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精霊旅物語--穢れ行く世界に捧げる旅人讃歌--  作者: 星影 にゅい
英雄の章(過去編)

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3/13

英雄の少女

 男は女に腕を引っ張られるようにしながら青空へと昇る煙の方へと足早に歩き出す。煙は村の柵のすぐ近く、一軒の家の裏手から上がっている。木の燃える匂いと共に、どこか香ばしいような肉の匂いが漂ってくる。男の中で、人の気配が確信へと変わる。二人はさらに足を早めて家の陰から出た。


「あ……!」


 そこでは、一人の少女が焚き火の傍で何かの肉に齧り付いていた。金色の短髪が日の光を受けて光っている。その傍には、小さい体躯には似合わない大剣が置いてある。その全長は少女の身長ほどはある……鞘は随分と使い込まれて傷だらけになっている。


「あれ? 生きた人間だ! ねぇねぇ、こっちおいでよ!」


 少女は二人の気配に気がつくと肉を食べる手を止めて顔をぱっとあげ、少し離れたところで立ち止まったまま自分を見ていた二人に声をかける。大きく笑った口の端からは小さな八重歯が覗いている。


 その様子に、男は小さく開けた口をそのままにその場に静止していた。


「……貴女は?」


 男の隣から女が一歩前に出ると、少し掠れた声でそう尋ねる。少女はその場で勢いよく立ち上がると、大股の軽い足取りで二人の方へ近づく。二人のすぐ近くで立ち止まると、細い腕を腰に当てて少し胸を逸らす。


「私はルミエ! ねぇ、二人は? 名前は何ていうの? どこから来たの?」


 少女の輝く瞳と勢いのある質問攻めに女は瞳を揺らす。すっかり乾いた唇を舌で軽く濡らすと女は再び口を開く。


「私は……。その、ルセラ……遠くの街から来たのよ」


「えっと……俺はサルヴァだ」


 ルミエはサルヴァとルセラ、二人の様子を首を傾げてじっと見る。

 サルヴァの黒髪は肩ほどまで伸び、前髪も長くなっている。その精悍な顔には髭が生え、乾いた血が黒く固くこびりついている。

 そして長い黒髪を下ろしたルセラの白い肌は、所々泥で汚れていた。


「ふーん? 二人も英雄さんなんだ! 私と一緒だね!」


 ルミエの言葉にサルヴァは小さく息を呑んで目を伏せる。サルヴァの前で笑いながらそう言ったルミエは、サルヴァよりも一回りも歳が下であろう、まだあどけなさの残る顔をした子供である。サルヴァは途端に腰元の剣が重くなったように感じて無意識に手を添える。そんな自分の様子に気がつくと、手を離してため息をつく。


「そうか……そうだな、一緒だ。だが、君は……」


 サルヴァが口を開いて何かを尋ねようとした時、辺りに少し抜けたような低い音が小さく響く。サルヴァがぱっとその音がした方を振り返ると、ルセラが顔を赤くして縮こまっていた。サルヴァは一瞬驚いたような顔を見せるが、すぐに下を向いて自分の腹に手を添える。無理もなかった……二人ともここ最近まともな食事も取れていない。こんな世界での旅の中では、大きな街にでも寄らなければ満足に何かを食べられる幸運などないものである。


「もしかして、お兄さんとお姉さん、お腹空いてるの?」


「ああ、ちょっとな」


「そっか……。ねぇ、この近くに魔物の群れがいたんだ! 一緒に狩に行こうよ。このお肉小さかったから、私もまだ食べ足りないんだ!」


 サルヴァとルセラは顔を見合わせると、自然とお互いの頬が緩んでいるのに気が付く。


「魔物か……確かに良いかもな」


「……そうね、今日はもうしっかり食べて休みましょう」


「ほらほら、行こ!」


 ルミエは傍の大剣を手に取るとサルヴァとルセラの方を振り返って笑いかける。

 早々に小走りで進みだしたルミエを見て、サルヴァとルセラはその後を歩いて追いかける。久しぶりに肩の力が抜けた二人の背中を昼の暖かな日差しが照らす。


 爽やかに吹く風に導かれながら暫く進むと、開けた草原の中に、羽の生えた純白の馬型の魔物--天馬--の群れが姿を現す。大きな羽は畳まれており、草原で優雅な食事の時間を過ごしている途中である。三人は、草原に一本ぽつりと生えている大きな木の影からその様子を眺めている。


「いい、ちゃんと一撃で仕留めないといけないんだよ? じゃないと逃げられちゃうから。ふふ……でも今日は、私がお手本見せてあげる!」


 天馬の方を指差しながらルミエが小さな声で囁く。ルミエは大剣を両手で持ち直すと、左足を後ろに下げて腰を落とす。鈍く光る刃を左脚に添わせるように構えると、その小さな体に静かに魔力が流れる。単純で純粋な筋力の強化の祈り。無駄のない整った魔力の流れは、ルミエの戦士としての練度がうかがえるものである。


 少し目を伏せたサルヴァをよそに、ルミエは力強く地面を蹴ると一気に天馬の群れの内の一頭に向かって距離を詰める。サルヴァが顔を上げた時には、すでに斬り上げられた大剣が赤く染まり、地面には一頭の天馬が首を落とされて倒れていた。咄嗟に空に飛び上がり逃げた他の天馬の影が草原に落ちている。


 サルヴァとルセラは木の影から出るとルミエと天馬の元に歩み寄る。剣を下ろしたルミエは体を返り血で染めたまま笑って振り返る。ルセラはそんなルミエの様子に口角を上げながら少し小走りになってルミエの近くに寄る。


「わ、ほんとにあっという間」


「でしょ? えへへ……村に戻ったら焼いて食べよ?」


「うん、そうしましょうか。でも、ルミエちゃんはほんとにすごいわね。まだ小さいのに、一人で立派で」


「え? 私、一人じゃないよ?」


 そう答えるルミエにサルヴァとルセラは少し首を傾げる。その時、何かが降り注ぐ日差しを遮り緑の地面に黒い影を落とした。

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