旅と人と料理と
一行は森の中を抜け、街へと続く街道に出る。綺麗に舗装された石畳の道の両脇には、朝である今はまだ光を灯していない魔導灯が所々に並べられている。
朝の光の下は、森の中に比べてもずっと明るく温かい。
「その、お二人は人里は久しぶりって……どんな場所に居たんです?」
クレイルが首をかしげてリアンの顔を覗くようにして尋ねる。
「はははっ! 俺たちか? 確か数十年前だったか……リアンの奴が突然北に行こうなんて言い出してな。北の雪の山脈で大冒険さ」
「ふふ……中々楽しかったね、あれは。景色も良いし、色んな面白い魔獣にも出会えた。まぁ、ちょっと乱暴な子も多かったけれど」
「すごい……。なんだか楽しそうですね」
クレイルはリアンが歩んできたであろう景色を想像しようとしてみるが、街と街の近くの森しか知らないクレイルにとっては全く想像の付かないものだった。
「ああ、とても楽しかったよ。ただ、やっぱり知らない誰かとおしゃべりするのも楽しいね」
一行がそんなことを話しつつ道を進んでいくと、しばらくしてそびえ立つ大きな何かが姿を現す。
石造りの壮観な城壁が朝の光に照らされていた。
エスドル王国の街のひとつ、エクレルだ。
「おお! やっと見えて来たぜ」
「エクレルの街か、久しぶりだね」
「え、お二人とも知っていらっしゃるんですか?」
「ああ! よく知ってるぜ。もうずいぶん長い間来てないが、あそこは良い街だよなぁ」
ヴェイグの普段の豪快な声にどこか穏やかな響きが混じる。
「ふふ、実はね。エクレルの街は、僕たちにとっても少し思い入れのある場所なんだよ。ずっと昔の知り合いの故郷でね」
リアンはそう言いながら城壁へと目を向ける。
その瞳はそこに在るものを見ているようで、それでいてどこかもっと遠くを見ているようでもある。
「もう、顔も思い出せないけれどね。ここにも、最後に来たのはいつだったか」
リアンは目を細めて小さく笑う。
そんな話をしながら一行はついに城門にまで辿り着く。
城門のすぐ傍では二人の魔人の騎士が談笑しながら立って居る。
一人は白髪の混じった年配の男、もう一人はまだ幼さの残る顔立ちの若い男。若い騎士の方は、退屈なのか城壁に寄り掛かりながら足の先で地面を弄っている。
「よぉ、そこのご一行。朝っぱらから仕事かい? ご苦労さん」
若い方の騎士が一行に気が付くと、クレイルの背負う薬草が一杯に入った袋に目を向けてリアンたち一行に声をかける。
一瞬、若い騎士の視線がクレイルの背負う袋からリアンの携える剣-ヴェイグ-に向いた。
「おっと、もしかしてこいつと一緒は駄目かな?」
リアンが少し困ったように笑いながら腰のヴェイグを軽く叩く。
「はぁ!? ダメなのかよ! つまんねーな」
リアンの腰の鞘からヴェイグは勝手に抜け出すとリアンの目の前に浮遊する。
露わになった藍色の刀身が朝日の下できらりと光りながら宙を舞う。
「馬鹿、勝手に人前で抜け出すな。悪いが少しは大人しくしておいてくれ」
リアンはそう言いながら抜け出したヴェイグの柄を掴むと鞘に納め直す。
「あぁ……もしや。『旅』のお方と『剣』のお方ですか」
口を開けたままの若い騎士の横で、老騎士が深い笑みを浮かべて声をかける。
「おや、僕たちを知っているのかい? いや、そう言えば昔君に似た若い騎士が居たような気もするな」
「私の顔を覚えて下さっていましたか。あなたはやはり昔のままなのですね。そうだ、剣の持ち込みは何も問題はありませんよ。別に珍しい物でもありませんから」
「本当かい? それは良かった」
「ええ。ただ……街の中ではあまり勝手に抜け出さないで頂けると嬉しいですが」
老騎士は少し苦笑して肩をすくめる。
「ああ、もちろんだとも。迷惑はかけないさ」
リアンが笑って掌を揺らすと、クレイルと共に門を潜って街の中に入って行く。
リアンの後ろでは、若い騎士がリアンたちに向かって見送るように手を振っている。
リアンたちが街の中に入ると、まだ早い時間ではあるが人で賑わっている。
「クレイルさん、案内してくれて助かったよ」
「いえいえ、こちらこそ本当に助かりました! その、折角なので何かお礼を……」
「はっ! 別に気にすることじゃねぇ。ただの旅の寄り道ってやつさ」
その言葉にクレイルは少し困ったような顔をする。
何かを言おうと少し口を開くもののすぐにまた閉じた。
リアンはそんなクレイルの様子を顎に手を当てて首をかしげるように見る。
「そうだ、それなら折角だし僕の朝ごはんに付き合って貰おうかな。久しぶりに来たこの街も随分と昔とは変わっているみたいだし。君のお勧めのお店を教えてくれないか」
リアンの提案に、クレイルは一瞬目を大きく開くがすぐに破顔した。
「ええ、それくらいならもちろん! 私の一押しのお店を紹介しますよ。リアンさんはお肉は好きですか?」
「おっと、肉か! いいね、大好物だ」
リアンはクレイルの言葉に目を細めると深い笑みを浮かべる。
それにつられたのかクレイルも少し嬉しそうに笑う。
「それにしても、リアンさんのような精霊のお方も食事とかもされるんですね。少し意外です」
「はっ! こいつだって別に飯を食う必要なんてねぇよ。それでも飯を食べるのは旅の醍醐味なんだと。俺には全く分かんねぇけどな」
「ふふ……やっぱり美味しいご飯が無いと寂しいんだよ、僕は」
そう言って肩をすくめるリアンの瞳はキラキラと輝いていた。
「さてさて、一体どんな料理が待っているんだろうね!」
カの傍で歩みを進めるリアンの声が明るく弾む。




