13話
仮想空想OP
水曜日のカンパネラ 『シャルロッテ』
朝食を食べ、諸々の準備が整った。
朝食の時に、母から説明を受け、今日は、この世界――いやこの国の最高位の神様に会いに行く。
家を出て、扉に鍵を閉め、いざ…
歩いていくことを想定していたけど…
「歩いてなんて行かないわよ?流石に何日もかかるし、遠いから。ほら早く乗って」
まさかまさか、こんなにも早く、車に乗る機会が訪れるとは思わなかった。
「車乗ったことないんか?」
運転席に先に乗っている祖父が、話しかけてきた。ぎこちなく頷く。
「向こうの世界だとそれが普通か。まあなんだ。馬車だと思って、気軽に乗りや」
優しく笑顔で促す祖父に、恐る恐る、後ろのドアを開け、中へと入った。
車の中は、馬車よりも狭い。
でも、椅子の座り心地は馬車と比べ物にならない程、良質だ。手で押せば軽く反発し、椅子にかかる荷重を上手く分散している。
「みんな乗ったな?よし。出発だ」
祖父は念の為、扉のロックをかけ、ゆっくりと車を動かし始める。
「シャルちゃん、これこれ。馬車より早く動くから、危ないのよ。こうやってつけるのよ?」
後部座席の横に座る母が、ベルト状の拘束具を指差し、使い方を教えてくれた。随分と緩いベルトを付ける。
車は徐々に速度を上げていく。
家から伊勢神宮までおよそ2時間。
勿論、高速道路を使用しての時間だ。
高速道路の速度は、最低でも80キロ。
馬車とは比べ物にならないほどの速度だ。
窓から見る景色が、すぐに移り変わっていく。
なのに不思議だ。馬車で早く動けば、その振動でお尻が割れそうになるのに、全くそうならない。この椅子は、機能面でも素晴らしいのか!
車の素晴らしさに感動しつつ、外の景色を見つつ、興奮しっぱなしの2時間。合間で立ち寄る休憩所のクオリティの高さにも驚かされながら、目的地へと到着。
車を停め、多くの平たい顔族が往来する商店の通りを抜ける――そこには、大きな鳥居と川の両端を通す橋があった。
向こうでは、母が自護神を祀るために、家の中に小さな鳥居を建てていたから、礼儀作法は分かる。2礼2拍1礼をして、鳥居をくぐる。
「ふふっ」
背後から聞こえた母の笑い声。不思議に思い、そっちを見る。
母も祖父母も、鳥居の前で一礼だけしていた。
「2礼2拍1礼は本殿の前。お賽銭を入れる時にすればいいよ。鳥居をくぐる時は、お邪魔します、と心で言いながら、一礼。ごめんね、教えてなかったね」
微笑ましそうに笑う母と祖父母。少し恥ずかしい。
その後、橋を渡って道なりに右に曲がって、少し歩いたところにある川で手を清め、本殿へと向かう。今にも雨が降り出しそうだった曇り空は、いつの間にか晴れへと変わっている。
細かい砂利の道を進みながら踏み込む足音を聞き、大きな木々の間から差し込む幻想的な木漏れ日が、朝露に反射してキラキラと光る様を見て美しく思う。元の世界と似た自然豊かな景色に、どこか焦っていた気持ちがすーっと落ち着いていく。
そして、本殿の前へと。
苔の生え始めた石階段を一歩ずつ登り、賽銭箱へとお賽銭を投げ込み、2礼2拍。入る時にした時より気合を入れて。目を閉じ、願う。
―――どうか、ご加護を。
深く一礼。
曲げた腰を戻し、頭を上げ、目を開ける。
…
先ほどまで目の前にあった本殿が消え、代わりに、太陽に照らされて輝く湖と黄金の稲穂が、目の前に現れた。
春の陽気を感じさせる温かさ。
時折、髪を撫でる風はどこか優しさを感じる。
自分は、舗装されていない道の真ん中に立っている。左右には、実り、垂れ下がった稲穂が、見渡す限り、どこまでも続いている。
緩やかな下り坂となっている道の先に、大きな湖が見える。きらりきらりと太陽の光が水面に反射する。僕は何かに誘われ、手を引かれたような気がして、前へと歩き始めた。
陽気に歌う小鳥たちの囀りが聞こえる。
風とともに桜の花びらが舞い、花の香りが漂う。
ぽかぽかの陽気で、気分まで晴れやかになっていく。
歩き出した足は、徐々に早く。はやる気持ちは、いつの間にか歩きを小走りに変えていた。
あの湖へ行きたい。早く、速く!
小走りから徒競走ばりの走りに。そして、全力疾走へと変わる――その前に、僕を、呼ぶ声が聞こえた。
「ねぇ。そんなに走ってどこに行くの?」
決して大きな声ではなかった。だけど、なぜか気になって、僕は走る足を止めた。振り返るとそこには、麦わら帽子を被った白いワンピースの少女が立っていた。
左右を埋め尽くす黄金の稲穂。
その間にある脇道の際で、彼女は立っていた。
燦々と輝く太陽のせいで、麦わら帽子の影が濃く、彼女の表情は見えない。
「そんなに汗をかいて…これ、使う?」
いつの間にかびっしょりと汗をかいている。
彼女に言われるまで全く気付かなかった。
彼女のいる脇道のところまで戻り、手渡されたハンカチを「ありがとう」と言って受け取り、額の汗を拭った。ハンカチからはキーリュ(こちらの世界でいう金木犀)の香りがした。好きな匂いだ。
「洗ってから返すよ。それで、君は誰だい?」
ハンカチをズボンのポケットに入れ、彼女の目があるであろう位置を見ながら、問いかける。
「失礼な人。まずは自分から名乗ってはどう?」
「あぁ、それもそうだね。ごめん。
僕の名前は、シャルロッテ・ラインバッハ。
この世界とは別の世界から来た異世界人さ。
こっちの世界は凄いね。向こうでは見たことない物ばっかりで…って、そう!あれ!車って知ってる!?
馬車で走るより何倍も早くて、お尻が痛くならない不思議な乗り物があるんだよ!
君も乗ったことある!?いや〜あれは本当に凄いね。まさに、文明の利器だね。
あ、ごめんごめん。関係ない話しちゃって。本題に入らないと。
えっと、こっちの世界に来た理由はね。
…僕、このままだと死んじゃうんだ。
向こうの世界だと神様の加護がない人は、灰色紋なしって言われてて、魔法が使えないんだ。
魔法が使えないと、自分の中の魔力がどんどん溜まっていって、最後には死んじゃうんだって。
全然実感湧かないよね。でもね、僕は分かるよ。
だって、2回目だから。
1回目は20歳になる前に死んじゃって。でも、母様の加護神 アフロディーテ様が便宜を図ってくれて、子どもの時に巻き戻って、生き返れたんだけど。
今のままじゃまた同じことの繰り返しになっちゃうんだ。
ははっ…また死んじゃうのはいやだなー
あの時のあの感触…今でも覚えてる。
胸の辺りで何が弾けて、ふっと身体から力が抜けて立っていられずに、そのまま地面に激突。不思議と地面に当たった時は痛くなくて、まるで自分の体じゃないみたいだった。
立ちあがろうとしても全く力が入らなくて…どうしてもダメで、寒くて、苦しくて…深く、ただただ深く闇の中に堕ちていくようなあの感覚。
…ほら見てよ。
思い出しただけで鳥肌が立っちゃった。
でもね、今回は、どうにか出来るかもしれないんだ。
元の世界ではダメだったけど、この世界の神様になら、ご加護をいただけるかもしれないんだ。
だから、この世界に来た。
今度こそ僕は、生きたい!何も成せなくても良い。ただ長く生きてみたいんだ…!」
堰を切ったかのように、言葉がこぼれ落ちる。
ダムから水が勢い良く放流されるかのように、感情の吐露が止まらない。
なぜ初対面の彼女に、こんな想いを話したのかは分からない。でも、全部を出し切り、スッキリした。
そんな言葉の濁流に、彼女は「そう」と答え、言葉を続ける。
「私じゃ力になれないけど…お父様とお母様ならどうにか出来るかもしれないわ。だから、ここに行って。手、出して」
「う、うん」
両手を差し出すように広げると、彼女は手の平の上に、光り輝く何かを置いた。小さな太陽のようなそれは、全方位から光を放っていて、まるで何か分からない。
「これは?」
「戻れば分かるわ。それじゃあね」
そう言うと彼女は踵を返し、脇道の奥の方へ歩き出した。一歩、また一歩と進むたび、天高く登った太陽が光を強める。
さっきまですぐ近くに感じた彼女。
まだ数歩しか進んでいないはずなのに、とても遠くに感じる。そんな彼女と自分の間に、蜃気楼がゆらめく。
「あ!待って!君は、君は誰―――?」
その問いに、彼女は振り向きながら、はにかんだ笑顔で―――
「
…
「―――――ゃ…ん!
…ャルち…ん!シャルちゃん!!」
「はっ!」と母が自分を呼ぶ声に目覚める。
「大丈夫!?シャルちゃん!?お祈りした途端ぼーっとしちゃって。まさか、もう」
「だ、大丈夫だよ、違うよ!後ろつっかえてるから、早く降りよ」
顔面蒼白の母を落ち着かせ、階段を降りる。
何か不思議な体験をしていたような…夢心地の中、ふと気付くと、握られた左手の中に、お守りがあった。
お守りには〝多賀大社〟と大きく、書かれていた。そして、ズボンの中には、汗で湿ったハンカチも。
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