新しい友との約束
一行は石畳の道を歩いて少し細い路地へと入って行く。
左右の建物の石壁で日差しが遮られた路地の中は、少し薄暗くひんやりとしてる。
そんな中を一行がしばらく進ん営くと、幾つかの家や店が並ぶ中に素朴な木の看板を下げた1つの小さな店が見えてくる。
「お二方、このお店です! ここ、魔獣のお肉を扱っていてすごく美味しいんですよね」
リアンの先を歩きクレイルが振り返って店の入り口を指差すとにこりと笑う。
木製の扉の隙間からは、薄暗い路地とは対照的に温かな光が漏れている。
そのままクレイルは扉に手をかけると手前に開くと、中からは暖かな灯りと共に肉を焼くような匂いが店の外まで漂って来る。
「おお! これは楽しみだ、昔はこんな店なかったぞ。久しぶりに来ると新しい出会いがあって面白いね」
店の中には、厨房のすぐ近くにカウンター席があり、他にも木製のテーブルと椅子が幾つか並んでいる。
リアンがクレイルに続いて店の中を見回しながら空いた席に座ると、テーブルの上のメニュー表を手に取って開く。そこには、いくつもの料理の名前と見るだけで涎が出てくるような見事な挿絵が描かれている。
「牛肉のステーキに鳥の塩焼き……こっちは普通の動物かぁ」
「リアンさん、魔獣のお肉でしたらこっちに色々ありますよ」
リアンはクレイルが差し出したもう1つのメニュー表を手に取りじっくりと眺める。
「おぉ! 蛇竜肉の串焼きに鷲獅子のステーキ……どれもとても美味しそうだな。クレイルさん、君のお勧めはあるのかい?」
「私のお勧めですか? 私は蛇竜肉の串焼きが大好物ですね。甘辛いタレが弾力ある肉とめちゃくちゃ合うんですよ!」
クレイルが指差した先にはメニュー表の一ページ。
そこには香ばしそうな焦げ目の付いた山盛りの串焼きが湯気を上げている挿絵が描かれている。
「よし、それならこれにしよう!」
リアンのその言葉にクレイルは嬉しそうに笑うと、店員を呼んで蛇竜肉の串焼きを2つ注文した。
しばらくして店員が串焼きをお皿に載せてテーブルに運んでくる。
お皿の上からは甘辛いタレと焼けた肉の香ばしい匂いが湯気と共に立ち上っている。
「おぉっ! これは美味しそうだ。それじゃあ、頂こうか」
リアンは自分の皿から串を一本手に取ると口へと運ぶ。
クレイルはそんなリアンの様子をじっと見つめていた。
リアンは最初の一口を頬張ると目を細めて頬を緩める。
「んん……これは美味しいな。あっさりした肉と濃いタレが良く合っているね!」
リアンは、本当に久しぶりのまともな料理に心を躍らせていた。雪山に籠っていた数十年間ほとんど何も食事をしていなかったリアンの味覚を、人の手で作られた暖かな料理の味が満たしていく。
「でしょ? 本当に美味しいんですよね、これ。お酒ともよく合うんですよ……今日はまだ朝なので流石に飲めないですけど」
クレイルはリアンの感想に声を弾ませて答えつつ、少し残念そうに肩をすくめる。
次々と新しい串を頬張るリアンを横目にクレイルも自分の肉を食べると口角を上げる。
「それにしても、さっきはなんであんなところに悪霊がいたんだろうね。近くに穢れの核は無かったと思うのだけれど……不思議なこともあるものだ。それにあの気配は……」
「そう言えばリアンさんとヴェイグさん、凄く強かったですよね……悪霊をあんな簡単に討伐するなんて」
肉を頬張りながら天井を見て何か思案を巡らせていたリアンは、クレイルの称賛の言葉に顔を戻す。
「ふふ、そんなに大したことではないよ。僕はただの『旅』の精霊……強いのは僕の相棒のお陰さ」
そう言うリアンの言葉はただの謙遜ではない。
リアンは心から相棒であるヴェイグの事を信頼し誇りに思っていた。
「はっ! バカ言え、一人でも強い癖に。それに……剣ってのは使い手次第なんだよ。俺を振るえるのはお前だけだしな」
それまで黙って静かにしていたヴェイグが口を開く。
その声は少し乱暴で、少し弾んでいる。
「へぇ、やっぱりリアンさんも強いんですね。『旅』なんて戦いには全く向いていなさそうなのに……」
「ふふ、まぁ旅にも時には強さも必要だからね。強さの秘訣は……ちょっとした秘密さ」
リアンはクレイルの言葉に悪戯っぽく笑って答える。
「秘密、ですか。ふふ、そう言われるとつい気になってしまいますよ」
「そうだろうね。ミステリアスは僕の魅力の一つってことさ」
「まったく……ほんとにお前はおもろい奴だよな。俺でもお前のことはよく理解できん」
リアンの言葉にヴェイグが呆れたように口を開く。その言葉にリアンは少し肩をすくめて見せる。
「それはお互い様だよ。でも、僕たちはお互いの全部を知っているだろ? 別に僕たちに理解なんて必要ないさ」
「ふん……まぁそうだな。どっちにしろ、俺がお前だけの剣なのはいつだって変わらんからな」
その後もしばらく一行は色々と話をしながら時間を過ごす。
山盛りだった串焼きがお皿の上から全て無くなったころには、日も高くなり薄暗かった外の路地にも少し日が差して明るくなっている。
「さて、そろそろお開きにしましょうか。お二人とのおしゃべりはとても楽しかったです! 本当はもっといろいろと話してみたかったですが……仕事のことも忘れていられないですから」
クレイルはそう言って机の横に置かれた薬草の入った袋に目をやって残念がる。
「そうか、それは寂しいけれどしょうがないね。ただ折角だ、もし良かったら今度また一緒に飯にでも行こうじゃないか。もっと色々なお店を教えてくれ」
リアンがそう言うと、クレイルの顔がパッと明るくなる。
元々クレイルとリアンたちの出会いは、リアンの旅の中でのただの偶然。こうして食事をしているのもリアンの気まぐれだ。
リアンやヴェイグともこれきりだと思って少し残念に思っていたクレイルにとっては、思いもよらない嬉しい提案だった。
「良いんですか? それなら是非、喜んで!」
「ふふ、喜んでもらえて良かった。僕はただ旅をしているだけの暇人だし、いつでも良いよ」
「それなら、明後日の夜なんてどうです? 日の入りの頃に南門の前で待ち合わせにして」
「ああ、もちろん良いとも。僕も楽しみにしているよ」
リアンたちは次の食事の約束をしつつ、代金を払って店を出るとそのまま解散する。
リアンはクレイルと別れた後、どこに向かうでもなく街をただぶらついていた。
「いやぁ、早速新しいお友達ができたね。ふふ、新しい出会いはいつでも嬉しいものだね」
「はっ! まったくお前は相変わらず自由な奴だな。偶然助けた奴とそのまま飯食って次の約束までするとは」
リアンは眩しい日差しに手をかざして少し遠くを見つめる。
暖かな風がリアンの背中から吹き抜けてその長い髪を静かに揺らす。
「そりゃそうさ、旅は自由で楽しくなくちゃ。いつも言っているだろ? 旅人よ我儘で自由で在れってね」




