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遥かなる幻想郷まで  作者: ichir0roie
3章:外伝
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地道 1 片翼

ラファルは、断たれた右の翼の半分を腕に抱えて、タッソの森の木立のあいだを抜けた。

夕暮れの赤い光が、幹の片側にだけ当たっている。

足もとの落ち葉が湿っていて、踏むたびに沈む。

地面を歩いていると、体はいつも重かった。

たまに空を見上げては、その静けさを思い起こす。


森の外れで、木立が切れた。

その先は、枯れ草の斜面が台地の縁まで続いている。

空が、広かった。


見逃した。

自分が、規格外を。

父上に、何と言えばいいのか。

いや、それより先に、これだ。

片方で浮けるかどうか。

浮けなければ、都へ帰ることもできない。


ラファルは、抱えていた翼の半分を草の上に下ろした。

両足を開いて立つ。

残った左の翼を、大きく広げた。

草地を蹴って、力いっぱい羽ばたく。

「上がれ」

体が、片側へ傾いた。

二度、三度と、続けて翼を動かす。

「……上がれと言っている!」

左の翼だけが空をかいて、体は傾いたまま草の上に落ちた。

起き上がって、もう一度。

浮きかけた体が、くるりと片側へ転がって、地面に戻る。

もう一度。

同じだった。


息を切らして、草の上に起き上がった。

何度羽ばたいても、転がる。

飛べない。

もう、空へ上がれない。

都へ帰る道が、無い。

次はありません、と父上は言った。

次どころか、帰ることもできない。

「……飛べない。僕が、飛べないだと」

声に出すと、喉の奥が痛んだ。


草の上の、断たれた半分を見た。

置いていくものか。

あれは自分の翼だ。

序列一位の家の跡取りの、最初の翼だ。

森に捨てて、朽ちらせるままなど許せない。

森の入り口の木の根もとに、倒れた者たちの残した荷が転がっていた。

口の開いた麻袋を逆さにして、中身を草の上へ空ける。

麻布で翼の半分を包み、袋の口の紐を肩にかけて背負った。

重さが、左の翼の上にずしりと乗る。


足もとの草の中に、灰色のものが一つ落ちていた。

拾い上げる。

殻のかけらだった。

森の中でうめいていた男の腕から、剥がれ落ちたものだ。

指の腹で、割れた縁をなぞる。

何なんだ、これは。

台帳のどこにも、こんなものは載っていない。

ラファルは、それを白い上衣の懐に入れた。



フォンターレの下町に入ったのは、翌朝だった。

夜のうちに、台地の縁の道を下りてきた。

片翼はコートの下に畳み、背の麻袋の上からコートをかぶせてある。

市の通りでは、白い翼の娘の話でもちきりだった。

天の使いだと、呼ばれている。

天の使い。

規格外が。


路地の角で、パンをかじっていた男が、こっちを見た。

コートの裾の泥と、背の膨らみを、上から下まで眺める。

それから、パンの耳を一つちぎって、足もとへ放ってよこした。

物乞いだと思ったのだ。

序列一位の跡取りに、パンの耳を投げるのか。

腹は、減っていた。

それが、いちばん腹立たしい。

ラファルは男をにらんでから、黙ってパンの耳を拾った。

「施しなど要らない。……だが、捨てるのは無駄だ。拾っておく」

男は肩をすくめて、行ってしまった。

パンの耳を、懐に入れた。

殻のかけらの隣に。


広場の聖堂の前に、掲示が出ていた。

春の降臨の季節が近い。

天の都は雲の上を巡っていて、降臨の季節には、港町ヴァレンツァの沖まで来る。

ヴァレンツァなら、知っている。

三年前、初めて降りた町だ。

飛べないなら、都の下まで歩くしかない。

あの規格外は、西から東へ、ここまで歩いてきた。

地べたを。

なら、自分にできないはずがない。

あいつにできて、自分にできないことなど無い。


ラファルはコートの前を合わせ直して、背の麻袋の紐を締めた。

市の通りを、西の門へ向かって歩き出した。

規格外が東へ来た道を、逆にたどる。

懐の中で、殻のかけらとパンの耳が、歩くたびに触れ合った。

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