10話
仮想空想OP
水曜日のカンパネラ 『シャルロッテ』
高度経済成長期だった頃の日本しか知らない母は、その変わり様に驚いた。周囲に目を配り、その変化に目を輝かせる。
一方、初めて訪れる異国の地にシャルは、恐怖していた。
庭のような場所に降り立ったシャルたち。
左右に巨人を彷彿とさせる大きな建物が悠々と立ち、その中へと、見知らぬ格好の平たい顔族が入っていく。
巨人の口の中に自ら入っていく自殺志願者なのでは?と思ってしまうほどに…初めて見る光景に、シャルは心底驚き、恐怖していた。
人々は、手に持った箱を凝視しているようで、突如現れた二人に、気付いていた様子はない。
転移した瞬間を見られ、騒然となるのを心のどこかで思っていた二人だったが、あまりに何も触れられない状況に、拍子抜け。
肩の力が少し抜け、ふぅと一息つく。
母はおもむろに、カバンからイヤフォンとチョーカーを取り出すと、シャルに取り付けた。
耳につけたイヤフォンで相手の声を翻訳し、首元のチョーカーで発した言葉を現地の言葉に直す翻訳機だ。
「よし!ずっとここにいてもしょーがないから、行こ。お母さんの生まれた家に。シャルちゃんにとってのお爺ちゃんとお婆ちゃんに会いにね」
母は、はるか昔の記憶を思い出しながら、駅のある方へと向かう。歩いて5分ほどの距離にある駅に辿り着き、券売機の前へ。あの日持っていた古びた財布を取り出し、転移後、使い所のなかった旧千円札を恐る恐る入れる。
まだ使えるか分からない千円札は、特に異常なく、中へと通り、母は2人分の切符を買った。
時刻は、午前10時を過ぎた頃。
ホームに来た赤い電車に乗り、座席に座る。
少し寒くなってきた秋頃。
座った椅子のヒーターがほんのりと暖かい。
冬になるととても熱くなるのよ、なんて話しながら、あの頃、何度も降りた最寄駅へと電車はたどり着く。
駅員さんのいない無人駅。
あの頃よりも、少し寂れた駅へと降り立つ。
周りに大きな建物はなく、電車から降りて目に飛び込んでくるのは、稲刈りを終えたばかりの田んぼと赤とんぼの群れ。そして、田んぼの間にある道を数台の車が通っている。
何度も何度も見て、見飽きていた光景が、30年の時を経て、新鮮に鮮やかに、懐かしい気持ちと相まって、去来する。
母の瞳から、涙が零れ落ちる。
泣き崩れることも、嗚咽を出すこともなく、ただただ静かに涙が溢れる。
シャルは…そっとハンカチを渡した。
二人は、少し勾配のついた坂を下り、切符を改札へと入れる。懐かしい音と一緒に無くなった切符に、シャルは驚き、母は笑う。
そこから、15分ほど歩いた。
駅の周りの住宅街を抜け、田んぼの横を通り、学校のある上り坂を登っていく。
何軒か家を通り過ぎると、砂利の引かれた駐車場が見えてきた。平日だというのに、2台車が止まっている。
母は、少し緊張した面持ちで、駐車場へと足を踏み入れる。自分のことを忘れていたらどうしよう?会っても誰か分からなかったらどうしよう?そんな重い不安が、肩にのしかかる。
砂利の引かれた駐車場は、土と草が生えた地面へと続いていて、歩きやすいように地面に埋め込まれた白い踏み石の上を歩く。
右手にトタンで作られた小屋。左手に実家の玄関口が見えてきた。固唾を飲み、母――真夢華は、引き戸の玄関口に取り付けられたインターフォンを押す。
部屋の中に響くチャイムの音。
「はーい」という懐かしい声とともに、足音が近付いてくる。
そして、今、玄関の扉が開く。
「ただいま、お母さん」
真夢華は、30年ぶりの再会を果たした。
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