地道 1 片翼
ラファルは、断たれた右の翼の半分を腕に抱えて、タッソの森の木立のあいだを抜けた。
夕暮れの赤い光が、幹の片側にだけ当たっている。
足もとの落ち葉が湿っていて、踏むたびに沈む。
地面を歩いていると、体はいつも重かった。
たまに空を見上げては、その静けさを思い起こす。
森の外れで、木立が切れた。
その先は、枯れ草の斜面が台地の縁まで続いている。
空が、広かった。
見逃した。
自分が、規格外を。
父上に、何と言えばいいのか。
いや、それより先に、これだ。
片方で浮けるかどうか。
浮けなければ、都へ帰ることもできない。
ラファルは、抱えていた翼の半分を草の上に下ろした。
両足を開いて立つ。
残った左の翼を、大きく広げた。
草地を蹴って、力いっぱい羽ばたく。
「上がれ」
体が、片側へ傾いた。
二度、三度と、続けて翼を動かす。
「……上がれと言っている!」
左の翼だけが空をかいて、体は傾いたまま草の上に落ちた。
起き上がって、もう一度。
浮きかけた体が、くるりと片側へ転がって、地面に戻る。
もう一度。
同じだった。
息を切らして、草の上に起き上がった。
何度羽ばたいても、転がる。
飛べない。
もう、空へ上がれない。
都へ帰る道が、無い。
次はありません、と父上は言った。
次どころか、帰ることもできない。
「……飛べない。僕が、飛べないだと」
声に出すと、喉の奥が痛んだ。
草の上の、断たれた半分を見た。
置いていくものか。
あれは自分の翼だ。
序列一位の家の跡取りの、最初の翼だ。
森に捨てて、朽ちらせるままなど許せない。
森の入り口の木の根もとに、倒れた者たちの残した荷が転がっていた。
口の開いた麻袋を逆さにして、中身を草の上へ空ける。
麻布で翼の半分を包み、袋の口の紐を肩にかけて背負った。
重さが、左の翼の上にずしりと乗る。
足もとの草の中に、灰色のものが一つ落ちていた。
拾い上げる。
殻のかけらだった。
森の中でうめいていた男の腕から、剥がれ落ちたものだ。
指の腹で、割れた縁をなぞる。
何なんだ、これは。
台帳のどこにも、こんなものは載っていない。
ラファルは、それを白い上衣の懐に入れた。
フォンターレの下町に入ったのは、翌朝だった。
夜のうちに、台地の縁の道を下りてきた。
片翼はコートの下に畳み、背の麻袋の上からコートをかぶせてある。
市の通りでは、白い翼の娘の話でもちきりだった。
天の使いだと、呼ばれている。
天の使い。
規格外が。
路地の角で、パンをかじっていた男が、こっちを見た。
コートの裾の泥と、背の膨らみを、上から下まで眺める。
それから、パンの耳を一つちぎって、足もとへ放ってよこした。
物乞いだと思ったのだ。
序列一位の跡取りに、パンの耳を投げるのか。
腹は、減っていた。
それが、いちばん腹立たしい。
ラファルは男をにらんでから、黙ってパンの耳を拾った。
「施しなど要らない。……だが、捨てるのは無駄だ。拾っておく」
男は肩をすくめて、行ってしまった。
パンの耳を、懐に入れた。
殻のかけらの隣に。
広場の聖堂の前に、掲示が出ていた。
春の降臨の季節が近い。
天の都は雲の上を巡っていて、降臨の季節には、港町ヴァレンツァの沖まで来る。
ヴァレンツァなら、知っている。
三年前、初めて降りた町だ。
飛べないなら、都の下まで歩くしかない。
あの規格外は、西から東へ、ここまで歩いてきた。
地べたを。
なら、自分にできないはずがない。
あいつにできて、自分にできないことなど無い。
ラファルはコートの前を合わせ直して、背の麻袋の紐を締めた。
市の通りを、西の門へ向かって歩き出した。
規格外が東へ来た道を、逆にたどる。
懐の中で、殻のかけらとパンの耳が、歩くたびに触れ合った。




