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第92話 ヒロインと町人Aは悪役令嬢の父親と面談する (中編)

最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。

現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。

完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。

アレンさんが公爵閣下に示した、アナスタシア自身が決闘に臨んだ時のシミュレーション。それは、以下のようなものであった。


◇◆◇


あの決闘は全く正義のない、理不尽で醜悪極まりない代物であったが、それでも決闘は決闘であり、敗者は勝者の要求を全面的に飲まなくてはならない。


アナスタシア自身が決闘に臨んだ場合、多勢に無勢な上に彼女がバカクズ太子を本気で傷つけることなどできないため、確実に彼女は敗れることになる。


結果、アナスタシアはクズレンジャーどもの要求通り学園を追放されてしまう。


しかし、そのような形で一方的に国内屈指の有力貴族家の令嬢が排除される前例ができたとなると、他の貴族家にも多大な影響が及ぶ。つまり、いつ自分たちがアナスタシアやラムズレット公爵家の立場に立たされるとも限らないと、全貴族家が疑心暗鬼に陥ってしまう。


その先に待っているのは、バカクズ太子に王の資質なしと踏んだ貴族たちが奴の弟君殿下を担ぎ上げての後継者争いである。…アナスタシアの話だと、弟君殿下は糞クズメガネの姦計に屈してシュレースタイン公爵領に預かりの身となっているが、逆に言えばルールデンの目が弟君殿下に届かない、ということにもなる。


「…成程な。シュレースタイン公爵はあれでなかなかの野心家だ。ルートヴィッヒ殿下がルールデンを放逐された際にルートヴィッヒ殿下をお預かりしたい、と申し出たのも、奇貨居くべしと踏んだ面があると噂されていたからな。王太子殿下の声望が弱まれば、彼がルートヴィッヒ殿下を担ぎ上げてルールデンに叛旗を翻す可能性も出てくるだろうな」


公爵閣下の言葉に、アレンさんは「閣下の仰る通りです」と答えて、更にシミュレーションの続きを示した。


「後継者争いは、容易に内紛に至り、内乱に繋がります。結果多くの血が流れ、国が麻の如く乱れることは必定です」

「…君の言うことは判る。だが、そのことが君の母上や知人を護ることとどのように関係が生じるのだね?」


それに応えるアレンさんの顔は、かつてわたしにも見せたマカーブルなもの。


「…傷付き弱った野生動物を、肉食獣が放っておく筈もありません。特に東方には、凶悪な猛獣が棲んでいます」

「…!まさか…君はそこまで読んで…!…そうか…そうか。判った」


公爵閣下は大きく頷くと、強い眼光をアレンさんに向けた。アレンさんも、その眼光を真っ直ぐに受け止める。


「承知した。君の件、私が責任を持って預かろう。母上の安全も、私が保証する。安心してくれたまえ」「ありがとうございます」

「構わんよ。只今を以て、ラムズレット公爵家は君の後ろ盾となろう。困ったことがあれば、何でも相談してくれたまえ」


そこで、初めてアレンさんの端正な顔が明るくなった。


「あ、ありがとうございます!」

「娘を助けてくれたのだ。これくらいせねば、ラムズレットが鼎の軽重を問われる。案ずることはない。…さて…」


公爵閣下はわたしに青色の瞳を向けた。独りでに背筋が伸びる。


「放っておいて済まなかった、エイミー嬢。君にも、聞きたいことがある」


◇◆◇


「アレン君が娘の代理人に立ってくれた理由は判った。君は、何故娘の共闘者に名乗りを上げてくれたのかね?」


公爵閣下の眼光は、むしろアレンさんに向けていたものよりも強い。


「君のことも調べさせて貰った。かの高名な “治癒の賢者” として知られるレオンハルト・フォン・バインツ侯爵閣下の最後の弟子にして、絶大な治癒力を誇る治癒魔法を自由自在に操る凄腕のヒーラー。そして、このことがより重要なのだが…」


公爵閣下の声まで険しくなったような気がして、わたしは思わず身体を震わせた。


「聞いた話によると、君は寧ろ王太子殿下やクロード王子、それに今回娘の敵に回った諸公子と親しくしていたそうだな。その君が何故、娘の共闘者として立候補してくれたのかね?しかも、彼らを甚だ手厳しく糾弾したという話だ。エイミー嬢、失礼な言い方だが君の行動には整合性に欠けるところがあると私は考えている」


確かに。アレンさんにも指摘されたけど、わたしの行動は甚だ整合性に欠けるところが数多ある。わたし自身顧みて、『一体全体、わたしは何をやりたいんだ?』って思ったことが何度もあったなぁ…


「公爵閣下にお答え申し上げます。わたくしは、ふとしたことからアナスタシア様の知己を頂き、親しくお声掛けを頂くことも何度かございました。そして、とある日に『王太子殿下やその学友であるクロード殿下、また諸公子様方についてどう思うか』とアナスタシア様からご下問を頂いたことがございます」

「…ほう。それで、娘のその問いに対して君は何と答えたのかね?」


懐かしい。その問いに答える前に、アナスタシアはわたしの心中を的確に見透かしていたんだよなぁ…アナスタシアの慧眼恐るべし、だわ。


「そのご下問にお答え申し上げる前に、王太子殿下やクロード殿下、また諸公子様方がアナスタシア様に対してお示しあられた態度に対する、わたくしの忌憚なき意見を申し上げるをお許し下されたく、お願い申し上げます」

「構わない。娘に対して示していた両殿下や諸公子の態度について、君はどう思ったのかね?教えてくれたまえ」


不敬罪に問われても構わない。その覚悟を改めて決め、わたしは口を開いた。


「ありがとうございます。下賤の身の卑賎な物言いで貴顕の方のお耳を汚すをお許し下さい。アナスタシア様に対し両殿下と諸公子様方がお示しあられた態度に対して、わたくしは『この糞ったれのクズ野郎どもが』との感想を抱きました」


◇◆◇


公爵閣下が目を見開いた。アレンさんが息を吞んだ。いや、アレンさん、あなたはわたしがこれくらい飛ばすのはご存じでしょうに。


彼らの反応に頓着せず、わたしは更に言の葉を繋いだ。


「学園で最初に魔法実習の授業がございました際に、王太子殿下とアナスタシア様が模範演技をお示しになられました。その際に、アナスタシア様が殿下に淑女の礼をお示しあったにも拘らず、殿下はそれを無視しました」


公爵閣下とアレンさんには何の変化もない。わたしは言葉を続ける。


「模範演技にてアナスタシア様がお示しあられた氷魔法の威力は、王太子殿下が示した炎魔法の威力を遥かに凌ぐものでした。そのことで、王太子殿下はアナスタシア様に対し無用の因縁を付けた挙句、分を遥かに過ぎた炎魔法を発動しました」


…気が付いたらアナスタシアの行動を敬語で表現する一方で、バカクズ太子の行動には一片の敬語も付けていない。


「結果、王太子殿下は魔力を暴走させて自業自得の大火傷を負い腐りやがりました。アナスタシア様は、その火傷の治癒がご自身の手に余ると思召(おぼしめ)されて、わたくしに王太子殿下の治癒をご依頼なさいました」


今にして気が付けば、バカクズ太子の行動に対して蔑称すら付けている。


「不幸なことに、王太子殿下の火傷はわたくしの治癒魔法で完治するものでした。更に憤ろしいことに、王太子殿下はわたくしに対して感謝の言葉を発する一方で、アナスタシア様に対し奉り『俺に恩を売るつもりか』とほざき腐りやがりました」


ちょ、わたし、不幸言うなし。自重しろ。


「それ以来、王太子とその取り巻きどもがやたらとわたくしに纏わり付くようになりました。その時に連中が発していたアナスタシア様への悪意に中てられ、その日摂った朝食を台無しにしてしまったこともございます。それほど奴らが発しおりましたアナスタシア様に対する悪意は強く、おぞましいものでした」


流石にゲロ()いた、とは言えない。公爵閣下はわたしの言わんとするところを理解してくれたかな?…ってか、とうとう敬称すら抜けちまったよ。


「わたくしも斯様な奴らのザマに、忌避感と嫌悪感、憎悪と侮蔑を覚えておりました。そんなある日、アナスタシア様に先のご下問を頂きました。わたくしがそれにお答え申し上げる前に、アナスタシア様はわたくしの、その奴らに対する感情をお言い当てになられたのです。その理由が…」

「…!エイミー嬢!急に涙など流して、どうしたのかね!?」

「え、エイミー様!どうなさったんですか!?」


え?わたし泣いてた?…そうか、アナスタシアがクズレンジャーどもに寄って集って悪意を向けられ続けて、どれだけ辛くて苦しくて悲しい思いをしてきたか、それがあまりにも労しくて痛ましくて、アナスタシアがかわいそうすぎると思って、ひとりでに涙が出ちまったんだ。


眼鏡を外して持ってきたハンカチで頬と目を拭い、眼鏡をかけ直してわたしは改めて公爵閣下に視線を向けた。


「…醜態をお見せしてしまったこと、お許し下さい。わたくしがかのバカクズ太子と奴の取り巻きを見る目が、奴らがアナスタシア様を見る目と全く同じだと、アナスタシア様は仰ったのです。忌避感、嫌悪感、憎悪…奴らは、アナスタシア様に寄って集って斯様な悪感情をぶつけていやがったのです」


あ、しまった。バカクズ太子のこと、バカクズ太子って言っちまった。でもいいよね、本当のことだし今更だもん。


そのことに対するアレンさんの反応が薄いのは無論のことだが、公爵閣下も一言も発しない。まさか、わたしの不敬の言辞に慣れちゃったとかないですよね?


「そのことを初めてアナスタシア様からお聞きした時は、新興男爵家とはいえ貴族家に生まれたる身にあるまじきことに、号泣してしまいました。悪意をぶつけられ続けるということがどういうことか、わたくしも存じております。わたくし如きが斯様に申し上げるのも失礼千万とは存じますが、アナスタシア様があまりに痛ましくて、労しくて、…ひぐっ…おかわいそうすぎて…」


気が付けば、またわたしは涙を流して嗚咽を漏らしてしまっていた。周囲から悪意をぶつけられ続けるということがどういうことか、さっきも言ったようにわたしはよく判っている。アナスタシアの辛苦と痛苦、また悲哀を思うと、我が事かのように心に引き裂かれるような痛みが走った。


しかし、バインツ侯爵閣下の時といい、わたしってこんな涙もろかっただろうか?


「…何度も醜態をお見せしてしまい、お詫びの言葉もございません」

「構わぬよ。寧ろ、君は娘のために悲しんでくれたのだろう?一個の親として、これほど嬉しいことはない」


公爵閣下は、そう言って厳つい顔を笑ませてくれた。

「当初の予定から事態が大幅に狂えば、行動の整合性がなくなる」

筆者の人生は、そんなんばっかりです。


ブックマークといいね評価、また星の評価を下さった皆様には、

本当にありがたく、心よりお礼申し上げます。


厚かましいお願いではありますが、感想やレビューも

頂きたく、心よりお願い申し上げます。

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