第90話 ヒロインは悪役令嬢の父親に呼び出される
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
王立高等学園の正門の前で、アナスタシアとわたし、お父様とお母さん、それにラムズレット公爵家の寄子の出身だという女性騎士様二人は別れの挨拶を交わしていた。傍らには、馬車が2台停められている。
「アナスタシア様、今日はお会いできて光栄でございました。今後も、愚女と仲良くしてやって下さいまし」
「奥方様、わたくしこそエイミー嬢にはよくして頂いております。向後も、よしなにお願い申し上げます」
アナスタシアとお母さんが親しく別れの会話を交わしているところに、女性騎士様の1人がアナスタシアに声をかけた。
「アナスタシア様、お名残り惜しいこととは推察致しますが、もう夜も遅うございます。公爵閣下や奥方様もご心配なさいますゆえ、馬車にお乗り下さいませ」
その言葉にアナスタシアは頷き、ラムズレット公爵家の家紋が入った馬車に乗ろうとして、何かを思い出したようにわたしに向き直った。
「あぁ、エイミー。明日…いや、もう今日か。お父様が、お前に聞きたいことがあると仰っておられた。ラムズレットの王都邸から迎えの馬車を寄越すから、準備をしておいてくれ。時間の頃合いは…そうだな。朝の10時頃を見ておいてくれ」
「え?…は、はい。畏まりました」
アナスタシアのお父さんって言ったら、ラムズレット公爵閣下だよな?その、わたしみたいな新興男爵家の娘にとっては雲上人が、一体何をわたしに聞きたいことがあると仰っておられるんだ?
「では、ブレイエス男爵様、奥方様、これにてご無礼させて頂きます。…エイミー、今日は本当にありがとう。向後も、よしなに頼む」
完璧無欠な美しいカーテシーをわたしたちに対して執った後で、アナスタシアはラムズレット公爵家の家紋が入った馬車に乗り込んだ。お父様はそれを臣下の礼を以て、お母さんとわたしはカーテシーを以て見送り、その馬車が見えなくなったところでわたしたちも馬車に乗り込んだ。
それにしても、向後もよしなに頼む、か…アナスタシアには申し訳ないけど、あれだけのことをやらかしておいて向後はないだろうな…
◇◆◇
「…それで、靴下を履いていないのか…」
ブレイエス男爵邸に帰る馬車内で、お父様はわたしから裸足にローファーを直履きにしていることの説明を受けると、皺を寄せた眉間を抓るような仕草を見せた。
お願いです、そんな呆れたような表情しないで下さい。反省してるんです。
そこに、お母さんがお父様に謝罪の言葉を向ける。
「ジークフリード様、申し訳ありません。エイミーが貴族の嗜みを忘れていたのは、偏に私の教育の至らなさです。エイミーを責めないであげて下さいまし」
「いや、君はよくやってくれている。前も言ったが、ブレイエス家は私で二代目の新興貴族なんだ。その娘に、貴族の嗜みが身についていなくても致し方ない」
お父様はそう言うと、お母さんと並んで座っていたわたしを交互に見遣った。あぁ、この次はお父様がそのような家に嫁いでくれたお母さんに感謝と愛を述べ、それに応えてお母さんが感極まってお父様に抱きつく、このパターンだな。過去に何度もそーゆーケースがあったわ。
ところがその予測に反して、お父様はわたしに優しい声をかけてくれた。
「そのような瑕疵が全く問題にならないほど、エイミーは素晴らしいことをしたんだ。王太子殿下だか公子様だか知らないが、寄って集ってアナスタシア様を、一人の女の子をいじめていた性悪の連中を手厳しくとっちめたんだろう?エイミー、心配はいらないよ。君を不敬罪で告発する者がいたら、私がそいつに手袋を投げつけてやる。国王陛下だろうが公爵閣下だろうが構うものか」
あら、この二人がバカップルになんなかった。珍しや。なお、『両殿下や諸公子を手厳しく糾弾してくれた』とは、アナスタシアの説明である。実情は…言わねぇ方がいいかなぁ…でも、どの道バレるだろうしなぁ…
「そうよ。エイミー、あなたは本当に立派なことをしたの。酷い目に遭わされている女の子を、自分の身を張って助けるなんて、なかなかできることじゃないわ。エイミー、あなたは私の誇りよ」
「違うぞ、シュザンナ。エイミーは、『私たちの誇り』だ」
「そうでしたわね。ジークフリード様、申し訳ありません」
…おかしい。アナスタシアの前では忌憚なく見せていたあのバカップルぶりが、わたしの前では鳴りを潜めている。お父様もお母さんも、どうしたんですか?何か、悪いものでも食べましたか?
いや、決して嬉しくないわけじゃないんですよ。お父様とお母さんがわたしのことをとても愛してくれているのが判って、とても嬉しいですよ。そのことは、事実なんですよ?でも何だか、調子狂うんだよなぁ…
「それほどの『誇り』を産み育んでくれたのは、君の功績だ。シュザンナ、やはり君は私には勿体無い、素晴らしい女性だ」
「その『誇り』を心から慈しんで下さるジークフリード様こそ、私には勿体無い、素晴らしい殿方でいらっしゃいます」
「…シュザンナ…!」「…ジークフリード様…!」
…フェイントかい!
◇◆◇
その朝、いつもと同じ時間に目を覚ますとネグリジェの上にカーディガンを羽織ってスリッパを履き、眼鏡をかけたわたしは自室を出て食堂に向かった。今日は学園の貴族用女子寮ではなく、実家―ブレイエス男爵邸に泊まったのである。え?何で昨日じゃなくって今日かって?実家に着いた時には、日付は変わってたからね。
食堂のドアを開けると、そこにはお父様とお母さん、そして…厳つい顔満面を笑ませたヨハネスさんがいた。お父様とお母さん、それにヨハネスさんは、朝だというのにお酒を酌み交わしている。
「エイミー様、おはようごぜぇやす。素晴らしいお手柄でしたね。お話は、男爵様と奥方様からお聞き致しやしたよ」
え?まさか…お父様、お母さん、言っちゃったんですか!?
「おはよう、エイミー。昨日のことを話したら、ヨハネスさんが大喜びしてね、ギルドから秘蔵の銘酒を持ってきてくれて、こうやってご相伴に預かってるんだ」
「エイミー、おはよう。お酒なんて、久しぶりだわ」
お父様、お母さん…それで、朝から飲んでるんですか?
「王子様だか若様だか知らねぇが、クズ野郎どもにいじめられてたかわいそうなお嬢様を助けるために、そいつらをペシャンコにとっちめてやりなすったそうじゃねぇですか。あっしのガキの頃を思い出しやす。あん時、あっしゃ近所の悪ガキどもにいじめられてたレオンを助けるために、悪ガキどもをボコボコにぶん殴って…」
遠く目を細めていたかと思うと、何かを思い出したようにはっ、と目を見開いた。
「いや、殴ったわけじゃねぇそうですから、寧ろ学校のテストであっしが不正冤罪をかけられた時にあっしを助けてくれたレオンみてぇなもんですね」
あぁ、そんなこともあったって閣下のお墓の前でヨハネスさんが言ってましたね。あれからなかなか行けなかったから、また閣下のお墓参りに行かなきゃ。
「エイミー様、あん時のレオンは本当にあっしにとって救いの神でしたぜ。学校の教師連中を理路整然と論破して、最後に『やってもいない不正の冤罪をかけたことについて、ヨハンに謝りなさい。大人なのに、そんなこともできないんですか?』って言ってくれたんでさ。…レオン、エイミー様は、きっちりとおめぇの遺志を受け継いでいなさるぜ、うぅっ…」
…あ、とうとう嗚咽まで漏らし始めちゃった…で、それが朝っぱらからお酒を飲んでいることと関係があるんですか?
「こいつぁ祝杯でさ。エイミー様が素晴らしい侠気を持っていらっしったことへのお祝いで、盃を干してるんでさぁね」
「要はお酒が飲みたいだけじゃないですか…あ、その騒動の絡みで、10時にそのお嬢様のご実家にお呼び頂いてるんです。今日のアルバイトはその用事が終わってからになるんで、すいませんけどよろしくお願いします」
ヨハネスさんは相好を崩して頷いてくれた。
「へい、承知致しやした。エイミー様の武勇伝、楽しみに待っておりやすよ」
武勇伝というよりも、寧ろ醜態と言うべきなんですけどね…
◇◆◇
朝ご飯を頂き、洗顔と歯磨きを済ませて制服に着替え、食堂でお茶を頂いていると、新顔のメイドさんが慌てて食堂に入ってきた。
「お、お嬢様、大変です!」「どうしたんですか?」
「ら、ラムズレット公爵家の方がいらっしゃいました!」
おいでなすった。彼女に案内してもらい、邸宅の玄関に向かう。そこには、若いメイドさん二人を従えた、長身痩躯のお婆さんがいた。そのお婆さんもメイド服を着ているが、何て言うか威圧感というか貫禄が半端ない。正対しているだけで、ぺしゃんこにされてしまいそうだ。
「エイミー・フォン・ブレイエス様でいらっしゃいますね?お初にお目もじ致します。わたくしは、ラムズレット公爵邸にてお仕え申し上げおりますイライザ・フォン・オーベルシュタインと申します」
…義○の軍○尚書?
冷徹非情を以て知られているに違いない姓を名乗ったお婆さんは、完璧無欠の美しい淑女の礼をわたしに示して言葉を繋いだ。
「わたくしどもの主、ラムズレット公ゲルハルト・クライネルがエイミー様にお会いしたいと申しております。ご同道頂きたく、お願い致します」
「畏まりました。宜しくお願い致します」
「お、お待ち下さい!オーベルシュタイン様!愚女は!」
いつしかそこに来ていたお母さんは、慌てた様子で会話に割り込んだ。
「ブレイエス男爵令夫人様、お待ち下さいませ。『エイミー嬢は娘の恩人である』と主が申しておりました。決してエイミー様の悪いようにはならぬこと、この老婆の身命とラムズレットの名に懸けて約定致します」「は、はい」
「お母さん、大丈夫だから。では、オーベルシュタインさん、お願い致します」
オーベルシュタインさんに先導されてラムズレット家の家紋が入った馬車に乗り込むと、彼女は御者さんに「ビッテンフェルト、馬車を出しなさい」と命じた。
「オーベルシュタイン様、畏まりました」
御者さんはそれに応え、馬車はゆっくりと動き出した。でも…オーベルシュタインさんと御者さんの姓を聞いた感じだと…強烈な違和感が拭えねぇ。
義眼の軍務尚書の指示に素直に従う黒猪…うん、違和感しかねぇ。
ブックマークといいね評価、また星の評価を下さった皆様には、
本当にありがたく、心よりお礼申し上げます。
厚かましいお願いではありますが、感想やレビューも
頂きたく、心よりお願い申し上げます。




