迷子のお嬢さん
リアンは細路地から大きな通りへと出るとさらに歩みを進める。
リアンがしばらく歩くと、人で賑わう市場へと辿り着く。
真ん中に噴水のある広場の周囲を取り囲むように、装飾品や果物、布、食べ物など数々の屋台が並んでいる。どこかからは、肉を焼くような香ばしい香りも漂っていてる。
「あぁ、やっぱりこういうのは良いね、賑やかで」
リアンは、日差しに手をかざしながら広場の中を見渡す。人の営みも『旅』と同様に大好きであるリアンにとって、久しぶりに人の熱気を感じることのできる街の様子は嬉しいものだった。人気のない極寒の雪山とは全てが対照的な景色が、染み付いた感覚を塗り替えるのをリアンは感じていた。
「はっ! 俺は静かにしてる方が好きだけどな。こういうのはちょっと騒がしすぎる」
「ふふ、その気持ちも分からなくはないけれどね。ただ折角だし少し見てみようよ」
リアンはヴェイグの呟きに苦笑する。
「ふん、しょうがねぇな」
「ありがとう。その代わり今夜は、どこか星空の下で静かにのんびり過ごそう」
リアンがそう言うと、ヴェイグも満足してまた静かになる。
そんなヴェイグを携えたまま、リアンは市場の人ごみの中へと入って行く。
市場の中では景気の良い宣伝文句や、お菓子をねだる子供の声などが晴れた空の下で明るく響いている。
「さて、何か面白い物でもないかな?」
リアンは立ち並ぶ屋台に目を通しながら辺りを歩き回る。
リアンはふと、一つの屋台の前で足を止めた。
装飾品などの小物が並べられたお店。色とりどりの綺麗な商品が店先に並べられている。
「おっと、これは中々良いね」
リアンはその商品の列から一つの品を手に取って眺める。
星を象った飾りが付いた銀の首飾りが日の光を反射して淡く光る。
「おや、精霊のお客さんかい? 随分と珍しいねぇ」
屋台の裏から、一人の中年の魔人の女性がリアンに話しかける。
リアンはその声に首飾りを手にしたまま顔を上げる。
「ふふ、こんにちは。この首飾りについ目を奪われてしまってね」
「おや、それは嬉しいわね。あんたも随分と綺麗だからきっと似合うと思うわよ。それに、あんたのその夜空みたいな色の髪には星の装飾はぴったりだよ」
屋台の店主はリアンの整った顔と濃紺の髪を見上げている。
リアンはその誉め言葉に少し照れると小さく口角を上げた。
「そうかい? それなら折角だし買ってしまおうかな」
リアンは腰のポーチから小さな袋を取り出すと店主に代金を払う。
商品を手に屋台を離れると、リアンは早速首飾りを着けて首から下げる。リアンの胸元で、日の光を受けた小さな星がキラリと光る。
「はっ! なかなかお前に似合ってるじゃねぇか」
リアンは下から聞こえてくるヴェイグの声に、剣の柄を軽く叩いて応える。
リアンが次の面白い物を探して辺りを見回しながら歩いていると、リアンの足に一人の小さな魔人の少女が勢いよく後ろからぶつかった。
「きゃっ!」
リアンの腰ほどまでの身長の銀髪のその少女は目じりに僅かに涙を浮かべている。
リアンを見上げる少女の瞳には少しの怯えが浮かんでいる。
「おっと。ごめんね、お嬢さん。痛かったよね」
リアンはその場に屈むと少女に目線を合わせて声をかけると、両手を開いて軽く振って見せる。
「あ……その、ごめんなさい」
「ふふ、別に気にしなくても良いよ。お嬢さんは一人でお散歩かい?」
少女は、リアンの言葉にと小さく首を振る。
「違う……先生とはぐれて」
「先生?」
リアンは少女の言葉に首をかしげる。
「うん……先生。皆と一緒にお出かけしてたのに……」
少女はそう言いながら口を引き結ぶ。
リアンは俯いて縮こまっているただでさえ小さな少女の頭に掌を乗せてなでる。
「それじゃあ、僕が一緒に先生を探してあげるよ。一人じゃない方が寂しくないでしょ?」
リアンは立ち上がると、先ほどまで少女の頭を撫でていた手を差し出す。
少女は少し躊躇って手を伸ばしたり引っ込めたりを繰り返していたが、何度かそうすると思い切って差し出されたリアンの手を握る。
その手の温かくも冷たくもないどこか不思議な感覚に、少女は少し目を細める。
「先生とおんなじ……」
リアンは少女が小さな手で自分の手を握って来るのを感じて優しく握り返す。少女の表情は、先ほどよりも少しだけ柔らかくなっている。
「似てるか……そうか。さて……それじゃあ、少しだけ休んでからその先生を僕たちで探しに行こうか」
リアンは人ごみの中で少女が再び迷わないようにもう一度しっかりと手を握り直すと、その手を優しく引いて歩き出す。
広場を出て市場の喧騒から少し外れると、人の熱気がなくなりふっと気温が下がる。
リアンと少女は、二人して道の端の縁石に腰を下ろすと暖かな風に吹かれながら一息つく。
「そう言えば、まだ皆自己紹介をしていなかったね。僕はリアン、そして……」
リアンは、言葉を途中で切ると自分の腰に携えた剣をじっと見つめる。
「……はいはい、分かったよ。 嬢ちゃん、俺はヴェイグ……こいつの友達だ。そんで、嬢ちゃんはなんて名前なんだ?」
少女は突然聞こえて来た声に驚いて辺りを見回すが、周りに他の人が居ない事に気が付くと自然とリアンの持つヴェイグへと目が向く。
大きく見開かれた目が、リアンとヴェイグの間を忙しく行き来する。
「ふふ……驚かせちゃったかな、ごめんね」
「あ……ううん。えっと私の名前はアイラス……」
少女は少しの間固まっていたが、しばらくすると小さな声で自分の名前を名乗った。
「ね、ねぇ、もしかして精霊さん?」
そう言ってリアンを見つめるアイラスの瞳は、先ほどまでの不安の色を残しつつも少しの好奇心が滲んでいた。
「ふふ、そうだよ。僕たちは精霊さんだよ」
「すごい! 私、精霊さんを見たのって……」
アイラスが何かを言いかけた時、少し離れた場所から誰かの大きな声が風に乗って響いて来た。
それはまさしく、アイラスの名前を呼ぶ声だった。声を聞いたアイラスが、ぴくりと反応してそちらの方を向く。
「先生の声かい?」
「ううん……違う」
リアンはアイラスがそう言って首を横に振るのを見ると、少しだけ首をかしげて何かを考えるとゆっくりと立ち上がる。
「でも、誰かが君の事を探してくれているみたいだね。ほら、行ってみよう。大丈夫、僕たちが一緒だから」
リアンはアイラスの手を再び取って優しく立ち上がらせると、その手を引いて声がした方へとゆっくりと歩みを進めて行く。




