。

でもね、今回は、どうにか出来るかもしれないんだ。

元の世界ではダメだったけど、この世界の神様になら、ご加護をいただけるかもしれないんだ。

だから、この世界に来た。

今度こそ僕は、生きたい!何も成せなくても良い。ただ長く生きてみたいんだ…!」


 堰を切ったかのように、言葉がこぼれ落ちる。

ダムから水が勢い良く放流されるかのように、感情の吐露が止まらない。

なぜ初対面の彼女に、こんな想いを話したのかは分からない。でも、全部を出し切り、スッキリした。


 そんな言葉の濁流に、彼女は「そう」と答え、言葉を続ける。


「私じゃ力になれないけど…お父様とお母様ならどうにか出来るかもしれないわ。だから、ここに行って。手、出して」


「う、うん」


 両手を差し出すように広げると、彼女は手の平の上に、光り輝く何かを置いた。小さな太陽のようなそれは、全方位から光を放っていて、まるで何か分からない。


「これは?」


「戻れば分かるわ。それじゃあね」


 そう言うと彼女は踵を返し、脇道の奥の方へ歩き出した。一歩、また一歩と進むたび、天高く登った太陽が光を強める。


 さっきまですぐ近くに感じた彼女。

まだ数歩しか進んでいないはずなのに、とても遠くに感じる。そんな彼女と自分の間に、蜃気楼がゆらめく。


「あ!待って!君は、君は誰―――?」


 その問いに、彼女は振り向きながら、はにかんだ笑顔で―――


「


…


「―――――ゃ…ん!

…ャルち…ん!シャルちゃん!!」


「はっ!」と母が自分を呼ぶ声に目覚める。


「大丈夫!?シャルちゃん!?お祈りした途端ぼーっとしちゃって。まさか、もう」


「だ、大丈夫だよ、違うよ!後ろつっかえてるから、早く降りよ」


 顔面蒼白の母を落ち着かせ、階段を降りる。

何か不思議な体験をしていたような…夢心地の中、ふと気付くと、握られた左手の中に、お守りがあった。

お守りには〝多賀大社〟と大きく、書かれていた。そして、ズボンの中には、汗で湿ったハンカチも。

月・木 更新

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