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第91話 ヒロインと町人Aは悪役令嬢の父親と面談する (前編)

最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。

現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。

完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。

ラムズレット公爵の王都邸に向かう途中の馬車内で、メイド服を着たお婆さん−イライザ・フォン・オーベルシュタインと名乗っていた−は、背筋をピン、と伸ばして両手を重ねるように太腿の上に置き、視線を外すことなくわたしに向けている。


その視線と彼女の貫禄に気圧され、わたしも背筋を緩めることができず、重ねるように太腿の上に置いた両手を外すこともできない。…って言うか、背筋を緩めた途端に彼女の威圧感によってペシャンコにされてしまいそうだ。


「…エイミー様」「は、はひっ!」


不意にオーベルシュタインさんが口を開き、心ノ臓の拍動がその瞬間だけ極端に大きくなったかのような錯覚を覚えた。


「わたくしは、現在アナスタシア様に専属でお付きしております。故に、エイミー様のことはアナスタシア様よりよくお伺いしております」


あぁ、アナスタシアが言っていた『絶対に頭の上がらない人物の一人』ってのがこのお婆さんなんだ。すげぇ納得した。


「アナスタシア様は、エイミー様のことを『素晴らしい治癒魔法を自在に操るヒーラーであり、また(みずか)らが傷付くことをも厭わず他人を救う事のできる素晴らしい人物だ』と仰っておられました」


それ、褒めすぎです。って言うか、対象になる人物がアナスタシアだからそこまでやれるんです。…やらなくっちゃいけないんです。


「わたくしが見たところ、失礼ながらそのようには見えませんが―」


ぐはぁっ!容赦なさすぎぃッ!!


「アナスタシア様には、わたくしが見えないものが見えるのでしょうね」


そう言ってオーベルシュタインさんは口を閉ざした。その後も、端然と座する姿勢を崩さずわたしに鋭い眼光を向け続け、わたしに姿勢を崩すことを許さなかった。


◇◆◇


ラムズレット公爵家の王都邸に馬車が着いたときには、わたしはヘロヘロになってしまっていた。オーベルシュタインさんの圧が半端なかったためである。


かつて、将棋界においてタイトルを総なめして圧倒的第一人者として君臨した大棋士がいたが、彼もその貫禄や威圧感で対局相手を圧倒し、それに対抗するだけで対局相手はヘロヘロに疲労困憊してしまった、と言われている。その大棋士の名前は何だったっけ…確か、大山のぶ代じゃなかったかな?


それはともかく、流石にこの国屈指の名門貴族の王都邸である。内装や調度品の一つ一つを見ても、ブレイエス男爵家のそれとは比較にならないほど高級感を醸し出している。斯様な事情で訪れたのでなかったら、わたしはきょろきょろと辺りを見回しては「すげぇ、すげぇ!」と叫び散らしていただろう。


やがてオーベルシュタインさんは応接室の一つの前で立ち止まり、彼女と同道していた二人の若いメイドさんに命じて扉を開けさせた。「この中でお待ち下さい」というオーベルシュタインさんの言葉に従って応接室に入ると。


「エイミー様…」「アレンさん…」


そこには、先客がいた。


◇◆◇


わたしはアレンさんに会釈して、彼の横のソファに腰かけた。恐ろしく座り心地がいい。アレンさんもわたしも、一言も発することなくソファに座っている。やがて、若いメイドさんがお茶を持って来てくれた。


「お茶をお持ち致しました。どうぞお飲み下さい」

「「ありがとうございます」」


期せずしてアレンさんとわたしのお礼がハモってしまった。普段なら噴き出すところだろうが、とてもそんなことができる空気じゃない。そして、自分の手が震えているのがはっきりと判るので、うっかりお茶を頂くこともできない。うっかり落っことしてカップを割った挙句に敷かれている絨毯にお茶のシミを作っちまったら、賠償のためにブレイエス男爵家が傾くことにもなりかねない。


そんなことを考えていると、アレンさんがカップを取ってお茶を一口飲んだ。流石は “西部のアレン坊” 、容姿に似合わず剛腹である。と思うと。


がちゃり。存外に大きな音を立ててアレンさんがカップを受け皿に置いた。「あ、し、失礼致しました」と、アレンさんには珍しく狼狽した声を発した。わたしは無論のことだけど、アレンさんも緊張してるんだな。


「いえ、どうぞお気になさらないで下さい」


わたしはそう答えると、そのまま膝を揃え、両手を重ねるように太腿の上に置いて前を見続けた。やがて、応接室の扉が開いて。


「待たせてしまって済まなかったね。先約が押していたのだよ」


一目で判る高価で仕立てのいいスーツを着た、厳つい風貌を持つ男性が入ってきた。伸ばした赤い髪をうなじで束ね、その髪と同じ色の口髭と顎髭を伸ばしている。彫りの深い顔は端正と言えるが、それ以上に青い瞳から発せられる眼光が鋭いため『武闘派』のイメージが強い。そのイメージを増強するのは、お父様やヨハネスさんと並んで立っても遜色ないであろう、長身で幅も厚い筋骨隆々の体格だ。


彼が、アナスタシアの父親でもある、ゲルハルト・クライネル・フォン・ラムズレット公爵閣下である。


◇◆◇


わたしの横でアレンさんがぐ、と拳を握り締め、その直後に跪いて臣下の礼を取った。わたしも同時に立ち上がり、カーテシーの礼を取る。まだまだ拙劣(ヘタ)かもしれないが、アナスタシアは上達したって言ってくれたんだ。そんなに見苦しいもんでもねぇだろう。…そう思いたい。


「アレン君と、エイミー・フォン・ブレイエス嬢だね。ゲルハルト・クライネル・フォン・ラムズレットだ。娘から、君たちにはひとかたならぬお世話になったと聞いている。まぁ、座ってくれたまえ」

「ラムズレット公爵閣下にお答え申し上げます。平民アレンと申します。この度は卑賎の身を親しく王都邸にお呼び下さいましたこと、恐悦至極に存じます」

「ラムズレット公爵閣下にお答え申し上げます。エイミー・フォン・ブレイエスにございます。この度は新興貴族の娘に過ぎぬ卑しい身を親しく王都邸にお呼び下さりましたこと、誠にありがたくお礼を申し上げます」


アレンさんとわたしの臣下の礼に(のっと)った挨拶に対して、ラムズレット公爵閣下は苦笑とともに言の葉を繋いだ。


「今日は、娘の恩人二人から話を聞きたくて来て貰ったのだ。堅苦しい礼儀は無用に願いたい。とにかく、その様にされては、話もできぬ。席についてくれたまえ」


公爵閣下はそう言って、わたしの右手を取ってその上に口付けを落とした。…マヂかよ?新興男爵家の娘に対して、そこまで礼を尽くすか?


「…あ、ありがとうございます。お言葉に甘えて、着座させて頂きます」


とりあえず貴族同士の会話ということにして、わたしはそう答えて淑女の礼を解き、ソファに着座した。アレンさんも、「ありがたきお言葉、遠慮なく甘えさせて頂きます」と言って着座する。


「エイミー嬢には、昨日娘に来て貰うように伝えさせたのだが、アレン君はいきなり呼び出してしまって済まなかったね」「いえ、問題ございません」


アレンさんは礼儀正しく、しかして毅然たる態度を崩すことなく公爵閣下の言葉に答える。それを見て、公爵閣下がにやり、と笑った。


「用件を尋ねるでも、媚び(へつら)うでもないか。…成程な、その年齢でこれとはな。…娘が気に入るのも道理だ」


公爵閣下は漸く表情を緩めた。それに対するアレンさんの表情は、険しいままだ。


「まずは、君たち二人に礼を言わせてくれたまえ。昨日の決闘に当たって、エイミー嬢は娘の共闘者に名乗り出てくれた。アレン君は娘の代理人として決闘の場に立ち、しかも勝ってくれた。そのことについて礼を言いたいと思って、君たちに来て貰ったのだよ。エイミー嬢、アレン君、ありがとう」

「そ、そんな!お礼などと、恐縮です!」「お、恐れ入ります!」


まさか、公爵閣下に頭まで下げて頂いてお礼のお言葉を頂けるとは思わなかった。その、アレンさんとわたしの様子に何故か感心した様子を見せた公爵閣下は、アレンさんに目を向けている。


「では、アレン君、幾つか質問させて貰ってよいかな?」「何なりと」


公爵閣下は、本題に入る前にアレンさんについて調べたことを話した。…ゔぇっ!?アレンさんが凄腕の冒険者なのは知ってたけど、ブリザードフェニックスの単独討伐実績まであったの!?それだけの実力者だったら王立高等学園の入学金や授業料だって独力で用意できるし、万が一…否、兆が一にもクズレンジャーどもに不覚を取るこたぁないわなぁ。


でもって、アナスタシアの話ではクズレンジャーどもは最初アレンさんを舐め切ってたそうだけど、蓋を開けてみたらボコボコにされちまった、と…ざまぁ!つくづく、心の奥底からざまぁ!!


…失礼しました。更に公爵閣下は、アレンさんが決闘の代理人を引き受けた動機を彼に聞いた。最後に、「…まさか、娘をモノにしようなどと考えていたわけではなかろうな?」と聞いた時の公爵閣下には、殺気のようなものすら感ぜられた。…はっきり言って、マヂ怖かった…


それについては、アレンさんは即座に否定した。アナスタシアを尊敬しているが、身分が違いすぎることは、痛い程承知していると。また、王立高等学園を退学になることも覚悟の上だと付け足した。


とまれその辺は、わたしも同様である。彼女を尊敬していることと、わたし自身の退学も覚悟していたことは。


ならば、何故決闘の代理人に立候補したのか?公爵閣下のその問いに、アレンさんは「母や、お世話になった人たちを護りたいからでございます」と答えた。…その辺は、わたしに教えてくれた通りだな。


怪訝そうな顔を浮かべた公爵閣下に対し、アレンさんはあの決闘にアナスタシア自身が臨んだ結果をシミュレートし、その結果齎される推測を公爵閣下に示した。それについては、後述させて頂く。

将棋界の大棋士の名前はうろ覚えです。

巌だったか、それとも倍達だったか…


ブックマークといいね評価、また星の評価を下さった皆様には、

本当にありがたく、心よりお礼申し上げます。


厚かましいお願いではありますが、感想やレビューも

頂きたく、心よりお願い申し上げます。

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